2.美味らいす。
ルカとの出会いから数年が経った。ルカは、あの頃と変わって美しい女へと成長していた。
僕はと言えば背格好はあの頃と全く変わらず、中身も全く以て変わっていないように思えた。
まるで、記憶と共に成長する方法を忘れてしまったように、あの時のまま。何もかもが停止していた。
思い出せばまた成長するのだろうか、などと非科学的なことを考えた。
昔の僕ならば馬鹿馬鹿しいと一蹴していたに違いない。けれども今の僕はそれをしなかった。
そう考えると一類の成長と言えるだろうか。
「よし、決めた!私、医者になる!」
唐突に隣にいたルカがそう声をあげた。
「なれると思うのですか。貴女は。…無理です、現実を見てください。」
勉強が苦手で元気だけが取り柄。
じっとしているのは苦手。
考えるより行動する。
__こんな人が医者になんぞなれようか。
否、なれるはずがなかろう。
現実を見ろ。
そう伝えたがルカには無意味に等しかったようだ。
「私、絶対腕のたつ医者になって、記翔のこと、治してあげるからね!待ってて!」
まるでそれがもう間もなく現実と化するかの如く目を輝かせながら話すルカ。
そんなルカを見ているとなんだか突拍子も無い戯言が現実になるような気がしてきた。
実に馬鹿馬鹿しい話だ。思わず笑いが零れる。
ここ最近になっても、病なのか否かは定かではないが真っ暗な空間を見ることがあった。
箱状のそれは、僕を飲み込んでは消えていく。
直ぐに元に戻るわけだから大して気にもとめずに居た。
それが命取りになるとは知らずに。
「記翔ー!!ねえねえ、お昼ご飯、何食べたい?」
もう別の事に興味が移っているようだ、ルカの言葉を一瞬でも信じた自分にすら苛立ちを覚えた。
阿呆らしい。
溜息を漏らした。
「何でも。僕は好き嫌いをしない故。」
テンプレートの如く用意されていたその台詞を発する。
もう何度目だ、このやり取りをするのは。
毎日毎日なんでも良いと伝えているにもかかわらず
毎日毎日何が食べたいと問うてくる。
いい加減飽きてきている。
何度繰り返せば気が済むのだ?…これだから女は。
再び溜息を吐いた。
暫くすると机上へ皿がことりと置かれた。
中には湯気をたてるオムライス。
「チョコレートもあるよ!キャラメルだってあるの、美味しいよ?食べる?」
そう問われたのも何度目か。
「僕には必要のない代物です。…頂きます。」
チョコレートとやらも、キャラメルとやらも、僕はきいたことがなかった。
知り得ない食べ物、つまり得体の知れない食べ物を食べるのには勇気が要るのだろう。
生憎だが、僕はその勇気を持ち合わせていない。毎度遠慮しているにもかかわらず、この女は声をかける。
全く。不思議な生命体だ。
箸を手に取り、オムライスを口に運んだ。
美味だ。
口の中でとろけるそれらに若干の感動を覚える。
そして、あっという間に平らげた。
「…ご馳走様でした…。」
そう呟き、箸を置く。
皿を台所に運び、流しへ置く。
ルカはと言えばまだ美味しそうにオムライスを頬張っていた。
食事なぞ、栄養が取れれば良いのに。
しかし、美味しそうに食べるルカの様子を見ていれば不思議と僕まで美味しいオムライスを食べているような気分になるのであった。
このオムライスに大した味はないにも関わらず。
__実に、不思議な話である。