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不有霧.  作者: 斑鳩 記翔
2/7

1.

__、


__ツ、__、


……五月蝿い。定期的になるその音に耳を塞ぎたくなる。


「今日も起きない、かぁ…」


微かに耳に届いたその音に目を開けた。


「……、」


声を発した者はすぐそばに居た。その女をちらりと見遣る。


「…起きた、?!えっ、ねえ、大丈夫?」


あわあわと僕の元へ駆け込んでくる女を訝しげな目で見つめた。


良かった、だなんてぎゃあぎゃあと泣き喚く女。


「どうしたんですか。」


言い放つよう発してしまえば女は目じりに涙を貯めて僕の方を見た。


「覚えてる?君、倒れてたんだよ、もう意識、戻らないかと思ったァ………」


そう言ったっきりまた泣き喚く。


ああ、何だか阿呆らしくなってきた。付き合っているのが馬鹿馬鹿しい。


僕が倒れていた、女が助けた。それだけの事実にもかかわらずなぜこの女は泣き喚く?


これだから女は。


いつ何時も騒々しくからころとその音を響かせる。


少しの事で大袈裟に驚き、他者の機嫌を伺いながら友達という偽りの関係を築いて行動を共にする。


実に阿呆らしい。第一に他者の思考などと分かるわけがなかろう。


行動を共にする必要性が理解できない。人は自立して生きていけるというのに。



「…ねえ、きみ、名前、なんて言うの?あ、私はルカだよ、!」


「………」


名、と。


僕の名前は何だったか。


「…大丈夫?」


考え込む僕に疑念を抱いたのか、ルカと名乗った女が問い掛けてきた。


「僕の名は、なんと申すのでしょう…。」


………思い出せなかった。まるでモヤがあるかのよう、霧がかかっているかのように。


思い出そうと、引き出しに手をかける度に突き抜けるような頭痛が走った。


…くそ、


言葉を吐き出す。


何処かにあるけれどどこにも無い。


「__名前、思い出せないの?」



問いに頷き、返した。


女は驚いたようだ、無理もあるまい。


嗚呼、何故僕は倒れていたのだ。

よくよく考えてみればそこから全く記憶が無い。



…。


僕は黙った。何も話すことがない。


一体僕は何者で、何処から来て、何故ここに居るのか、


何も見つからない。分からないのだ。


「じゃあ、お名前!私が考えてもいい?」


女は笑いながらそう言うと僕の方を見た。僕は頷くしかなかった。


「…記翔、記憶の記に、翔ける。」


長らく悩んでいた女が口を開いた。記翔、その名を呟き、僕の方をどう?、どう?と言わんばかりに見る。


__別に、呼び名なんぞどうでも良い。


伝われば良いのだ、相手を呼んでいると。


「…お好きにして頂いて、構いません。」


呆れ半分に伝える。どうせすぐに僕のことも飽きてしまう。


記翔と呼びたいのならそう呼べば良い。


「じゃあ決まりね!」


女がパチンと格好つけるように指を鳴らす。その様子を見て溜息をつきそうになった。


何だ、此奴は。阿呆か。阿呆なのか。


すんでのところでぐっと堪えたことにより溜息を吐き出すことは無かったが。


女は記翔という名を気に入ったのか鼻歌交じりに連呼していた。


自らが気に入るのならばその名を自らのものにすれば良いのに。


もし僕が女の立場だったらそうするだろう。


自らの名を改名し、僕には名なんぞ与えない。


必要性が全く以て見受けられないからだ。


でもまあ、それが女の性と言うのか。


よく分からないが僕には知り得ることの無い感情なのだろう。



「あ、そうだ!何か食べる?お腹すいてるよね、私、何か作ってくるね!」


鼻歌をつい先程まで口吟んでいた女が唐突にそう発し、台所へ駆けて行った。


何か食べる?だなんて、僕に問うておきながら、


回答を待つことなく行ってしまうとは余程せっかちな女なのだろう。


僕は起こしていた身体をまた寝かせた。


今暫く世話になることにしよう。


瞼を閉じると眠気が僕を襲った。



ふぁ、欠伸を零すと、睡魔に抗うことなく夢へ誘われていく__。

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