メイドは親身になる⑦
リーンホープに召喚されてから二週間が経過した。
いつもタヅサを同伴して登校しているせいで、周囲から嘲笑を含む好奇な目を向けられるようになっていた。
生徒たちは軍学校に居る間中ずっとパラの修練に励んでいるというわけでもなかった。
寧ろ、大半は座学の時間に費やしていた。
実技の時間は、俺だけ別の施設に移動して、普段は同じ教室で顔を合わせるのである。
同じ空間に同じ目的を持った同年代が集められると、自然と人間関係は構築されるものである。
普通の学生であれば、勉強のできる者同士、同じ部活動の者同士、気の合う者同士で連むのだが、ここでは少しその様相が違っていた。
何せ勇者の卵たちは魔王というたった一つの駒を取り合うライバルだからである。
しかも、リーンホープは自分の生まれ育った王国でもないので、愛国心もなかった。
この座学教室でできあがっている人間関係とは、魔王討伐までの協力関係である。
おまけに、実力が拮抗した者同士は必要以上に親しくなろうとしなかった。
昔のヤンキー漫画に出てくるような、強いボスと数人の子分といった派閥がいくつかあり、そうでなければ誰とも連まない一匹狼となっていた。
ちなみに、俺の存在というものは浮きに浮きまくっていた。
皆との実技には参加せず、一人だけ別施設でこそこそとやっていたら、奇異な扱いを受けるのは仕方がなかった。
斎藤にも、初日以降ずっと避けられている感じだった。何が「こうして再会したのも何かの縁」だよ。
俺は自分が腫れ物のような扱いを受けていることを自覚した上で、意を決して学友に話しかけることにした。
暗黙のルールとして、パラの詳細な力を他人に話してはならないことになっていたが、周囲の大人たちの接し方や本人から溢れ出る自信のようなものから、何となくパラの扱いに長けている者の判別はできていた。
逆にいえば、パラの力を上手く扱うことのできない者も、向こうは何となく察しているということに他ならなかった。
「ちょっといいかな」
俺は教室の窓際後方の席でふんぞり返っているラーガスに声をかけた。
「……」
ラーガスは俺の顔を無言で睨み付けた。
別に敵意はないのに、俺が喧嘩を売っているみたいな雰囲気だった。
「あ、お前って確かスグルだろ。おいらたちに何の用だ?」
ラーガスの腰巾着ノロルがいった。
(スグルって誰だよ、そんなやつ勇者の卵の三十人の中に居なかったぞ)
同じ修練場に居る者の顔や名前くらいは覚えておけよと内心思いつつも、俺は愛想笑いを絶やさなかった。
「テンコウだ。一応、最初の修練の日に自己紹介しただろ?」
「ちっ、名前なんてどうでもいい。早く用件をいえよ」
ラーガスは迷惑そうにいった。
パラに関して、俺たち勇者の卵は全く同じ条件でよーいどんしたわけで、先輩や後輩のような上下関係はなかった。
おまけにラーガスは一つ年下の十五歳である。
それでも、教えを請うのは俺の方で、頭を下げないわけにはいかないだろう。
これは損得の問題だ。自尊心や誇りなんてものは犬に食わせればいい。頭一つ下げて目的に近付くのであれば、安いものだからだ。
「パラのことについて教えて欲しい」
俺は深々と頭を下げた。
教室内の視線が突き刺さるのを感じた。
恥ずかしさで、全身が熱くなった。
「お前ちゃんと授業聞いてたか? パラは千差万別だから教えられないんだぜ。自分のパラは自分で鍛えるしかねーんだぞ?」
座学の講習中はほとんど居眠りしているノロルにいわれると、無性に腹が立った。
「そこじゃなくて、どうやったらパラを発現させられるかってところを教えて欲しいんだ」
「はぁ?」
ラーガスは心底呆れた声を発した。
「おいおい、マジかよ。何か出来の悪い勇者が一人居るとは聞いていたけど、そこまで程度の低いところで躓いているとは思わなかったぞ」
ノロルは腹を抱えて笑った。
人が何かをできないことがそんなに可笑しいことなのか。
「ちっ、悪いことはいわねえ。魔王討伐は諦めて、大好きなメイドと一緒に部屋で籠もってろ」
ラーガスは小蠅でも払うように手を振った。
「もう魔王討伐どうこうの話じゃないことはわかってるんだ。ただ、俺はパラが使えるようになれば、それでいいんだ」
自分でパラを使うことにそれほど意味なんてないかも知れない。
それでも、それが琴音を救う小さな一歩になると信じて、進むしかなかった。
「ちっ、俺は系統を聞いた瞬間にパラを使えるようになった。他のやつもそうらしい。どうやったら歩けますかなんて質問に答えられるか? 勇者の卵っていうのはそういう集団だ。だから、お前はここに居るべきじゃない」
ここまでばっさり斬られると、最早押し黙ることしかできなかった。
俺の勇気ある行動は、結果としてただの徒労に終わった。
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