メイドは親身になる①
目を覚ますと、蝋燭が灯る薄暗い石造りの部屋で横たわっていた。
ここは死後の世界だろうか。天国かあるいは、そう思案しながら周囲を見回すと、俺と同い年くらいの男たちが何十人も全裸で横たわっていた。蒸し暑く、全員汗だくである。少なくとも天国ではなさそうだ。夢海の姿も確認できなかった。
不意に錆び付いた音を響かせながら、重たい鉄扉が開け放たれた。
部屋に入ってきたのは、祭服を纏った顔色の悪い痩せこけた老人だった。両脇にプレートアーマーを装備した兵士を連れていた。
「おはよう、勇者の卵らよ」
司祭と思しき老人はしゃがれた声でいった。
全く知らないはずの言語にも拘わらず、意味が理解できた。
全員が状況を飲み込めず、ぽかーんとしていた。
「おや、まだ意識がはっきりとせんか」
老人はたんまりとこさえた髭を触りながらいった。
他の者はどうかわからないが、少なくとも俺の意識ははっきりしていた。だからこそ、迂闊に動けなかった。老人の後ろに佇むプレートアーマーの腰には、剣が差してあったからだ。
「あなたは誰ですか、それにここは……?」
一人の男が立ち上がり、両手を広げながら野太い声でいった。広い背中と引き締まった尻をしていた。その背には大きな古傷があった。巨大なカマキリにでも襲われたのかという裂き傷である。
俺も全く同じ疑問を抱いていたので、静観を決め込むことにした。周囲の男たちの様子から察するに、この場に居る全員が似通った状況下に置かれているのだろう。
「ワシの名はライネル、伝道師じゃ」
老人は指先に炎の玉を灯しながらいった。
「そして、ここはリーンホープ王国、お主たちからすれば異なる世界にある王国となるかの」
「伝道師……? 異世界……?」
がたいのいい男は言葉を詰まらせた。
俺も少々面食らったが、別に火の玉くらいならホログラムでどうにでもなるし、ここが異世界かどうか確かめようもなかったので、老人の言葉は半信半疑だった。
「すぐには受け入れられんじゃろう。まあ、詳しい話は王城にて行うとしよう。無論、そのままの格好で国王の御前にお連れするわけにはいかんので、服を着てもらうがの」
老人が合図を送ると、衣服を抱えたメイドたちがぞろぞろと部屋に立ち入ってきた。皆同い年か少し上くらいな感じで、その女の子たちに着替えを手伝ってもらうという羞恥プレイが行われた。
衣服はクリーム色で、生地はとても薄かった。構造としては柔道着に近く、左の腰のところで紐を結って開かないようにした。
「それでは勇者の卵らよ、ワシに付いてきたまえ」
ライネルはそういって部屋を出て行った。
俺は猜疑心を抱きながらも、ライネルの言葉に従うしかなかった。逃げ出そうにも土地勘がない上に、命が保証されているとは言い切れなかったからだ。
これだけの人数が居るのだから、誰か一人でも暴れてくれれば、その対応から俺たちの価値というものが見えてくるのだけれど、皆間抜けな顔をして足を動かしていた。
部屋を出ると長い廊下を突き進み、階段を上って地上に出た。どうやら、俺たちが眠っていたのは王城の離れにある地下室だったようだ。そのまま手入れの行き届いた中庭を抜け、古城のような王城へと立ち入った。
王城の内装は外観からの想像通りで、全体的に色褪せていた。手摺りや燭台に使われている金属は黒ずんでいた。
カチカチの絨毯に沿って進み、今にも外れそうな蝶番を軋ませながら扉を開けると、そこが謁見の間だった。
玉座に腰掛けていたのは、嫌に目力があり我の強そうな五十路くらいの男だった。一目見てただ者ではない、敵に回したくないと思った。
ライネルはお辞儀すると玉座の左隣に、右隣には黒と銀の仮面を付けた騎士らしき男が佇んでいた。
「余はリーンホープ王国第五十代国王ハインケイル、まずは召喚に応じて光臨したことを心より感謝する。其方らを召喚したのは、邪悪なる魔王を討ち滅ぼし、王国の窮地を救ってもらいたいからに他ならない」
開口一番、ハインケイルは訳のわからないことをいった。
「すいません、話が見えてこないのですが……」
又してもがたいのいい男は率先して口を開いた。
「其方、名は何という?」
「自分ですか? 自分はトウゴと申します」
「トウゴよ、其方は召喚される前、死に瀕しておったのではないか。それと同時に、強い願望を抱いていたのではないか」
「……はい」
ハインケイルの言葉に思い当たる節があるのか、トウゴは唇を噛み締めながら頷いた。
「其方らも、トウゴと同じではないか?」
ハインケイルが確認すると、皆一様に頷いた。
何が面白いのか、ハインケイルはニマっと口元を緩めると話を続けた。
「要するに、余は死に瀕しておった其方らの命を拾い、こうしてもう一度チャンスを与えてやろうとしておるのだ。其方らの世界でも、命の恩人が困っていれば助力するのではないか?」
「助けてもらったことには感謝してもしきれませんが、少なくとも自分に王国を救えるような力があるとは思えません」
「俺もそうっす。性格的に戦いに向かないんっすよ」
茶髪で線の細いなよっとした男が手を上げていった。今すぐに戦場へ送り込まれることはないだろうが、根本的に不向きだとアピールして保身に走った。
(こいつ、馬鹿だな)
向こうは戦力として俺たちを呼んでいるのに、自らその価値がないとアピールするのは自殺行為にも等しかった。俺たちのような存在を簡単に補充することができるのであれば、その価値は虫けら以下の可能性すらあったからだ。
とはいえ、これで一つ向こうの出方が窺えるので、馬鹿なりに良い働きをしてくれた。
「其方らの中に、元の世界で勇者だったという者は居るか? それでは戦士だった者は? 兵士だった者は?」
ハインケイルの問いかけに、誰も返事をしなかった。
ゲームの中だと、勇者だったことも戦士だったこも兵士だったことも、それどころか神だったこともあるが、そういう話ではないだろう。
「なるほど、其方らは泰平の世に生まれ育ったのだ。心配せずとも、今はまだ勇者としての自覚や覚悟がないだけだ。己の力を支配するにつれて、恐怖は薄れ、闘争心が湧いてくるはずだ。そして、己の成すべきことも見えてくるに違いない」
ハインケイルの威圧的な言葉に、謁見の間は束の間の静寂に包まれた。
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