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ゴブリン族殲滅作戦③

「もう到着したのか。うん、うん、わかった。今からそっちに行く」


 チルリレーゼは通信装置の方に意識を集中させながら頷いた。


 この魔素結晶を用いた通信装置は、装備している者にしか声が聞こえないという利点があった。


「お客か?」


「魔王様に紹介しておきたい魔族が居るんだけど」


「偉い方か?」


「魔王様より偉い方なんて居ないぞ。でも、珍しい方だな」


「よし、会おう」


 俺は食い気味にいった。


「好奇心旺盛なのもいいけど、程々にしないと、いつか痛い目を見るぞ。魔王様に居なくなられたら、あたしたちも困るんだから」


「人類との戦いに巻き込んでおいて、それをいうのか?」


 俺は意地悪くいった。


「それについては本当に悪いと思ってる。でも、他に方法がなかったんだ」


 チルリレーゼはしょんぼりしながらいった。


「冗談だ。この世界に召喚されていなかったら、俺はとっくの昔に死んでいる。それに、二回も死ぬのは御免(ごめん)(こうむ)りたい」




 地下室から出ると、ダークエルフの里から遠ざかるように、深夜の月明かりすら差し込まない鬱蒼(うっそう)とした森を、松明(たいまつ)の灯り一つを頼りに北へと進んだ。


 すると、前方に大きな湖が見えてきた。


 ずっと暗い森の中を歩いていたせいか、月明かりに照らされて(きら)めく湖がとても幻想的なものに映った。


 その湖畔に、二人の人影が佇んでいた。


「あれ、どうしてクロロまで居るんだ?」


 チルリレーゼは開口一番に疑問を投げかけた。


「魔王様がいらしていると小耳に挟んでな、わらわも挨拶くらいしておこうかなと思ったのじゃ」


 やけにババくさい言葉遣いをしているが、クロロフィルは見た目だけなら琴音と同い年かそれ以下の女の子だった。


 尤も、見た目の話をするなら、クロロフィルは人間と植物が融合したような肉体をしていた。


 (つた)がそこかしこの皮膚を突き破って、全身に絡み付いていた。


 傷口からは樹液のようなものが(にじ)み出しており、瘡蓋(かさぶた)の役割を果たしているようだった。


 頭にはお洒落のつもりか、白い花を咲かせていた。


「いずれ紹介するつもりだったから、手間が省けていいか」


「ダークエルフの姫君の許可も得られたことじゃし、ごほん、わらわはドライアド族のクロロフィルじゃ。クロロでもフィルでも好きに呼んでくれて構わぬぞ」


 ドライアド族は木に宿る精霊である。


「なら、クロロと呼ぼう。俺は天光だ」


「あたしが紹介したかったのは、こっちの子」


 チルリレーゼが肩にぽんと手を乗せると、()せ眼がちの少女はビクッと体を弾ませた。


 人見知りなのだろうか。


「あのあの、初めまして、アンリです」


 アンリは一見すると普通の地味めな少女だが、額からは二本の触角が生えており、肌質は滑らかで光沢を帯びていた。


「アンリはインセクト族、かつて突然変異的に誕生した高度な知能を有する蟲の末裔(まつえい)なんだ」


「蟲という割には、人間っぽいな」


 自慢ではないが、虫は平気な方だ。


 正しい知識さえあれば、怖いところなんて何もないからだ。


 ただし、いきなり飛び出してくるやつと蚊だけは許さない。


「はい。魔王様が人族だと聞いていたので、人族に擬態して来ました」


「擬態か。例えば、チルに擬態することもできるのか?」


「は、はい」


「見せてもらえるかな?」


「はい!」


 アンリは元気よく返事すると、みるみるうちにその容姿を変形させていった。


 大人っぽくもありあどけなさ残る顔立ちも、無駄な肉付きのないスレンダーな体型も、控えめな胸に透明感のある桜色の突起も、完璧に再現されていた。


「って、アンリ! どうして裸なのよ!」


「だって、魔王様が見せてって」


「いいから、早く元に戻りなさい!」


「ひぇ~、痛くしないで~」


 二人のチルリレーゼが揉み合っていた。


 正直、目のやり場に困った。


「声も変わるのか」


「わらわも初めて見た時は驚いたの。長生きはするもんじゃ」


 アンリに直接聞いてもいいが、この子供年寄りドライアドも色々と知っていそうなので、訊くことにした。


「男の声も出せるか?」


「低すぎると無理らしいが、魔王様の声質なら問題なかろう」


「触角もないようだが」


「髪の毛に上手く隠しているようじゃ」


「なるほど」


「どうだ、魔王様、アンリは凄いだろ!」


 アンリを元に戻したチルリレーゼは、鼻を高くしていった。


「ああ、協力してくれるならこれほど有用な力もないだろう」


 影武者、潜入、アリバイ工作など、いくらでも使い方が考えられた。


「魔王様のお役に立てるのは、アンリにとってこの上ない幸せです。その上で、一つ、お願いしたいことがあります」


「報奨か、何が望みだ?」


 全ての魔族が無償で魔王に力を貸すのは、流石に虫が良すぎる話だ。


 それ故、この展開は予想の範囲内だった。


「あのあの、魔王様の子種が欲しいです!」


 一切ぶれのない、ど直球のボールが飛んできた。

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