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魔王光臨②

「失礼します。勇者ムカイ、アッパーサイド村を襲撃したゴブリンの一団の殲滅(せんめつ)任務より帰還(きかん)致しました」


「うむ、よくやってくれた」


(この声……?)


 そんなはずはと振り返り、俺はその人物を見て、思わずちびりそうになった。


「夢海!?」


「ん? もしかして、天光?」


 俺とは対照的に、夢海の反応は鈍かった。


「どうした、寝不足か? 俺以外の誰に見えるっていうんだ」


「おや? 二人はいつ仲良くなったのかね」


 ハインケイルは少し興味ありげな感じで聞いてきた。


同郷(どうきょう)です」と夢海。


「なるほど、同じ世界から召喚されたのか」


「国王陛下、少し天光と話してきても宜しいでしょうか」


「もちろん、構わんぞ」


 タヅサには先に城門扉の方で待っていてもらい、俺と夢海は中庭を歩いた。


「あの時に居た黒と銀の仮面だろ? どうして声をかけてくれなかったんだ?」


 二ヶ月前、ハインケイルの隣に(たたず)んでいた騎士の姿が、妙に印象に残っていた。


 顔は見えていなかったが、背格好や雰囲気から、どことなく夢海の気配を感じていたのかも知れなかった。


「よく似ている気はしたけど、他人の空似かも知れないと思ってね」


「さっきもそうだけど、本当にどうかしたのか? それに、どうして召喚されたばかりのお前が、国王の騎士なんてやっているんだ?」


「僕がリーンホープに召喚されたのは三十年前なんだ。だから、記憶があやふやで、君が本当に天光なのか確証が持てなかったんだよ」


「三十年前? となると、お前は今四十六歳なのか?」


 俺は半笑いでいった。


「精神的にはそうなるかな。でも、肉体的には十六歳のままだよ。勇者として召喚された僕たちは、肉体的に老いることはなくなるからね」


 俺の知っている夢海は冗談をいわないやつだった。


 普段冗談をいわないから、こんな滑ったネタを続けている可能性も否定できなかった。


「待て待て。肉体的に十六ってことは、あの時に死んだってことだろ? どうして三十年も早くこっちの世界に来ているんだ? おかしいだろ」


「世界によって流れている時間が異なるからさ。リーンホープだと割と常識だよ。向こうの一瞬が、こちらでは何十年という時間なんだ。もしかしたら、元居た世界で、僕たちは未だに死に(ひん)している状況にあるのかも知れないね」


 この段階で、俺はようやく夢海が冗談をいっていないと認識した。


「つまり、ここに居る俺たちは走馬灯(そうまとう)みたいな状態ってことか?」


「そこまではわからないよ」


「ま、そうだよな」


 そこまでわかっていれば、三十年間もこんな世界に留まっていないはずだ。


 それとも俺と同じように、帰る方法を探すのは、新型黒死病の治療方法を発見してからと考えているのだろうか。


「ところで、天光はどうして王城へ?」


「ああ、王城の書物庫で働くことになったんだよ。その打ち合わせみたいな感じかな」


 夢海の手前、俺は少々見栄を張ってしまった。


「それはおめでとう。天光は昔から本を読むのが好きだから、ぴったりだね」


 祝いの言葉が、少しだけチクッときた。


 俺が望んで司書になったわけではないが、そのような事情を知らない夢海に全く悪気はないので、腹を立てるのも筋違いだった。


「もしかして、俺っていつも本を読んでいる印象だったのか」


「正直にいうと、運動が苦手で勉強がよくできたくらいしか覚えていないんだ」


「お前からすれば、三十年も前のことだもんな」


 俺は寂しげにいった。


「昔の僕ってどうだったかな。今の僕とどこか変わっているところとかあるかな」


「そうだな、あまり変わってない気がするぞ。本当に四十六歳か?」


 根っこの部分は夢海のままだが、どうしても距離を感じてしまう。


 これは三十年の空白だけが原因だろうか。


「肉体が老いないせいで、いつまでも子供でいいと心のどこかで思っているのかも知れないね」


「それなら、俺たちはまた昔みたいに戻れるってことだよな」


「そうだといいね」


夢海は他人事のようにいった。


「それじゃあ、僕はそろそろ任務に戻るよ。部隊のみんなを待たせているからね。話の続きはまた今度で。王城で働くなら、顔を合わせる機会もあるだろうしね」


「だな」


 別れの一言は、昔と同じようだった。

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