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妹は企む①

 かつての日本に、このような建物はなかったらしい。


 IDカードを差し込むと、三番のドアが解錠された。


 ドアを潜ると、豆腐を刳り抜いて作ったような白い部屋に入った。広さは四畳半ほどだ。


 中央の台座に薄紅色の錠剤と水の入った紙コップがあったので、それを飲み込んだ。


 そのまま下ろし立ての高校の制服、シャツ、靴、靴下、パンツを脱ぎ、中央の台座に乗せていった。


 一糸纏わぬ姿を監視カメラに映し出されていたが、千回以上も通っていると大して気にならなくなっていた。


 頭上の電子パネルの指示に従い、次の部屋に入った。


 部屋全体に緩やかな傾斜があり、中央が窪んでいた。足元は排水溝のようになっていた。


 天井から呼吸器が垂れ下がっていたので、慣れた手付きで装着した。


 システムが呼吸器の装着を確認すると、四方八方から霧状の洗浄液を噴射した。それと同時に呼吸器が肺の中の空気を吸い上げ、新たな空気を送り込んできた。肺の中も洗浄しているのである。


 一通りの洗浄を終えると、用意されたバスタオルで体を拭き、水色の施設着を羽織った。


 ここまでやって、ようやく新型黒死病(ペスト)の患者と面会する準備が整った。


竜園(りゅうぞの)天光様、五番の受付カウンターまでお越しください」


 アナウンスで呼ばれたので、俺は五番の受付カウンターに向かった。


 対応してくれたのは貴崎だった。美人揃いの受付の中でも際立って綺麗なお姉さんである。あまりにも容姿が整いすぎているので、アンドロイドではないかと密かに疑っているが、完璧な見た目に反しておっちょこちょいな一面もあるので、真偽のほどはわからなかった。


「えっと、竜園琴音のお見舞いに来ました」


 琴音とは、俺の妹である。現在は十二歳、三年前からこの施設に入っていた。


 貴崎は俺が用件を伝える前に、タッチパネルを操作していた。


「はい、二〇四号室の竜園琴音さんですね。今は屋上に居るようです」


 患者は腕輪を填めており、それによって施設のどこに居るかを把握できるようになっていた。


「あー、またあの場所かな。ありがとうございます」


 保護施設は三階建てである。エレベーターはあるけれど、物資運搬用である。俺は階段を使って屋上まで上った。


 屋上はドーム状のアクリルガラスに覆われていた。見晴らしが良好で、施設内で最も開放的な空間といえた。


 各部屋にも窓はあるが、外気を取り込むわけにはいかないので、当然開閉はできないようになっていた。


 屋上の北側に置かれた白いベンチに、見慣れた小さなシルエットが腰掛けていた。


 隣に腰掛けているのは友達の美潮である。二人揃って普通にお洒落な格好をしていた。


 施設着を身に纏っている俺の方が患者のような出で立ちだった。


 新型黒死病の発症者は、患者といっても洗浄の行き届いたこの施設内では、健常者と変わらぬ生活を送っていた。


 ただ、治療法が発見されるまでは、この小さな籠の中から出られないだけである。


「よう」


「あ、兄さん。今日は少し早いね」


 俺が声をかけると、琴音はぴょこんと肩を跳ねさせ、笑顔を添えて振り返った。


「こんにちは」


 美潮もぺこりと頭を下げた。


 美潮は少し人見知りなところがあったが、今では警戒心の「け」の字も感じさせない人懐っこい表情をしていた。


 二人はよく髪型を一緒にして遊んでおり、今日は髪の一部を三つ編みにして、それを後頭部のところで結っていた。


「何だ気付いてなかったのか」


 このベンチからであれば、ちょうど高校からこちらへ向かってくる俺の姿が見えるのである。


「だって、同じような格好の人がいっぱい通るだもん」


厳荘(げんそう)高校の制服って可愛いですよね。私、あの制服を着るのに憧れているんです」


「美潮ちゃんは勉強できるし、きっと着られるよ。四年後なら退院できているだろうしね」


 新型黒死病が人類の脅威となって早二十年、治療法は未だに確立されておらず、発症した者は施設から出られないというのが現状だった。つまり、俺の言葉は完全な気休めだった。


 かつてコンビニエンスストアよりも歯医者の方が多いといわれた時代もあったが、現代においては新型黒死病の保護施設が群を抜いて多かった。


 尤も、それは日本に限った話ではなかった。新型黒死病は目下全世界で流行しており、物凄い勢いで人類は破滅に向かっていた。


「はい!」


 美潮は無垢な瞳を燦々(さんさん)と輝かせながらいった。


「兄さん、日曜日のお食事会だけど、夢海君も呼べるかな?」


「ああ、今度顔を合わせた時に聞いておくよ」


「忘れないでね」


「ところで、その食事会の料理は二人が作るんだろ? 食材の発注とか手伝わなくて大丈夫か?」


「兄さんに任せたら、どんな料理が出るかわかっちゃうでしょ!」


 琴音はやや目を吊り上げていった。


「別に俺はそれで構わないぞ」


「ダメったらダメなの! ね、美潮ちゃん?」


「はい。こればかりは秘密の秘密です」


「ねー」


 二人は何が可笑しいのか、顔を見合わせるとくすくすと笑った。良からぬ企みを感じるが、子供の悪戯(いたずら)に動じる俺ではなかった。琴音の前ではどのようなことでも取り乱したりしない、格好いい兄で居たいからだ。


 俺は厳荘高校の学生寮に住んでおり、日曜日と祝日以外は朝昼晩と食事が用意されていた。なので、日曜日や祝日は施設を訪れて、琴音たちと一緒にご飯を食べるようにしていた。


 施設の食事は外の物と比べると全体的に薄味だが、琴音と一緒に食べているとどのような御馳走よりも美味しかった。


 ちなみに、琴音が手料理を振舞いたいと言い出したのは、今回が初めてのことだった。


 その後、高校の様子や施設での出来事など、他愛ないやり取りを交わしていると、あっという間に学生寮の門限が迫ってきていた。

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