第9話 魔術協会の小間使い
スラム街がタールの池なら、中央街は清水の湖だ。
1時間水に沿って暗中散歩をしただけで、まるで世界が変わってしまう。
私の住んでいたロンドンから、近代文明をとりのぞけば、だいぶ街並みは近くなるだろうか。
スラムの町を見るかぎりは、てっきり中世文明にちかい時代かとおもったが、
このドリームランド中央街の建築物を見るかぎり、バロック様式の建築がやけに目にうつる。
高層ビルなどありはしないが、17世紀より今日までヨーロッパ各地に見られる建物群があるというのは、この異世界の技術力を知るうえで大切な指標だ。
もっとも、私の生まれ育った地域と、同じ発展の順序をたどっていると考えるのは、やや都合がよい気がするが。
「ジェームズ、着いたわよ」
前行く師匠が笑顔をふくませ前方を指差す。
蒼旗にえがかれた竜の紀章はためく、大きく、立派な建物。
そこへ師匠の笑顔は理由をもっているらしい。
「ここは?」
「ここは魔術協会、深淵の知識をゆうする魔術師だけが加入できる、世界最大の魔法魔術組織なのよ!
大陸中の新しい魔法・魔法道具の研究、開発、販売を一手に引き受けてるの! どう、すごいでしょ!」
自慢げに胸を張り、鼻を鳴らす師匠。
「魔術師の協会、なんて、ファンタジックな……!」
大陸全土がどのくらいの規模か、いまいち実感は湧かないが、とりあえずグローバル展開してる巨大多国籍企業くらい凄いんだろうか。
それにしても、こんな組織があると素直に驚きだ。
ここならば、異世界転移を可能にする魔法なんかがあってもおかしく無いのではないか?
探してみる価値はある。
重い木の両開き扉をあけ、魔術協会のなかへ足を踏み入れてみると、長大な机のおかれた広々とした空間が私たちを迎えてくれた。
水滴の響くような精錬とした石床に、足音を轟かせ、奥にみえるカウンターの女性に話しかける。
師匠がなにかを話すと、淑やかな茶髪の受付嬢は、床に擦れる丈のほど長いローブを揺らしながら、私たちをちかくの椅子に座らせた。
「師匠、なにをするんですか?」
「わたしたちの生活を創るのよ、一からね。そのための仕事がここにあるの。魔術協会には、日々たくさんの物が集められるわ。
魔力触媒っていう魔力を含有した物質とか、貴金属、魔法陣を描くための羊皮紙、実験用の小動物に、実験用の機材もね。
いくら人手があっても足りない……って、キーラは言っていたわ」
師匠は魔術協会が必要している様々な労働を教えてくれた。
まとめると、その労働内容は、荷物運び、で間違いなさそうだ。
「キーラ、師匠の師匠ですね。その人は魔術協会に詳しかったんですね」
「当然よ、キーラは昔、ここで働いていたのだもの。わたしも一度だけ、仕事を教えてもらうために、ここに来たことがあるの」
師匠の話を聞くに、どうやらキーラという女性は、師匠のことを自立させようとしていたらしかった。
結果をみれば、明らかに失敗しているわけであるから、なんとも無念極まりない……ので、師匠の師匠の意思は、この私が完遂しようとおもう。
しばらく、机について待っていると、ひとりの紺色のローブを来たいかめしい男がやってきた。
筋骨隆々すぎて、肉体派なのがひと目でわかる。
この男、絶対に肉体を強化する能力とかもっていそうだ。
いかつさの塊は、無言で顎をくいっと動かし、私と師匠を魔術協会の裏手へ案内してくれた。
道中、何人もの紺ローブを来た魔術師っぽい者たちにあったが、みなが、私たちを見て、目を見開いたり、あからさまに嫌そうな顔をしたりしていた。
どうにも歓迎はされてないらしい。
当然か。皆が仕立ての良い一律の纏いなのに対して、こちらは粗布を繋ぎ合わせた雑ローブなのだから。
「ここがお前たちの仕事場だ。この『指示書』に従って荷物を持ってこい」
多量の木箱の積まれた、裏手倉庫に到着すると、筋肉はそれだけ告げて、薄い板を渡してきた。
もう働くのか?
労働にあたる雇用契約書とかは書かないのか?
さっていく筋肉の背中に思念をおくるが、当然、返信はない。
ーーカリカリカリカリ
「ん?」
何やら細かく振動している、渡された『指示書』に視線をおとしてみる。
「っ、これは!」
ただの木の板だったはずなのに、先程とは打って変わって、いまではそこに綺麗な文字が並んでいる
いや、違う。
なんということだ、古びた木の板に、タブレット画面に文字が打鍵されていくように、文字情報が刻まれていっているではないか。
「あはは、指示書みて、そんなに驚くなんてね。この魔道具はね、何度でも文字を刻める魔法の板なのよ、それも遠隔からね。たぶん、この文字を書いてる人は、この魔術協会の建物の一室でペンを走らせているはずよ」
素晴らしいな。
実質、これはタブレット端末ではないか。
「ジェームズの世界には、これほど便利なものがなかったのね」
「ええ、こんな便利なものは初めて見ましたよ。いや、本当ですよ」
「別に疑ってないけど、なにその言い方」
ここで本当のこと言って、マウントをとっても怒らせてしまうだけ。
いい加減に学んだので、師匠がご機嫌なうちに仕事に移ろう。
「えぇと、仕事は……ん、冒険者組合から魔力鉱石を1箱を運搬してくること……。あの、師匠、冒険者組合ってなんですか?」
「ふふ、そんなことも知らないなんて、ジェームズもまだまだね!」
はい、出た、ライナさん、すぐマウントです。
もちろん、師匠はそういうレディだとわかってるので、私もいちいち目くじらを立てはしない。
我慢だ、我慢、ジェームズ、お前は紳士だろう。
「チッ……」
ただ、ちょっと舌打ちするだけで済ます。
「舌打ち禁止よ! まったく、最近のジェームズの態度は紳士として目にあまるわね。師匠として、悲しいですわ〜」
気取った風に付け焼き刃の上品口調。
うちの師匠は可憐な少女なので、それなりに映えるが、それでもまだまだ品性のなんたるか、
礼節がなんなのか、教養ある振る舞いがなんなのかがわかってはいない。
「師匠、仮にスラム街からこちらへ引っ越せたとしても、ただ住んでいる場所を変えただけでは、とても魔術師として格があるなんて言えません」
「な、なによ、いきなり」
「いえ、また後で話します。とりあえず、私たちは今日を生きていかなくてはいけません」
彼女に伝えるべきことは多い。
だが、それよりもまずは仕事だ。
こんな遠い場所で、みじめに野垂れ死ぬわけにはいかない。
私は、なんとしても祖国へ帰らなければいけないのだ。




