第10話 生活確保
「あいよ、これで今週分の魔力鉱石は終わりだ。それじゃ、頼んだよ、魔術協会の方々」
茶髪の青年はそういって、手元の羊皮紙にチェックを入れながらさがっていく。
「これが冒険者組合ですか。ずいぶんと立派な建物だと思いましたけど、倉庫も立派なんですね」
「ええ、ここはドリームランドの冒険者組合の倉庫だもの。このドリムナメアの首都に設置された、国中の同組織を連結する場所だから、必然と、これだけの規模になるのよ」
ふむ、国中にね。
ところで、この冒険者組合とは、具体的に何をやっているところなのだろうか。
いまいち想像がつかないゆえ、気になるところ。
「どうしたのよ、ジェームズ。ん、組合を見てみたい? まぁ、まだ時間はあるし……そうね、少し見ていきましょうか」
立派な建物のなかへ足を踏み入れると、冒険者組合の冒険者がいったい何を示しているのかが、すぐに理解できた。
端的にいえば、ここは悪の魔王を退治するために集った、英雄たちの詰めどころといった具合だろうか。
歴史書物でしか見たことない、装飾過多のフルプレート鎧に身をつつんだ巨漢。
曲げ木の大杖を携えた、どこかの魔法学校の校長のような風態のご老人。
あまりにも露出が多い、防御率に不安しかないスケベ鎧の……ハンター? シーフ? まぁ、そんな感じのレディなど。
なんだか、現実離れしていて頭が混乱してくる。
本当にファンタジーの世界に来てしまったらしい。
組合内をよく見渡すと、誰彼構わず絡んできそうな、ガラの悪い連中もしっかりかなり紛れ込んでいることに気づく。
フィクションに忠実なことである。
ただ、関わったら面倒だ。
彼らには、そうだな、注意をしておこう。
「ジェームズ、こっちへ来なさい。わたしも話しか聞いたことないけど、たぶんこの掲示板の紙で、依頼の受注ができるんだわ」
師匠にひょいひょいっと、手招きされ掲示板の前へ。
掲示内容を確認すると、収集、討伐、調査など、委託依頼が、羊皮紙に記され、これでもかと言うほど大量に掲示板に貼り付けられているのがわかった。
ほむほむ、報酬として書かれている値段は悪くない……と思われる。
この世界のおよその貨幣価値は、すでに把握しているので、ここもこれからの稼ぎ場所になることだろう。
「いや、それにしても凄い盛況ですね。あちらこちらで酒盛りしてるじゃないですか」
「お酒は16歳になってからよ、ジェームズ。わたしは、そこらへん厳しく育てられたんだから」
「はいはい、わかってます。まぁ、色々勉強になりましたよ。選択肢は多いに越したことはありません。明日は冒険者組合へきて、仕事を探して見てもいいかもですね」
私はそう告げ、きびすを返して入り口へ。
む。
通路の近く、座席からやけに飛びだしている足を発見。
何事もないように避けていく。
ーーガタっ
同時、座席から数人の男から立ちあがった。
やれやれ、困ったものだ。
「あの、何でしょうか?」
嫌悪な空気、自然と箱をかかえる指先に力が入る。
「おいおい、何避けてんだよぉ〜! まっすぐ歩かんかいッ!」
「てめぇ、兄貴の足につまづけねぇってのかよ!?」
「クソガキ、表出ろや!」
「チッ……芸術的ですね、もうこれは。こんなに酷い難癖のつけられかたは、初めてですよ」
顔を覚えられても面倒なので、フードを深くかぶろうか。
私は魔力鉱石の箱を机にゆっくりと置いた。
「じぇ、ジェームズ……!」
「あぁーー安心してください、師匠。……もう終わってるんで」
自由になった手で男たちに中指をたてる。
「っ、いい度胸じゃねぇな、クソガ……ぉあ゛っ!?」
すっとんきょうな声をあげ、悪漢のひとりが空中へ、テーブル頭をぶつけ、気絶しながら宙吊りにされて派手に昇っていく。
天井の支木を介した『粗糸』を危なそうな連中に仕込んでおいたのだ。
超能力で糸を床に固定すれば、しばらくは遺体吊りされた海賊の気分でも味わってもらえるだろう。
突然の騒ぎに、冒険者組合のなかが騒がしくなるのが聞こえてきた。
やれ、注目は集めたくなかったのだが。
瞠目して腰をぬかす師匠へ、フードをかぶらせて、残る悪漢たちも空中へ宙吊りにする。
彼らはうまく気絶してくれなかったので、それぞれワンパン入れて意識を刈りとることにした。
騒動の現場からいちはやく離れ、隣の通りまで走ると、冒険者組合のなかから慌てて何人かの人間が飛び出してくるのが遠目に見えた。
やはり、早々に離脱して正解であったな。
あのままいては、より厄介な事になったのは、火を見るよりも明らかだ。
「ジェームズ、なかなか、そのやるじゃない。その、糸術って、言うのかしら? それ、わたしも使いたいな〜っとか言ったら、どうする?」
師匠はキョロキョロと、追手が来てないから心配そうにフードを押さえながら聞いてくる。
「無理ですね。私の世界でもこの技術を扱えたのは、考案者の先生だけでしたから。
その人も、私より『剛線術』を扱えていたかと言うと、とてもとても……。特殊な力の補助がなければ成立しない戦闘法ゆえ、おとなしく諦めてください」
「うぅ、そんなに否定しなくてもいいじゃない……もう」
拗ねてしまわれた。
これは後で、小言がひどくなるな。
⌛︎⌛︎⌛︎
荷物運びを順番で行いながら、魔術協会へ戻ってきた。
片道二刻に近い道のり、それなりに疲労感ある労働だ。
筋肉質の魔術師に「おつかれ」の一言をもらい、すぐに新しい依頼が指示書に記されていくのを確認、私たちは次なる運搬へと従事した。
「っ……ちょ、ジェームズ、きょ、今日はもう休まない? 働きすぎるのは体に毒だと思うの。それに、ね、ほら、わたしって生粋の魔術師じゃない? これまでこんなに働いたことはなかったから、体が痛いなぁとかーー」
師匠がいろいろ言っていたが、黙って働いてもらう事にする。
目に入るものすべてが新しい、異世界での労働の日々は、またたく間に過ぎ去っていった。
時折、いつ帰れるのか、先の見えない絶望に刈られそうになったが、そんな時、私の心は、かたわらの少女の顔に強く、強くささえられたいた。
もっとも、そんな事を彼女に言うわけもなかったが。
⌛︎⌛︎⌛︎
ーー3ヶ月後
私と師匠のライナは、その働きを認められ、準魔術協会員という名の、『運び屋』となっていた。
そして、快挙だ。
私たちは、ついにスラムの外側、中央街の路地裏の一角で住処を手に入れるまでになったのだから。
住んでる場所の空気感は、正直言って、スラム街とあまり変わらないが、それでも紛れもなくここは中央街だ。
まぁ、及第点の住処といったところだろう。
「ジェームズ、何をいじっているの?」
新調したローブを楽しそうに広げるライナ師匠が、手元をのぞき込んでくる。
私は水生魔法生物の皮質からつくった、革製グローブをはめながら答える。
「ああ、これ新しい糸ですよ。さすがに『粗糸』は汎用性に欠けるので、先日丈夫な『麻糸』に代えたばかりなんですけど、冒険者組合の依頼で、
地下下水道の魔物を倒すのに手間取りましてね。まぁ、今ではその子も立派なグローブなんですけど……。
ただ、やはり『剛線術』を扱うには、糸に切断力がないと、話にならないと思いまして、思いきってピアノ線を買ったんです。ふふ、やはり金属繊維はわけがちがうと言いますかーー」
ほくそ笑み、嬉しさに頬を緩ませていると師匠は、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「ジェームズ! ダメじゃない! うちにはピアノが無いのに、そんなもの買ったって、何の役にも立たないわ! いったい何を考えているのよ! バカ、アホ、ジェームズ!」
「いたァ!? 痛い、痛いですよ、ライナさん!?」
頭を必死におさえ、身を守る。
やれやれ、話を聞かない師匠に、この糸の素晴らしさを教えやろうじゃないか。
我が力よ、成れ。
超能力『糸操作』で糸を緊張させ、指先で解放、まっすぐ飛んでいく糸腹が、机のうえのマグカップを横一文字にスッパリと切り裂く。
ゆっくり、机が濡れていく。
唖然とする師匠。
「ふふ、どうですか? これが私の本当の力ーー」
振り下ろされる白いチョップ。
「わたしのマグカップ返しなさいよーっ!」
「痛い! 痛いです! すみませんっ! 新しいもの買ってきますから!」
ああ、なんて余計なことをしてしまったんだ。
私は逃げるように路地裏からはいでて、陶器屋へと急ぐのだった。
⌛︎⌛︎⌛︎




