8月
「ふふふ……」
夏休みに入る前は雪野坂さんに会えないが故、夏休みに対して一切心が躍らなかった俺だが、今の俺は毎日がハッピー&ハッピーだった。
何故ならミィの動画をキッカケに、雪野坂さんとトークアプリのID交換をしたからだ。
夏休みもミィの成長過程を見守りたいからとのことだった。
つまり俺は、ミィの動画を送るという大義名分で、ちょくちょく雪野坂さんとアプリ上で会話し続けているのだ。
……まあ、会話の内容はほぼ100%ミィに関することばかりで、雪野坂さんが俺自体には興味がないのは明白なのだが、今はそれでもいい。
とりあえずこまめに関係を繋いでおくことが大事なのだ。
ザイオンス効果といったかな?
何度も会っていると、何とも思ってなかった人も、段々好きになってくるってやつだ。
ただ、これは度を越すと逆効果になるらしいので、その点は気を付けなければいけない。
あくまで雪野坂さんから求められた時のみ、そっとミィの動画を送る。
それくらいが丁度いい。
幸い今は最低でも週に一回以上は雪野坂さんから、『そろそろミィくんの動画、いいかな?』という依頼が送られてくるので、俺は唯々諾々とそれに従っている。
俺はスリスリと擦り寄ってくるミィの頭を、いろんな意味で愛おしく撫でながら、雪野坂さんとの会話履歴を眺めて、独りでニヤニヤしていた。
ただ、それに反して俺の体重は70キロで減少がピタリと止まってしまっていた。
俺の身長だと大体65キロくらいが標準体重なので、まだあと5キロも足りない。
だが、ネットで検索したところ、これは誰もがダイエットで経験することらしい。
ホメオスタシス機能とかいうのが働いて、体重の減少を抑えてしまうんだそうだ。
これを脱出する方法は一つ――今まで通りのダイエットを黙々と続けること。
そうすれば大体1ヶ月以内には、停滞期を脱してまた体重が減り始めるらしいので、それまではひたすら耐えるのだ。
急がば回れ、急がば回れ。
俺は座右の銘を何度も心の中で唱え、毎日愚直に走り続けた。
4月から徐々に走る距離を伸ばしてきた俺は、今や毎日5キロも走れるようになっていた。
腹筋も100回、腕立て伏せも50回できるようになった。
後はこれを、諦めずに続けるだけだ。
だが、その分勉強の方は一つの壁を突破した手応えを感じていた。
ここに来てやっと脳味噌の土台が出来上がってきたとでも言うのだろうか。
今まではなかなか覚えられなかった複雑な英単語なども、スッと頭に入ってくるようになった。
何度も勉強を繰り返している内に、脳味噌の中の道が均されてきたのかもしれない。
これなら二学期の中間テストでは、もっと良い結果が出せるかもしれない。
幸い帰宅部の俺には、時間はたっぷりあった。
塾も夏休みの間だけは、夏期講習用の重点プランに変え、俺はただただ邁進した。