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3月

 今日は3月14日。

 言わずもがなホワイトデーである。

 俺はバレンタインに雪野坂さんに貰ったチョコのお返しとして、思い切ってキャンディを用意していた。

 ネットで調べた限り、ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味があるらしく、例えばマシュマロやグミには、『あなたが嫌い』というニュアンスがあるらしい。

 まあ、あくまでこれは通説なので、相手がマシュマロやグミが好きなのであれば、渡しても一向に構わないのだろうが、雪野坂さんの好みがわからない以上、俺は念のため避けておいた。

 そして俺が用意したキャンディの意味は、ズバリ『あなたが好き』。

 我ながらこのチョイスは流石に攻め過ぎだとも思ったが、まあ、面と向かって『好き』と言う訳ではないのだ。

 万が一雪野坂さんに「キャンディって、『あなたが好き』って意味なんだよね?」と言われたら、「あっ、そうだったの!? そ、それは知らなかったなあ」とでも言って誤魔化せばいい。

 とにかく今は、告白の予行演習のつもりで、俺の愛が籠ったこのキャンディを、雪野坂さんに渡せればそれでいい。

 未だ特定できていない、俺の恋のライバルに対する牽制にもなるしな。

 だが、いよいよ雪野坂さんにキャンディを渡す段になると、途端に怖くなってしまい、俺はなかなか一歩が踏み出せなかった。

 俺は休み時間のたびに、キャンディを隠し持ちながら、席を立って雪野坂さんの方まで歩いてはいくのだが、結局そのまま雪野坂さんの席を通り過ぎてしまい、廊下で独り、深い溜め息を吐くということを繰り返していた。




 そうこうしている内に、あっという間に放課後になってしまった。

 ヤバい。

 このままでは雪野坂さんが帰ってしまう。

 バッグを手に取って教室から出ていこうとする雪野坂さんを追うために、俺もバッグに手を掛けた。

 ――その時。


「オウ進藤、今日俺、たまたま部活休みなんだよ。だからこの後、どっか寄ってかねーか」

「え」


 加藤が話し掛けてきた。


「い、いや……今日は俺……」


 咄嗟のことに、俺の頭は真っ白になってしまった。


「ん? 何だよ。今日は塾もバイトもないって言ってただろ?」

「そ、そうなんだけど……」


 チラッと横目で雪野坂さんの方を見ると、既に雪野坂さんの姿はどこにもなかった。

 もう帰ってしまったのだ。

 嗚呼!


「じゃ、行こーぜ進藤」

「いや、あの……」


 ……ままよ!


「ゴメン加藤! 実は今、両親が危篤で! 急いで帰らなきゃいけないんだ!」

「ハアッ!? マジかよお前!! そんなん、早く帰れよオイ!!」

「あ、うん……。せっかく誘ってくれたのにゴメンな」

「んなこたぁイイよ!! 早く帰れ!!」

「うん、またな」

「気を付けて帰れよ!」


 本気で心配してくれている加藤の表情が辛かった。

 スマン加藤!

 いつかきっと、埋め合わせはするから!

 そしてゴメン父さん母さん。

 お詫びに今日は、二人の好物のかりんとうを買って帰るよ。


 俺はダッシュで、雪野坂さんの後を追った。




「ハァ、ハァ……」


 が、校門の手前まで来ても、雪野坂さんの姿は見当たらなかった。

 マズい。

 校門から出てしまったら、雪野坂さんがどっちに帰ったかはわからなくなってしまう。

 俺は雪野坂さんの家がどちらの方向かは知らない。

 今のご時世、住所を聞くのは個人情報保護の関係等で憚られたので尻込みしてしまっていたのだが、こんなことなら勇気を出して聞いておけばよかった。

 ……いや、今更そんなことを悩んでいても何の益にもならない。

 とにかく今は、雪野坂さんに追い付くことだけを考えるんだ。

 我が校の校門を出てからの帰宅ルートは大きく分けて右か左の二択。

 比較的右の方向に帰る人の方が多いので、とりあえず校門を出たら右に走って、見当たらなかったら戻って左側を探すことにしよう。


「ヨッシャアッ!」


 俺は掛け声を上げ自らを奮い立たせ、この一年間休まず走り続けてきた足で、コンクリートを蹴って駆け出した。




「あれ? 進藤君どうしたの、そんなに急いで?」

「え」


 が、校門を出た直後のところで、壁に寄りかかっていた雪野坂さんに声を掛けられた。


「ゆ、雪野坂さん!?……雪野坂さんこそ、何してるのここで?」

「う、うん、まあ……ちょっとね」


 何故か雪野坂さんの顔が少しだけ赤くなっている気がする。


「誰か待ち合わせしてる人でもいるの?」

「え!? い、いや、別にそんなことはないよ! 今帰ろうと思ってたとこ」

「そうなんだ」


 何だか様子がおかしいな?


「進藤君こそどうしたの? あんなに慌てて」

「い、いや、別に!……何でもないよ」

「ふーん」


 君を探してたんだ。

 ……何て、言えれば楽なんだけど。


「――じゃあよかったらさ、私と一緒に帰らない?」

「え」


 今、何と?


「進藤君が嫌じゃなければだけど」

「そ、そんな! 嫌な訳ないよ! よ、よろしくお願いします……」

「ふふ、何それ」


 綺麗な長い黒髪をふわりと翻して、雪野坂さんは歩き出した。

 俺はその後を、慌てて追った。




「……」

「……」


 俺と雪野坂さんは、一言も言葉を発さずに並んで歩いていた。

 何か話さねばと思えば思う程、喉が詰まって何も出てこない。

 何かないか……、何か話題は……。


「……ねえ、進藤君」

「ふえ?」


 しまった!

 不意打ちで話し掛けられたから、「ふえ?」なんて、萌え系のロリキャラにしか許されないリアクションを取ってしまった!

 何やってんだ俺はあああ!!


「私まだ、感想聞いてないと思うんですけど」

「え? か、感想?」


 何の?


「……ガトーショコラの」

「――!」


 あっ!!

 そ、そうだ……。

 バレンタインに雪野坂さんからチョコを貰ったことに舞い上がり過ぎて(ついでにガトーショコラがあまりにも甘過ぎたことで)、この1ヶ月、俺は雪野坂さんにチョコをくれたことに対するお礼は言ったものの、ガトーショコラの味の感想は伝えていなかった。


「結構自分では、上手くできたつもりだったんだけどなあ」

「いや……あの……」


 あれで?(失礼)

 でも、そうだよな。

 たとえ義理でも、手作りのチョコをいただいたんだから、ちゃんと「美味しかったよ!」って、伝えるべきだったよな。

 ……。

 ……美味しかったよ?

 本当にいいのかそれで?

 確かに雪野坂さんに嫌われないためには、ここはお世辞でも美味しいと言っておくのがベストな選択だろう。

 だが果たしてそれは、本当の愛と言えるのだろうか?

 ……いや、彼氏でもないのに愛とか語ってんじゃねーよと言われたらそれまでなのだが。

 それでも……俺は……。

 ああもうどうすればいいんだ!

 頭がおかしくなりそうだッ!


「確かにね、完成するまで結構何回も失敗しちゃったのは事実なの」

「あ、うん」


 あれ以上の失敗作もあったのか……。


「特に最後の頃に作ったやつなんて、うっかり砂糖入れ過ぎちゃって、すっごく甘くなっちゃったし」

「……え」


 ……おや?


「あ、でも大丈夫! うちのお父さん、超が付くくらいの甘党だから、そっちはお父さんにあげたから」

「……」


 も・し・や。


「でもおかしいんだよねー。お父さんたら、『もっと甘くてもよかったぞ!』なんて言ってて、流石に舌がどうかしちゃってるんじゃないのかなー」

「……雪野坂さん」

「ん? なあに」

「もしかしたらもしかしてなんだけど……、俺にくれたガトーショコラと、お父さんにあげたガトーショコラ、取り違えてたりはしないかな?」

「えっ!?!?」


 雪野坂さんは青天の霹靂みたいな顔をした。


「そ、そんな……、何度も確認したのに……。いや、でも……、もしかしてリボンを付けた時に、最初にお父さんの方に付けようとして、それで……? ああああ!! ゴメンね進藤君!! あれ、すっごい甘かったでしょ!?」

「あはは……。まあ、ちょっとだけね」

「ホントゴメン~」


 雪野坂さんは俺に手を合わせて何度も何度も頭を下げた。

 ふふ。

 意外と天然なところもあるんだな雪野坂さんて。

 何だかもっと雪野坂さんが好きになったよ。


「――ねえ、雪野坂さん」

「え?」

「はい、これ」

「……!」


 俺はバッグの中からキャンディを取り出し、それを雪野坂さんに差し出した。


「ホワイトデーのお返し」

「……ありがとう、進藤君」


 雪野坂さんは頬を染めながら、そのキャンディを受け取ってくれた。


「……」

「……」


 俺達はまたしても暫し無言になった。


「……じゃ」

「え?」

「じゃあ、俺は家こっちだから!」

「え、あ……うん」

「また明日ね、雪野坂さん!」

「うん……また明日」


 俺はダッシュでその場から離れた。

 ……ついに渡してしまった。

 『あなたが好き』という意味の、キャンディを渡してしまった!


 一つのことを成し遂げた達成感で、俺は完全に有頂天になっていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >マシュマロやグミには、『あなたが嫌い』というニュアンスがある Σ( ̄□ ̄|||) そうなんですね? [気になる点] >(失礼) うん!失礼はいかんよ君ww [一言] ええのぅええのぅ…
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