1月
雪野坂さんから貰った猫のぬいぐるみは、すっかりミィのお気に入りになった。
お腹の部分が温かいらしく、いつもお腹の上で昼寝している。
その動画を雪野坂さんにトークアプリで送ったところ、『あああああーーーーー!!!!!!!(死)』という逼迫した文面と共に、猫から魂が抜け出ているスタンプが送られてきた。
それを見て、俺も死にそうになった。
そして今日は年が明けて1月1日、元日。
俺はわざわざ隣町の神社まで、一人で初詣に訪れていた。
ここに有名な縁結びのお守りが売っているという噂を聞きつけたからだ。
オイオイここにきて神頼みかよと思われるかもしれないが、生憎俺はなりふり構ってられるような立場ではないのだ。
縋れるものなら、神様だろうが藁だろうが、何でも縋る。
それが俺の覚悟だ。
「さてと……」
とはいえ、初めて来る神社だし、元日だけあって人で溢れてるので、どこにお守りが売っているのか全然わからない。
どうしたもんかな。
人に聞くのも恥ずかしいしな。
「あれ? 進藤君?」
「っ!!」
こ、この声は……。
恐る恐る振り返ると、そこには俺の天使、雪野坂さんが着物姿で立っていた。
あああああーーーーー!!!!!!!(死)
雪野坂さんが着ているのは、薄紅色を基調にした花柄の着物で、俺の中で大和撫子オブザイヤーに輝いている雪野坂さんには、涙が出そうな程似合っていた。
あああああーーーーー!!!!!!!(死)
しかもいつもは下ろしている髪を結い上げているので、艶めかしいうなじが見え隠れしている。
あああああーーーーー!!!!!!!(死)
「あけましておめでとう進藤君。凄い偶然だね、こんなところで会うなんて」
「そ、そうだね……。あけましておめでとう」
危なかった。
万が一に備えて、計68000円のフルアーマーヒガキコーディネートを今日も着てきてよかった。
いつものクソダサ私服だったら、正月早々今日が俺の命日になるところだった。
「ねえねえお姉ちゃん、この人が進藤くん?」
「え」
その時俺は雪野坂さんの隣に、雪野坂さんと同じ柄の着物を着た、顔が雪野坂さんにそっくりの小さな女の子がいるのに、今更ながら気付いた。
ま、まさかこの子が……。
「うん、そうだよ楓。――進藤君、この子が前に言った妹の楓。ホラ、楓も挨拶しなさい」
「あけましておめでとうございます」
楓ちゃんはペコリと俺に頭を下げてきた。
か、可愛いーーー!!!!
俺の妹にしたいーーー!!!!(どさくさ)
「こ、こちらこそあけましておめでとうございます」
俺は楓ちゃんにオドオドと頭を下げた。
将来義理の妹になるかもしれないんだ。
兄としてカッコ悪いところは見せられないとは思いつつも、そう思えば思う程、しどろもどろになってしまう情けない俺だった。
「ねえねえ進藤くん、セーラープリティごっこしよー」
「え」
「コ、コラ! 楓!」
楓ちゃんが俺にセーラープリティごっこを振ってきた。
セーラープリティというのは、日曜日の朝に放送している、女の子向けの大人気アニメで、普通の高校生男子は観ていない番組だが、俺はオタクなので毎週リアタイしている。
「この世に正義の陽が射す限り――」
「楓!?」
っ!
楓ちゃんは雪野坂さんの制止を無視して、セーラープリティの口上を始めながら右手を上げ出した。
くっ、どうする……?
もちろん俺は口上を暗記しているので、楓ちゃんにノッてあげること自体は可能だ。
だが、ここで俺がセーラープリティの口上を暗唱し出したら、雪野坂さんにドン引きされてしまうかもしれない。
どうする……。
どうする…………。
「あ、悪が芽吹いたためしなし――」
「進藤君!?」
俺は左手を上げて、口上を紡いだ。
「並み居る悪を斬り捨てて――」
「咲かせてみせましょ紅牡丹――」
「我ら正義の使者!」
「セーラープリティ!」
「「見・参!!」」
俺と楓ちゃんは、キメポーズをキメた。
いつも思うけど、口上がとても女の子向けじゃない気がするんだけど、俺だけかな……。
とはいえ、これで俺の恋は終わってしまったかもしれないと思うと、怖くて雪野坂さんの方を見れなかった。
「アハ、アハハ、アハハハハハハハハハ!!!」
「っ!?」
が、思いの外雪野坂さんにはツボったらしく、雪野坂さんは腹を抱えて笑っていた。
お、おお……、これは、セーフ、か?
「はー、笑った笑った。進藤君もセーラープリティ詳しいんだね。私も楓に付き合って毎週観てるんだけど、高校生が観ても意外と面白いよね!」
「あ、うん。そ、そうだね」
ふううううううう(深い溜め息)。
今回もギリッギリだったぜ。
この一問でも間違えたら即アウトの緊張感、試験問題の比じゃないぜ。
「なかなかやるじゃん進藤くん。私のセーラープリティメンバーに加えてあげてもいいよ」
「あ、ありがとう」
楓ちゃんは胸を張ってそう言ってくれた。
よしよし、何とか楓ちゃんに好印象は持ってもらえたみたいだな。
「ところで、進藤君は何でこの神社に来たの?」
「え」
雪野坂さんに痛いところを突かれた。
まさか縁結びのお守りを買いに来たとは言えないし、どうしたものか……。
「私達は縁結びのお守りを買いに来たんだよー。ねー、お姉ちゃん」
「「え」」
楓ちゃんが超ド級の爆弾をブッ込んできた。
えーーー!?!?!?
雪野坂さんが、えええええ縁結びーーー!?!?!?
「コ、コラ楓! それは誰にも秘密って言ったでしょ!」
「あ、そうだった。ゴメンお姉ちゃーん」
そう言う楓ちゃんには、特に悪びれた様子は見受けられない。
「じゃ、じゃあ、私達は用事があるんで、また今度ね進藤君!」
「あ、うん……」
「またセーラープリティごっこやろーねー、進藤くーん」
「うん。またね」
雪野坂さんは楓ちゃんの手を引いて、そそくさと歩いていってしまった。
……雪野坂さんが縁結びのお守り。
そうか……そうだよな。
雪野坂さんだって高校生なんだもん、好きな人くらいいるよな……。
……ハァ。
まさかこんな形で俺の恋が終わってしまうとはな……。
俺は涙が零れそうになるのを必死で抑えながら、そのまま踵を返して神社を後にした。