015(後味の悪い事件)
ミカは観念したのだろう。ボロボロと涙を流す。――落ち着いたところで自白する。
「実は大会当時、ハワードさんから日本酒をボトルに入れて会場へ持っていけと言われました」
「やっぱり、ハワードが犯人か」
「いえ、違います。ロジャーさんは会場の袖で、自ら私のボトルを取り上げて、日本酒を飲みました。そして、涙を流しながら、ダブルバイセップスを決めました」
「ボディービルは戦争…………ですか」
「ハワードさんが何を考えていたかは解りません。しかし、ロジャーさんは日本酒を飲んでしまった」
「なぜ、その事を最初に言わなかった?」
「疑われても仕方ないと思って。とりあえず、証拠を消し去ってから悲鳴を上げました」
「本当に日本酒を飲むと、筋肉がバキバキにキレるんですか?」
「迷信です。アルコールの利尿作用で身体の水分量が減るとは思いますが。本番前にお酒なんてもってのほか」
ハワードとミカは警察署に連行され、厳しい取り調べを受けた。
ニコルは消化不良だ。おそらく、ハワードとミカは業務上過失致死となり執行猶予で出てこれるだろう。
“京都が舞台で、列車のダイヤがトリックで、温泉若女将が横やりしてきて、最後に崖へ追い詰める”そのような展開にはならなかった。ドラマの観すぎだ。
ニコルは警察署の留置場へ行き、ミヤビお嬢様を迎えに来た。
「遅いわよ、ニコル」
「すみません、お嬢様」
「まあ、あなたにしてはね。ネットVRゲームをやり込んでたから、ランクがBからAに上がったわ」
「お嬢様、留置場でやりたい放題ですね。さあ、福富家へ帰りましょう」
ニコルはミヤビお嬢様をエスコートして警察署を出ようとした時に、新米刑事の杉山に呼び止められる。
「おい! 覚えておけよ、お前ら。散々俺に恥をかかせやがって」
「プライドのみ、高い男ね。ネチネチとしつこいわよ」
杉山は署内に去っていった。
――次の日、福富カンサイはボディービル大会を強行する。大会は閉幕して2人の逮捕者と1人の死者を出してしまった。来年は白紙の状態だ。
鮫島からニコルにメールが送られてきた。
『ミカさんは殺人罪の被告となったよ。ウイスキーボトルから検出された液体は、日本酒ではなく、アルコール原液だ。これが直接証拠となり、終身刑は間違いない。後味の悪い事件だったね』
ニコルは考える。福富家に何か良からぬ事が起きようとしてるのではないかと。