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黒炎と白布の異界渡り  作者: みやこけい
第十三章:最後の刃
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避けられぬ別離

 ラドヒリクが奇声と共にイルシュエッタへと突進する。それと同時に彼の背後に立つフニカラシの両手から無数の弾丸が発射された。


 二人の攻撃に対して、イルシュエッタが行った防御は手のひらの上に乗った鍵を地面に落とす事、ただそれだけだった。地面にぶつかった鍵は瞬時に大きな扉を生み出し、フニカラシの放った弾丸の射線を遮るように開かれた。


 弾丸が扉にぶつかり、弾ける音がこだまする。直後、地面に取り付けられた扉の影からラドヒリクの手と禍々しい短刀がイルシュエッタに忍び寄った。


 ラドヒリクの鍛え抜かれた拳から鋭い打撃が幾度となく繰り出される。その連打の隙を埋めるように、ぐちゃぐちゃになったもう片方の手に握られた短刀がイルシュエッタを襲う。徒手格闘で戦う事になれば、リシュリオルでも彼と互角に戦えるかは分からない。それ程までに洗練された隙の無い動きだった。


 しかし、イルシュエッタの動きは彼の卓越した格闘術を遥かに凌駕する物だった。より強く、より疾い。ラドヒリクの拳と短刀がイルシュエッタに当たる事は一度たりとも無く、彼女の表情には常に余裕の笑みが浮かんでいた。


「くそ、何故当たらない!」

「遅いからじゃない?」


 ラドヒリクの攻撃が一旦終わると、再びフニカラシの弾丸が飛んでくる。イルシュエッタは鍵の力も使わずに、身体を軽く捻るだけでそれを躱した。まるで、未来が見えているかの様な無駄の無い動きだった。


 リシュリオルは戦いを傍らで眺めているだけだったが、改めてイルシュエッタの戦闘能力の高さを思い知った。彼女に勝つと、のたまいていた自分が恥ずかしくなる。きっと本気の彼女を倒すには軍隊が必要になる。


 イルシュエッタとラドヒリクの攻勢が逆転し始める。イルシュエッタの力強い正拳がラドヒリクの顔をかすめた。彼女は続けて二度目、三度目の打撃を放ったが、ラドヒリクは拳が身体に触れるのを避けた。一撃で肉を剥がし取る、鍵の力を警戒しているのだろう。


 進展の無い攻防に飽きたのか、イルシュエッタはラドヒリクの側頭に向けて、上段の回し蹴りをぶつけた。だが、ラドヒリクは軽くよろめいただけで、逆に蹴りを放った彼女の脚を掴み上げた。その衝撃で手に握っていた鍵を落としてしまう。


「これで鍵も使えない、逃げる事もできない!」

「逃げるつもりなんてないけど」


 イルシュエッタは掴まれた右脚を支点にして全身を宙へ押し上げた。そして、ラドヒリクの頭を両手で引き寄せながら、顎に向かって左膝をぶち当てた。鍛え抜かれた脚力としなやかな体躯を持つイルシュエッタだけができる芸当だった。


 何かが砕ける音が鈍く響く。ラドヒリクにとってあの体勢から攻撃を受ける事は予想もしていなかった事だろう。ラドヒリクはイルシュエッタの右脚から、堪らず手を離した。


 ラドヒリクの口から砕けた歯の欠片がポロポロとこぼれる。刃も弾丸も通さない皮膚でも、自身の歯と歯がぶつかる衝撃を防ぐ事はできなかったようだ。そして、イルシュエッタの攻撃による衝撃で脳が揺さぶられたのか、ラドヒリクの表情は虚ろで、足取りはおぼつかなくなっていた。


「凄い……」リシュリオルはイルシュエッタの戦いぶりに見惚れ、思わず素直に呟いてしまった。

「弟子から褒めてもらえると嬉しいね」目の前に敵がいるというのに、イルシュエッタは背後のリシュリオルの方へと振り向き、ウィンクしながら握り拳に親指を立てた。


「まるで勝てる気がしないな」息一つ切らしていないイルシュエッタを見据えながら、フニカラシがぼそりと呟く。

「何言ってやがる! 俺が作ったチャンスを逃しやがって!」ジェタリオが弱気な態度を見せるフニカラシを怒鳴り散らした。 

「お前がもう少し戦いの役に立てばな……」フニカラシが冷たく呟くと、ジェタリオは黙り込んだ。


「さてさて、皆さん。これからどうしましょうか?」イルシュエッタの視線が再び男達の方へと戻る。そして、獲物を狩る獣のように彼らとの距離をじりじりと縮めていく。 


 フニカラシは最早戦う気など無かった。二人を置いて逃げるつもりでいた。だが、ジェタリオもフニカラシと同じ考えを持っていた。所詮は都合よく己の利益を手に入れるために行動していただけの集まりだ。結束や連帯感は彼らには存在しない。


 一歩、また一歩。イルシュエッタが三人の男達を仕留める為に足を進めた。だが、背後から大きな物音が聞こえた事でその歩みは止まった。

 

 カシャンと金属が落ちたような音。その場にいた全員の視線がその音の源へ向かう。皆の視線の先にいたのは、地面に倒れ込むアトリラーシャだった。先程の物音は彼女が刀が地面に落とした音だった。


「アトリラーシャ!」


 アトリラーシャの姿を見た途端、リシュリオルは誰よりも早く動き出した。全身に受けていた弾丸の傷穴から血が吹き出したが、今の彼女にはそんな痛みは気にもならなかった。何よりも、アトリラーシャの元に行きたかった。


「リシュ、待って!」イルシュエッタがリシュリオルを引き留めようと叫ぶ。しかし、彼女の耳にはイルシュエッタの声は届いていない。


「シェエン、マジで死んだのか……」


 ジェタリオはシェエンバレンとの戦いに生還したアトリラーシャの姿を見て驚愕していた。彼は他の二人よりもシェエンバレンの事を良く知っている。異次元の強さを持つ怪物。そんな彼が死に絶える姿など想像もできなかった。


「逃げるなら今しかないぞ!」狼狽えていたジェタリオの背後からフニカラシの声がした。彼は地上に戻る階段に向かって既に走り出していた。直ぐ隣にはラドヒリクの姿もあった。

「クソっ!」ジェタリオは悪態を吐き捨てながら、フニカラシの後を追った。


「逃げるなっ! 殺人鬼共!」少し遅れて、イルシュエッタも男達を追いかけようとした。しかし、彼女の動きをリシュリオルの声が遮る。

「イルシュエッタ! そんな奴ら、どうでもいい! それよりも、アトリを……、アトリラーシャを……」


 泣き叫ぶリシュリオル、逃げる殺人鬼達。イルシュエッタはその双方へ交互に視線を向けた。一瞬の迷いの後、彼女はリシュリオルの方へと駆け出した。


「狙った獲物を逃したことなんて、一度も無かったのに……。はあ、私も甘くなったなぁ……」


 イルシュエッタがアトリラーシャの元へ辿り着いた時、彼女の痛々しい姿を見て、殺人鬼達を追わなかった自分の選択に安堵した。


 アトリラーシャはほぼ意識を失いかけていた。全身に切創を受けており、到るところから出血している。その中でも最も重い傷は左腕の損失だった。何かに噛み千切られたような跡が傷の断面に残っている。生半可な小競り合いではつくことのない傷の数々は、戦いの凄まじさを垣間見せていた。


「リシュ、ここから一番近い医療施設にはどのくらい掛かる? アトリラーシャは血を出し過ぎてる。私の応急処置じゃあ間に合わない」

「分からない……。一度、地上に戻る必要があるし、地上に出たとしても、街の構造が複雑なんだ。だから、私にも分からない……」弱々しい声でリシュリオルが嘆く。


「なら、一か八かだ。鍵の力で扉を開く。私がアトリラーシャを連れて、別の異界へ向かう。そして、すぐにこの子を助けてくれるような医療施設を探し出す。……運が良ければこの子を助けられる」

「私も付いていく」


 リシュリオルの真っ直ぐな視線がイルシュエッタに突き刺さる。しかし、イルシュエッタは彼女の提案をきっぱりと断った。


「駄目だ、リシュは置いていく。……というか連れていけないんだ。私の鍵じゃ、二人が限界。それにカルやネイリットも何処かにいるんでしょ? 今、ここにいないのは怪我でもしてるからじゃないの?」


 イルシュエッタの憶測は事実だ。二人を見捨てて行く訳にはいかない。リシュリオルは言葉を詰まらせてしまい、何も言えずにイルシュエッタの言葉に頷いた。


「まだ奴らはこの世界にいるんだ。二人を守ってあげて」


 イルシュエッタは、心配そうにアトリラーシャの事を見つめるリシュリオルの頭を軽く撫でてやると、胸元から鍵を取り出し、力を使う準備を整えた。そして、アトリラーシャを抱きかかえながら、水路の壁際へと向かい、鍵を壁に突き刺した。鍵は水路の壁に独特の光を放つ扉を作り出した。


「大丈夫、きっと助けられる。………それじゃあ、いつかまた会おうね」


 アトリラーシャを抱えたイルシュエッタの姿は彼女が作り出した異界の扉の向こうに消えると、またたく間に扉は壁から剥がれ落ちた。リシュリオルは二人の事を見送ると、カルウィルフとネイリットを隠した壁の方まで歩き出した。


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