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黒炎と白布の異界渡り  作者: みやこけい
第一章:砂に埋もれた手紙
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砂と建築

 ここはどこかの世界、どこかの街。広大な砂漠に囲まれた巨大建築の集合体。見るものを圧倒する建築物は砂漠の砂から造られる。この世界の砂は自由自在に変化し、硬くも柔らかくなる。街は人々の創り出す建築によって、生き物のように拡がり続け、砂漠という空白の地を埋めていく。


 ここはどこかの世界、どこかの街。レンガ造りの小さなホテルが佇む。男と少女が異界の扉を抜けた先。今日の宿泊先。ホテルはかつてこの地で男が身を置いた場所。異界の扉が懐かしさを運ぶ。




 ラフーリオン達が倉庫の扉を抜けた先は、レンガ造りの小さなホテルのカフェテラスだった。


「ここは……もしかして」

 

 ラフーリオンが辺りを見回す。ホテルの正面からは幅の広い道路が真っ直ぐ伸びており、百メートルなど下らない高さの巨大な建物がその道路を挟んで立ち並んでいた。


 地平線まで伸びる長い道路の向こうには砂漠が広がっている。そして、砂漠の先に見える夕日が街並みを真っ赤に照らしていた。


「あんな大きな建物、初めて見たぞ!」少女がテラスからの景色を見て、はしゃいでいる。


「この巨大建築の群れ! 異界の景色は何度見ても素晴らしい!」アリゼルも感嘆の声を上げている。


「この異界は砂漠で採れる変わった砂で、建物を延々と建て続けてるんだ。増築を繰り返して、どんどん街を大きくしているから、ここに来る度に街の地図を買わないといけない」


「ふーん」ラフーリオンの話を聞く素振りも見せず、街の景色を見入る少女。


「おい、俺の話を聞けよ。異界を渡って生き残る為には異界の特徴を知る事が必要だ。お前はまだ異界の事を何も知らないだろ」


「私には精霊の力がある。大体のことはこの力でなんとかなるだろ」


「そんなことはない。異界渡りだって金が必要になるから働くことも必要だ。それに危険なことも多い。異界渡りを狙う盗賊みたいな輩がいたり、逆に異界渡りの犯罪を取り締まる組織だってある。下手なことをしたら、そういう奴らに追われながら、異界を渡り歩くことになるぞ」


「ふーん。結構面倒なんだな、異界を渡るのも」

「そうだ、だから少しくらいは俺の話を聞けよ」

「はいはい」生返事のあと、少女はまた街の景色を見つめ始めた。


「出会ったばかりなのに、仲が良いですね〜」アリゼルが楽しそうに二人のやりとりを見ている。


(こんなことでこいつに異界の事を教えられるのだろうか?)ラフーリオンの胸中は不安でいっぱいだった。


 不意にホテルとテラスを繋ぐ窓付きのドアが開き、中から若い女性が現れた。ドアの音を聞いて、アリゼルは反射的に少女の影の中に隠れる。


「こんにちは。御宿泊のお客様ですか?」接客的な質問の後、女性はラフーリオンを見てハッとする。


「もしかして、ラフーリオンさんですか?」

「久し振りですね、アルフェルネさん。お父様はお元気ですか?」

「はい、今は区画の代表が集まる会議に出掛けています」


「なんだ、知り合いなのか?」少女が街の景色を見つめるのをやめて、二人の会話に参加してきた。


「ああ、彼女はこの世界でお世話になった人の娘さんで、アルフェルネさん」

「この子は誰ですか?」アルフェルネの質問の返答に少し戸惑うラフーリオン。


「えー、この子はとある事情で異界渡りの旅に連れて行くことになったのですが、まだ前にいた異界で出会ったばかりなんです」

「そうなんですか」アルフェルネはしゃがんで、目線を少女に合わせた。


「お名前はなんて言うの?」アルフェルネの質問を聞いて、ラフーリオンは少女の名前をまだ聞いていないことに気付く。

「名前……」少女は黙り込んでしまう。


 何も言えずにいる少女の影からアリゼルが現れる。

「あ、あなたは?」アルフェルネが突然、現れた赤黒い甲冑の姿に驚きの声を上げる。


「おっと失礼。私はアリゼル・レガと申します。以後、お見知りおきを」未だ驚きの表情を浮かべるアルフェルネに向かって、丁寧にお辞儀をするアリゼル。


「アリゼル・レガ? あの伝説の精霊の事ですか?」

「そうです。黒い炎の精霊、アリゼル・レガそのものです」ラフーリオンが付け足すように言う。


「こんなうら若いお嬢さんにまで我が名を知って頂けているとは。嬉しいものです」ケラケラ笑うアリゼル。ラフーリオンは笑うアリゼルを尻目に少女の方に視線を向けた。


「そんな事より、お前の名前を教えてくれないか? 俺もまだ聞いていなかった」ラフーリオンが少女に向かって、改めて名前を尋ねた。


 黙り込んでいる少女の近くにアリゼルが寄り添い、呟き始める。

「本当の名前でなくてもいいのです。彼が付けてくれた名前でいいのですよ」


「そうか。……それなら、リシュリオルだ。私の名前はリシュリオル」


 少女はリシュリオルと名乗ったが、ラフーリオンはアリゼルがが口にした『本当の名前』という言葉が気に掛かった。


「本当の名前というのは?」ラフーリオンは好奇心に負け、リシュリオルに質問する。

「それは……」リシュリオルはまた黙り込む。


「私から説明します」アリゼルがリシュリオルを庇うように、ラフーリオンとリシュリオルの間に立ち塞がった。

 

 そして、リシュリオルがいた街の事を話し始めた。


 リシュリオルがいた街は、雪の多い街だった。四季の変化は無く常日頃、雪が降っていた。


 リシュリオルの両親はある事故で彼女が幼い頃に亡くなっていた。


 その事故の際に彼女は記憶の一部を失ってしまい、自身の名前を思い出せなくなった。その名前が『本当の名前』らしい。


 『リシュリオル』という名は、自分の名前を忘れてしまった彼女を哀れみ、とある人物から名付けてもらったのだという。


 アリゼルが話している間、リシュリオルの表情は常に曇っていた。ラフーリオンもアルフェルネも悲痛な表情でリシュリオルの顔を見つめた。


 アリゼルはその場の重い空気を変えたかったのか、続けてラフーリオンとリシュリオルが出会ったバーに来るまでの経緯をやけに明るい口調で話し始めた。


 リシュリオルはアリゼルの宿主となった後、街に対して反乱を起こした。


 アリゼルのような強大な精霊の宿主になるには、適性を持つ人間でなければならない。


 しかし、その適性を持つ人間は非常に珍しく一つの異界に一人いるかいないかの極少数で、無理に適性のない相性の悪い者に取り憑くと、宿主は死んでしまう。


 リシュリオルはその適性を持った事に慢心し、力を見せつける為に街の人々と一悶着を起こした。


 精霊憑きとしては素人同然のリシュリオルだったがアリゼルの力でなんとか街の人々と戦っていた。


 困った人々は偶然街に訪れていた異界渡りを雇って、その異界渡りの力でリシュリオルを異界に飛ばしてしまった。


 そして、その飛ばされた先があのバーだったのだ。


 話の最後の方には、アリゼルは愉快そうに大きな声で笑っていた。笑う精霊の後ろにいたリシュリオルは嘘をつくなと怒鳴り声で叫んでいる。


 アルフェルネは楽しそうにその様子を見ていた。アリゼルの話題変更はそれなりの効果があったようだ。ラフーリオンもさっきまではリシュリオルに同情していたが、アリゼルの話を聞いて自分自身に同情し始めていた。


(どうして、アリゼルのさっき話した事とは無関係の俺がこんな目に会うんだろうか)


 アリゼルに怒鳴っていたリシュリオルは今度は自分を異界に送り飛ばした異界渡りの事に怒っていた。


「思い出すだけでも、ムカついてくる。アイツさえいなければ……」


 ラフーリオンはその異界渡りの事に心当たりがあったが、面倒な事になりそうなので、そのまま心の内にしまっておいた。





 ラフーリオン達はアルフェルネとその父親が経営するホテルに泊まることにした。


 その日はホテルを含む周辺の区画で大規模な改修工事が行われる関係で、道路が閉鎖される為か、ラフーリオン達以外の客はいなかった。


 ラフーリオン達は各個人の寝室や食堂などの施設の案内をアルフェルネから受けた後、ラフーリオンの寝室に集まり、今後の予定について相談していた。


「夕食の後、異界についての勉強会を開くからな」強い口調で話すラフーリオン。

「面倒な事をやりたがる奴だ」リシュリオルが悪態をつく。


「俺だって面倒だとは思っているがな、俺の教育不足でそこら辺で野垂れ死んでもらったら困る。後味が悪い」


「私からもお願いします。宿主がポンコツだとこれからの旅に支障が出そうなので。ぜひラフーリオンさんの講義を受けて下さい、リシュ」


「どいつもこいつも、ムカつく言い方をする」リシュリオルの目つきが悪くなる。

 

 ラフーリオンとアリゼルがじっと彼女を見つめる。リシュリオルは諦めたようにため息を吐いた。


「……わかったよ。異界のことなら、知らないよりは知っている方がいいしな」


「いつもそうやって素直でいてくれれば、助かるよ」ラフーリオンがリシュリオルの頭に触れる。


「うるさい! 触るな!」リシュリオルはラフーリオンの足を踏みつけ、ラフーリオンのそばから離れ、窓際へ街の景色を見に向かった。


 ラフーリオンは足を抑えながらうずくまる。その様子を見て、アリゼルがふわふわとラフーリオンの傍へと近付く。 


「我々、精霊が精霊憑きと共有できる力は、精霊が固有に持っている能力だけではありません。宿主の膂力にも影響を及ぼします。私のような強靭な精霊ならなおさらその影響は強く、宿主の身体能力は――」


「わかった、わかったよアリゼル。説明ありがとう、勉強になった。以後気を付ける」


「異界渡りは普通の人と違って頑丈ですからね。あれぐらいの蹴りならば、折れてはいないと思いますよ」アリゼルの笑い声が部屋の中に響く。


「うん、折れてはいないと思う……」足に響き渡る激痛に悶ながら、ふらふらとラフーリオンが立ち上がったその時、夕食の合図のベルが鳴った。




 部屋を出て、食堂に向かう一行。食堂のドアを開けると、食事がテーブルの上に並べられ、その横にアルフェルネが立っていた。


「お待ちしていました。今日の主菜は砂の海を泳ぐ魚のムニエルです」

「砂の海ってなんだ?」リシュリオルが首を傾げる。


「街の外にある砂漠の一部の地域では、さらさらとした細かい砂が海のように波打つ場所があるんです。そこにある砂は建材としては使えないのですが、いろいろな生き物が泳いだり、隠れたりしながら住んでいて、この魚はその中でも食用として市場に出回っている種類の魚なんです」


「ふーん、美味いのか? この魚」目を細めて魚を見るリシュリオル。


「今の時期は脂がよく乗っていて美味しいですよ。食べてみて下さい」アルフェルネが笑顔で答える。恐る恐る料理を口に運ぶリシュリオル。


「美味いな! この魚!」魚を一口食べた途端、リシュリオルは勢いよく残りの魚を食べ始めた。


「いいですねー、人は食事が出来て。精霊は食事が出来ないので味も分からない。まあ、飢えることはありませんが」残念そうに皆の食事風景を見ながらぼやくアリゼル。


「いいんだか、悪いんだか。でもこの味が分からないのは可愛そうだな。……うん、うまいな」ラフーリオンも魚に手を付け始めた。


「そういえば、お父様は今日は帰られないのですか?」ラフーリオンが魚を食べるリシュリオルを横目で見ながら質問する。


「ええ、会議が行われる場所までは車を使ってもそれなりに距離があるから、どこかで泊まっていくとさっき電話で連絡がありました。それに改修工事が本格的に始まったら、道が完全に封鎖されて、このホテルに辿り着くのは難しいですから」


「そうですか、ならあまり心配する必要も無さそうですね」

「はい。きっと会議が終わるのが、遅くなったんでしょう。会議の日はよくある事なんです」


「ごちそうさま」

 夕食を食べ終えたリシュリオルが席を立つと、すぐさま窓際に行き、街の外の様子を目を輝かせながら見つめ始めた。


「そんなに街の景色を見るのが好きなのか?」リシュリオルの子供っぽい仕草を見て、微笑するラフーリオン。


「 ああ、凄く好きだ。私がいた街はいつも雪の中だったからな。窓から見えるのは雪だけだ」視線を窓の外に向けたま、リシュリオルは答える。


「まあ、あんな街にいても全然楽しくなかったから、街の外に出られて清々したよ」リシュリオルはラフーリオン達の方へと振り向いて、少しだけ笑って言った。


「夕食の後は、勉強会をやるんだろ? さっさと始めよう。それで、さっさと終わらせてくれ」


「分かったよ、そろそろ食べ終わるから」ラフーリオンは食事の手を早めた。


 皆が夕食を食べ終わったあと、予定通りラフーリオンによる異界についての勉強会が食堂で始まった。


 ラフーリオンは数時間に渡り、異界の基礎について説明したが、勉強会の半分程はリシュリオルは眠っていて、話を聞いていなかった。


 隣に浮かんでいたアリゼルだけは興味深く話を聞いていた。そして、ラフーリオンが予定していた内容まで進む前に、リシュリオルは完全に眠りについてしまった。  

 ラフーリオンは泥のように眠るリシュリオルを寝室まで運んだあと、食堂に戻った。食堂ではアルフェルネが夕食の片付けをしていた。


「まだまだ先は長くなりそうです……」ラフーリオンは自分の教育計画が微塵もうまくいかなかったことに項垂れていた。


「リシュもまだまだ子供ですから、この時間でも眠いのでしょう。今日はいろいろあったのだから、ゆっくり休ませてあげませんか?」


 アルフェルネがホットミルクの入ったカップをテーブルの上に置く。

「いかがですか? 体が温まりますよ」

「ありがとうございます。俺もミルクを飲んだら、明日に備えてさっさと寝ます」


「私も明日は早いので、もうお休みしますね」アルフェルネが自室へ戻るために食堂から廊下へ続く扉を開けた。


「頑張って下さいね、先生。おやすみなさい」閉まりかけの扉から顔を覗かせて、くすくすと笑うアルフェルネ。


「よして下さい。先生なんて柄じゃないですよ。……おやすみなさい」思わず苦笑いしてしまうラフーリオン。静かに扉が閉められた。


 ラフーリオンは一人だけになった静かな食堂で、ホットミルクを飲みながら、物思いに耽る。


(俺はこんなことをしていていいのか? 心残りができるだけだ。異界の扉はどうしてあの子を鍵に選んだ? 俺はどうすれば……。いや、約束した筈だ。俺の決意は揺るがない)


 ラフーリオンは空になったカップをテーブルの上に置き、寝室に向かった。




 朝が来た。ラフーリオンはなかなか起きようとしないリシュリオルを食堂まで、無理矢理運ぶ。食堂に入ると、テーブルには数種類のパンやソーセージ、果実が並んでいた。


「おはようございます。リシュ、やっと起きたんですね。朝食の準備はできていますよ」アルフェルネが笑顔で挨拶する。


「おはよう……、アルフェルネ。……いい匂いだ」朝食の匂いを嗅いで、少しだけリシュリオルの目が覚める。


「焼きたてのパンです。温かいうちに召し上がって下さい」

「ありがとうございます。ではいただきます」


 ラフーリオンはパンを一つ手にとり、かじりつく。リシュリオルは既に食事に手を付けており、小さな口でパンを頬張っていた。


 朝食を食べ終わり、一息ついているとき、食堂のドアが開いた。


「ただいま、アルフェルネ。お客さんが来ているのかい?」眼鏡をかけた中年の男性がドアから現れた。


「おかえりなさい、父さん。ラフーリオンさんです。覚えていますか?」

「お久しぶりです。ベルフリスさん」立ち上がって、挨拶をするラフーリオン。


「ああ! 覚えてるよ。久しぶりだね、ラフくん」ベルフリスはラフーリオンに近付き、手を差し出した。それに応えて、ラフーリオンはベルフリスと握手を交わした。


 握り合った手を離したあと、ベルフリスの視線はリシュリオルの方へと向く。


「そちらの子は……?」ベルフリスは眼鏡をかけ直しながら、リシュリオルの顔を見る。


「彼女はリシュリオルと言います。精霊憑きです。黒い炎の精霊を知っていますか?」

「アリゼル・レガだね? もしかして彼女は……」


「はい、そのアリゼル・レガの宿主です」

「驚いたな。こんな女の子が、かの有名な精霊の今の宿主だなんて――」


「いえいえ、それほどでもないですよー。私は素晴らしく優秀な能力を持つ精霊ですが、彼女はてんで駄目な娘です」

 急に現れたアリゼルが自身を褒め上げながら、宿主を貶し始めた。


「うわっ!」ベルフリスはいつの間にか自分の横に浮かんでいたアリゼルに驚き、声を上げた。


「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが……。始めまして、私アリゼル・レガと申します。以後お見知り置きを」いつも通り、礼儀正しく自己紹介するアリゼル。


「は、始めまして。……私はベルフリスです。先程は失礼しました。あまりに急に現れたもので……」ベルフリスはアリゼルの畏まった態度に動揺しながら返答する。


「いえいえ、お気になさらず。ただ一度、無能な我が宿主共々、挨拶を済ませておきたかったので……。では、久しぶりの再会をした二人の間に水を差すのはよろしくないと思いますので、私はこれで」アリゼルはリシュリオルの影の中へと消えていった。


 ラフーリオンがリシュリオルの方へ視線を向けると、彼女は鬼の形相を浮かべていたので、すぐに目を反らした。


「ふう、びっくりしたよ」胸を撫で下ろすベルフリス。一息ついてラフーリオンへの質問を続ける。


「……それで、彼女とラフくんはどんな関係なんだい?」

「えーと、弟子のようなものです」


 言葉を選びながら答えるラフーリオン。ベルフリスの後ろでアルフェルネがくすくすと笑っている。


「弟子? 君が? こいつは驚いた。前に一度だけ弟子がいたのは知っているけど、あの時はもう弟子なんてとらないと言っていたから」


「あまり、嫌な記憶を思い出させないで下さい。頭痛がしてきた」

「ははは、そんなこと言わないであげなよ。きっと彼女も君には感謝してると思うよ」


「いや、あいつはそういう奴じゃありませんよ。この街に来たときだってあいつは……」


 リシュリオルは昔話に花を咲かせる二人をつまらなそうに見ながら、小声でぼやく。


「私はあいつの弟子になった覚えはないぞ」アルフェルネがそんなリシュリオルの様子を見て、彼女に近付き、耳元で囁くように話しかける。


「リシュ、少し二人だけにさせてあげて。その間、私達は外に出掛けましょう。いくつか買いたい物もあるから」


「わかった。一度、街の中を見て回りたかったんだ」さっきとは打って変わって、楽しそうにするリシュリオル。


「父さん、ラフーリオンさん。少しリシュと一緒に出掛けてきますね。」

「ああ、気を付けて」


 ベルフリスが手を上げながらリシュリオルとアルフェルネを見送る。ラフーリオンは目を丸くして、リシュリオルの顔を見る。


「大丈夫か、リシュ。頼むから変な騒ぎは起こさないでくれよ」本気で心配している様子のラフーリオン。


「問題ない。私の邪魔をする奴は跡形も無く燃やしてやる」自信満々で言うリシュリオル。


「……やっぱり不安だ」ラフーリオンの表情が曇る。

「大丈夫ですよ。私が付いていますから、いたずらしないように見張ってますよ。近所の子供の世話もよくやっていましたし」胸を張るアルフェルネ。


「いたずらどころじゃすまないんですよ、こいつの場合は。街が火の海になるかも……」青ざめた顔で話すラフーリオン。


「火の海になんてしないさ、こんな面白そうな街。もったいないだろ?」

「そうかそうか、街は燃やさないか。だが人だろうが物だろうが、燃やすのはやめろ。アリゼル、こいつの力を抑えることはできないのか?」


 ラフーリオンの呼びかけに応じて、リシュリオルの影からアリゼルが再び現れた。


「難しいですねー、精霊憑きとは精霊の力を共有しているだけなので、お互いに力を制限することなんてできませんから」


「だが、こいつが力を使うようなことがあったら止めるように努力してくれ、頼む。あとアリゼル、お前もあまり姿を見せない方がいい。お前の黒い炎を見たら、誰だって正体に気付く。面倒な奴らを惹きつけるかもしれない」


「了解です。ラフーリオンさんを困らせることなんてしませんよ」アリゼルは笑いながら、リシュリオルの影の中に消えた。


「心配だ……」

「大丈夫ですよ、リシュはそんなに悪い子じゃありません」

「そうだ、私は良い子だぞ。お前は大人しくここで爺臭い昔話の続きでもしてろ」


「……分かった。俺はベルフリスさんとここで待っているよ。アルフェルネさん、気を付けて下さい。……本当に気を付けて」


 ラフーリオンの心配を他所に楽しそうに鼻歌を歌っているリシュリオル。よく見ると、バーで出会った時から身に着けていたコートを小脇に挟んでいた。


「お前、そのコートを着るつもりなのか?」

「こんなに暑いのに着るわけ無いだろ。大事な物だから、常に持っていたいんだ」


「ずっと手に持ってたら、かさばるだろ? ちょっと貸してみろ」怪訝そうな表情でコートをラフーリオンに渡すリシュリオル。


「まあ、見てろ」ラフーリオンがコートを受け取った瞬間、コートは球状に小さくまとまった。

「異界渡りの力か」リシュリオルが驚きの表情を見せる。


「これで運びやすいだろ。あとお前の服、バーで貰ったんだろうが、ヨレヨレになっていてみっともない。そのままだと目立つから、俺が新調してやる」


 そう言うと、ラフーリオンはポケットから数個の球状に丸めた布を取り出し、はみ出た布の一片を勢いよく引っ張った。


 すると、布は瞬時に広がり、一枚の大きな生地になった。ラフーリオンは取り出した数枚の生地をリシュリオルの体に巻き付け始める。


「な、なんだよ」リシュリオルが巻き付く生地から逃げるように体を動かす。

「大人しくしてろ」

 ラフーリオンは既に生地から手を離していたが、どんどんとリシュリオルの体に纏わりつくように巻き付いていった。


 全ての生地が巻き付き終わった後、ラフーリオンは数本の針と糸を生地に縫い付けた。


 すると、巻き付いた生地達が先程よりも素早く複雑に動き始めた。生地の動きが収まると、リシュリオルの服は以前のヨレヨレの服から新品の服に交換されていた。


 足元にはリシュリオルが来ていた服の生地がバラバラになって落ちている。


「だいぶ生地が傷んでいるが、まあ雑巾くらいには使えるか」ラフーリオンはリシュリオルの足元に落ちた生地を回収して、球状にまとめた。


「ラフーリオン、見直したぞ。だけど……」リシュリオルが新しい服を見直す。黒のブラウスと、黒のスカート。


「すごく地味だな、真っ黒だ」リシュリオルの新調された服は上下とも黒色だった。

「目立たないほうがいいだろ」


(本当は売れ残りの生地が余っていただけだが)ラフーリオンは心の中で囁いた。


「逆に目立たないか?」

「それなりに良い生地なんだ。文句言うな」

「私は赤が好きだ。明るい赤色」

「次の機会があれば、考慮しておく」


「良かったわね、リシュ。似合ってるわ」アルフェルネがリシュリオルの頭を撫でる。


「そうか?」新しい服をアルフェルネに見せつけるように動き回るリシュリオル。

「これだけやってやったんだ。炎は使うなよ」

「分かった」


 ラフーリオンの言葉に、リシュリオルは先ほどとは打って変わって、素直な態度で返事をした。


「流石ですね、先生」アルフェルネが笑いながら、ラフーリオンの方を見て言う。ベルフリスも隣で笑い出しそうになっていた。


「や、やめてください。本当に」ラフーリオンは困惑の表情を見せた。


「それでは、いってきます」アルフェルネはリシュリオルの手を引っ張って、食堂の扉の向こうへと消えて行った。


「大丈夫だろうか?」未だに気が気でない様子のラフーリオン。

「大丈夫、どんな力を持っていたとしても彼女はまだ子供だよ。ラフくんが繕った服の効果が切れたら、お菓子でもあげていれば大人しくしているさ」


「そんなに簡単に済むのならいいんですが」ラフーリオンは大きな溜息をついた。


「そうそう、会議の帰りに寄った酒屋で、あまりここらでは見ない銘柄の麦酒を見つけたんだ。味見してみないか?」ベルフリスが鞄から瓶を取り出した。

「まだ朝ですけど……。でも、確かに見たことのないラベルだ」


「少しだけ呑まないか? 今日はどうせ改修工事の直後で客もいない。一杯や二杯なら問題ないさ」

「こんな時間から、流石にまずいのでは?」


「ラフくんが呑まなくても、僕は呑むぞ。つまらない区画会議で鬱憤が溜まっているからね」 


 ベルフリスはグラスを食器棚から取り出して、テーブルに置いた。そして、瓶の栓を抜き、グラスにゆっくりと流し込む。


 鼻孔をくすぐる花のような香りが部屋に満ち始めた。グラスにきめ細かな泡を作りながら、黄金色の麦酒が注がれていく。


 ラフーリオンは思わず喉を鳴らした。


「さてと、一口目をいただきますか」ベルフリスがグラスをゆっくり傾けながら、口の中に麦酒を流し込む。


「うまい! 久しぶりにこんなうまい麦酒を飲んだ気がするよ」笑顔で二口目を飲み始める。


「……俺にも一杯いただけませんか?」ラフーリオンは結局我慢ができず、麦酒を飲むことにした。


「いいとも。心配事なんて今は忘れて、楽しく飲もうじゃないか」

 ベルフリスが食器棚からグラスをもう一つ取り出し、麦酒を注いだあと、ラフーリオンに渡した。


「久しぶりの再会に乾杯」ベルフリスがグラスを差し出す。

「乾杯」二人はお互いのグラスを当て合った。


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