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黒炎と白布の異界渡り  作者: みやこけい
第三章:炎と氷の闘技場
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試合直後、試合直前

 ゼールベルはノランニーエを抱えて、通路を走っていた。ラトーディシャが待機室の扉の近くに立っているのが見えたので、大声で彼の名前を呼ぶ。


「ラトー! 頼む!」

「分かってるよ。もう解毒剤は調合してある」

「流石! 解毒剤は何処にある?」

「治療室に行け。そしたら、僕が処方してやる」

 ラトーディシャが治療室の方を指差した。


 ラトーディシャの指示に従い、ゼールベルは治療室に向かって必死に走った。ラトーディシャもあとからついていく。治療室に入ると、ゼールベルは近場の空いているベッドにノランニーエを下ろした。


「早く、早く! 解毒剤を!」ゼールベルが解毒剤を欲しがって喚きまくる。さながら麻薬中毒患者のように。


 治療室にいたリシュリオルとジンクリィズは変人を見るような冷たい視線をゼールベルに送っていた。


「はいはい。先に説明しておくけど、この解毒剤には副作用があって――」

「いいから、早く打て! 命がかかってんだよ!」ゼールベルは解毒剤の説明をするラトーディシャを怒鳴り散らす。


「はいはい」空返事をしながら、ラトーディシャはゼールベルの腕に注射器を突き刺した。薄黄色の液体が注入されていく。

「よし、次はノランにも打ってやってくれ」ゼールベルがベッドに下ろしたノランニーエの方を指差す。


「分かりましたよ」ラトーディシャは面倒臭そうにノランニーエの腕にも解毒剤を打ち込む。ノランニーエは静かに寝息を立てていた。


「ふぅ、これで助かったぜ」ゼールベルが安堵のため息を吐く。先程の試合や人を抱えての全力疾走が、かなりの運動量だったため、全身が汗で濡れていた。


 解毒剤のおかげか、ゼールベルの両腕から見る見るうちに、腫れが引いていく。解毒剤の凄まじい効力に驚く。


 元通りになった両腕をまじまじと見つめる。これで完治だ。……見た目は、見た目だけは。……何か分からないが、異様な臭気が漂っている。は、吐きそうだ……。


「ラトー、俺の両腕が臭い!」吐き気を催すような濃厚な腐敗臭がゼールベルの腕から発生していた。

「近付くな。それは副作用の一つだ。患部から異臭が発生する」ラトーディシャが鼻をつまんで、こっちに来るなと手のひらを振る。


「ゼル、臭いぞ。何処か遠くに行け」ゼールベルから多少距離のある場所にいるリシュリオルも手のひらで鼻を隠している。


 ジンクリィズはまた気絶していた。


「そんなに臭うのですか?」アリゼルがリシュリオルの影から、治療室の惨状を見ていた。

「ああ、とてもこの世のものとは思えない」リシュリオルの表情は絶望していた。


「この毒は、とある毒キノコの菌糸から作られるんだ。菌糸というのはキノコになる前の状態と思ってくれ。キノコが大人とすると、菌糸は子供みたいなものかな。それで、このキノコは非常に面白い性質を持っていて、菌糸のときしか毒素を作らない。君に打ち込んだ解毒剤には、菌糸を猛烈に活性化させてキノコへと成長させる効果がある。そうやって毒を無くすのさ」鼻をつまみながら、解説するラトーディシャ。


「悠長に説明するな! なんとかならないのか?」ゼールベルがラトーディシャにすがりついて懇願する。

「ならない! 耐えるしかない。……それともう一つ、この解毒剤の副作用には第二段階がある」


「な、なんなんだ? それは」戦っていた時よりも息を上げているゼールベル。

「さっき説明したとおり、菌糸はキノコになるんだ」


「まさか……」すかさず、臭い両腕を確かめるゼールベル。


 ラトーディシャが言うように、両腕の腫れ上がっていた部分から小さなキノコが何本も生えていた。これで、完治したはずの見た目も、駄目になってしまった。


「キノコは無理に取り除こうとすると、腕が傷つくよ。でも、半日もすれば副作用も収まって、キノコは消えるさ」

「……半日?」ゼールベルが虚ろな目でラトーディシャの顔を見る。


「じゃあ、お前との試合もこのキノコの腕で出ないといけないのか?」

「そういうことになる」ラトーディシャは明らかに笑いを堪えていた。


「笑い事じゃない! こんな腕じゃあ、戦えないだろ!」ゼールベルの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「どうせ、勝てないよ。僕には」ラトーディシャはもう笑いを堪えるのを止めていた。


 ゼールベルはラトーディシャのその一言で、溜まっていた怒りを爆発させた。誰のおかげで雪原から出られたと思ってやがる。いつもいつも澄ました態度を取りやがって、次の試合ではその冷めた顔を泣きっ面に変えてやる。そう心の中で叫んだ。


 ラトーディシャを怒らせると、半殺しにされかねないので、口には出さないようにした。竜族に流れる血は恐ろしい物なのだ。


 あと、どちらかというと、自分のほうがラトーディシャに迷惑を掛けている自覚もあったし、彼の異界渡りの力が無いと本の印刷代がかさんでしまうので、仲違いは良くないなぁとゼールベルは思っていた。

 

「ここも臭うし、次の試合もあるから、私は待機室に行くよ」リシュリオルが立ち上がって、他のメンバーに挨拶した後、治療室を去っていった。


 リシュリオルが治療室から出ていった直後、ラフーリオンが目を覚ました。

「おはよう、みんな」寝ぼけ眼で治療室にいたメンバーの顔を見るラフーリオン。


「おはよう、よく眠れたかい?」ラトーディシャが聞いた。

「ああ。それより臭わないか? この部屋」ラフーリオンが鼻をつまんで、治療室を見回す。


「ゼールベルが戦った相手がとある毒を使ってね。解毒剤の副作用で異臭を放っているのさ」ゼールベルを指差すラトーディシャ。

「ふーん。ゼルには似合うよな。そういうの」ラフーリオンは何気なく酷いことを言う。


 ゼールベルはキノコの腕がラフーリオンに見られないように、治療室の隅っこにうずくまっていた。絶対に馬鹿にされると思ったからだ。


「リシュは?」

「彼女は、次の試合があるから、もう待機室に行ったよ」


 ラフーリオンはもう一度、治療室を見回したあと、ラトーディシャに近付くように手で指図した。そして、彼の耳元で囁く。


「『あのこと』は誰にもバレてないか?」

「大丈夫。……嘘をつき続けるのって、結構大変なんだよ。あとで何かおごってよね」

「……分かったよ」ラフーリオンはため息を吐いた。

 

 秘密の計画の首尾を確認した後、ラフーリオンはベッドから抜け出した。


「さあ、リシュの活躍でも見に行くか」ラフーリオンは伸びをしながら、治療室の扉に向かって、歩き出す。

「そうだね、この部屋は臭うしね」ラトーディシャも彼に続いて、治療室を出ていった。


 治療室には、ろくでなし男、腹黒女、そして、異臭を放つキノコ男が取り残された。


 


 待機室には相変わらず、眠そうな兵士が一人いるだけだった。既にリシュリオルは次の試合に向かっているようだった。ラフーリオン達は適当な椅子をディスプレイの前に置いて、座った。


「リシュの相手。多分だけど、相当に強いよ」

「アリゼルの力があるから、負けないだろ」

「リシュは使うかな?」

「あー、使わないかもな」


 リシュリオルはこの闘技大会では、精霊の力は使わないと、言っていた。己の身体のみで戦い、自分の成長を確かめるためだろう


 彼女はとてつもなく強情なので、自分の言ったことは守るはず。負けそうになっても、炎は使わないだろう。よほど特別なことが無い限りは。


 ディスプレイを見続けていると、リシュリオルの対戦相手が現れた。


 短く刈った黒髪、武術服を身に纏っている。武器の類は持っていないようだ。彼は己の肉体のみでここまで勝ち抜いてきたのだろう。


 リシュリオルが闘技場の中心に向かって、歩く姿がディスプレイに映る。二人の闘技者が揃ったのを確認した後、審判が両手を上げて、試合開始の宣言をする。


 リシュリオルにとって、この闘技大会における『初試合』が始まる。




 大闘技場の中心。二人の闘技者が向かい合う。


「これより、リシュリオル対バロウディウの試合を開始する」審判の試合開始宣言。


 突然、バロウディウが口を開く。

「私は正直なところ、君のような子供と戦うのは気が引ける」


「私は子供じゃない」リシュリオルは眉をひそめて、バロウディウの顔を睨みつける。


 しかし、バロウディウの表情は何処か弱気で、彼女と戦うことを躊躇しているように見える。バロウディウの優柔不断な態度に苛つき、リシュリオルは大きく息を吸い始める。


「「来い!」」


 リシュリオルの叫び声が闘技場の空気を震わせる。審判や観客達は彼女の大声に唖然としている。バロウディウはリシュリオルの放った大声を間近に喰らい、目を見開いていた。闘技場内に反響する声が収まると、彼の口元が緩んだ。


「確かに失礼だったな。君とて闘技者なのだから。望み通り、本気で行かせてもらおうか」バロウディウの優しげだった顔つきが戦う者のそれに変わる。瞳の奥に闘志の炎が宿る。


「やっとやる気になったか」リシュリオルが構えを取る。


 審判が二人の闘技者を順に一瞥する。

「両者、……準備はいいか」


「はい」バロウディウの眼光がリシュリオルを突き刺す。

「ああ」リシュリオルも負けじと、バロウディウの顔を睨み返す。

 

「では、……用意……始め!」審判の『言葉』によって、戦いの火蓋が切られた。


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