落ちた世界でメイドになりました3〜主視点〜
お久しぶりです。
糖度高め?となっております。
大国の王と正妻の間に産まれた第2王子。
本来、人々から祝福され輝かしい未来を歩むはずだった幼子は生まれついたその容貌ゆえ真逆の人生を歩むこととなった。
ギョロリと大きな瞳に顔の中央でデンと主張する鼻。まるで頬まで裂けているのではないかと錯覚する程唇の厚い大きな口。
取り上げた産婆があまりの醜さに卒倒しかけたという逸話を持つその赤子は、だが、まごう事なく王家の色彩を持って産まれてきた。
そのおかげで王妃は不貞を疑われる事はなく、また、醜い赤子は、王家の一員として辛うじて受け入れられたのだ。
でなければ、真実はともあれ反王妃派の格好の攻撃材料とされ幼子の命は刈り取られていただろう。
王家の命を持ってしてもその腕に抱こうとする乳母が見つからなかったため、王妃はその子を自ら乳を与え育てた。
一心に乳を吸う我が子の将来の困難を思えば憐れみこそすれ、見つめるその瞳に一欠片の嫌悪も無い彼女の姿に、聖女の姿を重ねるものもいたそうだ。
王である父も、色彩以外は自分に似ても似つかぬ赤子に最初こそ戸惑いを見せたものの、王妃の分け隔てなく愛しむ姿にいつしかその子の存在をうけいれていた。
そして、子は親の姿を見て育つものであり、醜い弟を兄である第一王子は自然と受け入れ、大切な弟として可愛がるようになる。
こうして、周囲には二目と見られぬ醜い王子と虐げられつつも家族の愛に包まれて赤子はすくすくと成長したのである。
持ち前の魔力の多さと要領の良さ、何よりも本人の努力によって容姿以外は完璧と言われるほどのスペックを手に入れた彼は、だがやはりその容姿ゆえに孤独だった。
家族と幼い時から側にいてくれる僅かばかりの使用人。
それだけを心の支えに彼は日々を過ごしてきた。
長じるにつれ諦めという感情に飲み込まれていったかすかな望み。
真っ直ぐに自分を見つめてほしい。
受け入れてほしい。
言葉にされた事も無い、すでに本人すら忘れかけていた想いは、やがて報われる日がくるのである。
徹夜続きで疲れた目を押さえ、座っていた椅子の背に体を預けた。
保管の関係で持ち出し禁止の古文書を睨み続けてどれくらい時間が経ったのか。
窓の無い部屋のためいまいちハッキリしないが、この体の疲労感からして結構な時が経過したのだろう。
ムダに魔力が多い身体は多少食事や睡眠をおろそかにした所でビクともしない。
それを良いことに一度この部屋に入ると中々出てこないのは周知の事実で、更にそれを止めに来るのは家族くらいの物だ。
同僚と呼べる人間も直属の部下も居ない。
向けられる嫌悪と恐怖の視線が煩わしくて最初から独りでいる事を選んだのは私自身だ。
それで良いと思っているし、普段は何とも感じない。
だが、窓の無いこの部屋でただ独り、伸し掛る疲労に手を止めた瞬間、ふと虚しさが襲うのだ。
他者とつなぐ事のできぬこの命に、何の意味があるのかと。
ボンヤリと宙を眺める事しばし。
ザワリと空気が揺らぐのを感じた。
肌が泡立つようなこの感覚は、この国の聖域である鎮守の森の結界に何者かが入り込んだ事を示していた。
鎮守の森に住む精霊たちの警告だ。
彼らは気まぐれで自由であり、騒がしい人を嫌う 。
元々この王国を立ち上げた初代王が、精霊の力をかりて王国の礎を築いた始まりの場所として伝えられている。
代々の王の墓があり、貴重な魔石が埋蔵されているとの噂があるため、時々、入り込む人がいるのだ。
「モノ好きな……」
どうするべきかしばし迷う。
何しろ体は疲労困憊だ。
できる事なら気づかぬふりをして家に帰り久方ぶりの温かい食事と柔らかな寝床を堪能したい。
放っておいても入り込んだのが獣にしろ人間にしろ、森に棲む魔物達が、きっちりケリをつけてくれる事だろう。
わざわざ私が確認せずとも大した問題は無いだろう。
森の中にある古代遺跡に入り込まれたら厄介だが、その周辺には、私自ら迷いの陣を2重3重にかけているから、万に1つも破られる事は無いはずだ。
胸の中で幾つもの言い訳を積み重ねてみるが、何だかザワザワとした感覚は落ち着かない。
(さっさと確認して終わらせよう)
あきらめのため息とともに私は顔を覆う白い画面をつけると、転移の魔方陣を展開させた。
淡い光がフワリと私を包み、瞬きの間に森の中に設置していたゲートへと移動した。
探知の魔法で周辺を探れば古代遺跡より少し西に人の気配があった。
さしたる距離でも無い上にその気配が動く様子も無いので歩いて行く事にする。
ここ数日の運動不足に丁度いいだろう。
苔むした巨大樹の畝る木の根を踏み越えながら目的地へとサクサクと足を進めていく。
魔物避けが効いているからか他に生き物の気配の無い森は少し寂しかった。
そうして、大樹の根元にうずくまる小さな影を見つけた。
膝を抱え俯いているため、顔は見えない。
珍しい黒く長い髪が、サラリと流れてその身体を隠していた。
それは、小さな少女だった。
鎮守の森の精霊たちがふわりふわりとその周りを漂い遊んでいる姿が見えた。
人嫌いの精霊らしくなく、そこから伝わるのは純粋な好奇心と気遣うような心だった。
「何者だ?」
すぐ側に立っても微動だにしない少女を見下ろして声をかける。
しばらく待っても動かない様子に、生きているのか不安にかられた時、少女がノロノロとその顔を上げた。
まっすぐに見上げる瞳は、闇夜を写したかのような純粋な黒。
逸らされることのないまっすぐな視線に、胸のどこかがギュッと掴まれたような気がした。
「………君は」
「わぁ……仮面の人、とか……。やるならひとおもいによろしく」
何を言おうとしたのか考える間も無く口を開いた私の言葉を遮るように、ボソボソとつぶやくと、少女はパタリと横に倒れた。
「おい!チョット!大丈夫か?!」
思わずだき起こせば、まるで真綿のように軽く華奢な感触に思わず手を離しそうになる。
と、いうか一瞬離して慌てて再び抱きとめた。
少しでも力を込めれば壊れてしまいそうな華奢な身体。
今は閉じられている瞳にもう一度見てもらいたいと思う、この込み上げてくる気持ちはなんだろう。
「………とりあえず、戻るか」
モヤモヤするのは、きっと疲れているからだろう。
連日篭っていたことで、身体が疲れてるから、頭が働かないんだ。
ほんのりと伝わってくる温もりを落とさないように抱きしめ直すと、ゆっくりと立ち上がる。
少女の持ち物らしき物があったので、風ですくい上げ、そのまま亜空間の中に収納した。
そうして、再び転移の魔法陣を展開し、自宅に戻る。
移動する瞬間、楽しそうにざわめき踊る精霊たちが視界の端をかすめた。
丸一日、こんこんと眠り続けた少女に話を聞き出してすぐ、その場に激震が走った。
拾ってきた少女は、異世界からの客人だった。
通りで、精霊たちが好意的だったわけだ。
過去に現れた異世界からの客人に対し、人嫌いの精霊たちが好意的なのは過去の文献からもわかる客観的な事実だ。
この世界では精霊は万物に宿ると考えられており、精霊に愛される土地は豊かになると信じられている。
故に、滅多に現れないが、精霊が見えたり意思の疎通のできる人間は重用され、「精霊の愛子」ともてはやされる風習があった。
我が王家の血筋には「精霊の愛子」が現れる事が多く、一国を立ててしまえるほど精霊に愛された初代王の恩恵とも言われている。
そんな中、精霊の好意を例外なく得ている異世界からの客人は、各国から「賓客」として丁寧に扱われるのが通常だ。
なにしろ、そこに居るだけで幸運を呼んでくれるのだから。
ただし、問題が1つ。
異世界からの客人はどうやってこの世界にやってくるのか、未だ解明はされていない。
精霊が呼ぶとも神々の気まぐれとも言われており、当然本の世界へ戻す術など分からない。
完全なる一方通行なのだ。
その事を告げれば、少女は俯き黙り込んでしまった。
じっと動かない少女にどうしたのかと首をかしげていれば、ポトリポトリとシーツの上に雫が落ちる。
少女は、声を出さずに泣いていたのだ。
女性というものはかしましく、すぐに大きな声でヒステリーを起こすものだと思っていた。
だから、きっとこの少女も、泣き叫び暴れ出すんだろうと、こっそり身構えていたのに。
ものを投げ出したら結界を張ろうと用意すらしていたのに、この行動は予想外だ。
どうしていいか分からず、後ろに控えていた執事とメイド長に目線で助けを求めたのは、しょうがないと思う。
人と触れ合う事の少ない私に、こんな場面をうまく切り抜ける術など知らないのだ。
メイド長がジェスチャーで「抱きしめろ」としているが、まさか、私にやれと言っているのか?
なんで、隣で執事まで重々しく頷いているんだ?!
確かに、物語などでよく見かける行動だが、あんなのは兄上のような方がやるからこそ様になるのであって、私がやったらむしろ悲鳴が上がるだろう?!
あ、ショックで気絶したら泣き止むか。
って、コッチもダメージ受けて泣きたくなるわ!!
必死で首を横に振るが、無情にも2人からは「やれ」の指示しか返ってこない。
この人たち、私に使えてる使用人だよな?
なんでこんなに強気なんだ?
生まれた時から面倒見てもらって、確かに普段から遠慮なく他家に比べたら距離が近しいとは思うけど、あんまりにも不敬じゃないか?
本気で困ってるんだから、助けてくれてもいいのに。
「やれ」「ムリ」
そんな無言のやりとりの間も、シーツの上のシミは増えていく。
小さく体を震わせて俯く姿は、憐憫を誘った。
(仮面つけてるし素顔見せた事ないし……異世界からきたなら私の評判も知らない……よな)
自分自身に言い聞かせながら、そろりと手を伸ばす。
抱きしめるのは無理だけど、これくらいなら……。
すぐ目の前にある小さな頭に手を乗せると、幼い頃に母や兄がしてくれた事を思い出しながらそっと撫でた。
サラサラの髪が指の間をすり抜けていって気持ちいい。
出来るだけ優しく、少女の慰めに少しでもなればいいと願いながら手を動かす。
見知らぬ世界に突然放り出された心細さは想像もつかない。
「貴女の身元は私が保障しよう。不安や不自由があれば些細な事でも頼ってほしい。こんな事では貴女の失くしたものの代わりになどならないだろうが……」
精一杯の言葉を探す。
初めて、自分のコミュニケーション能力の低さを嘆きたくなった。
兄上なら、もっと上手に少女を慰めることができるだろうに。
泣き疲れて再び眠り込んでしまった少女の体温が、私にほろ苦い思いを抱かせた。
目覚めた少女は「さなえ」と名乗った。
聞き取りは出来るのに、いざ口にしようとすればうまく発音ができずに、どうしても「シャナーエ」になってしまう。
四苦八苦する周囲に、早々に諦めた少女が「シャナでいいです」と妥協してくれた。
が、寂しそうな目に、絶対に呼べるようになってやろうと心に決めた。
たくさんのものを無くしてしまったであろう少女に、大切な名前まで奪ってしまいたくなかった。
そうして、きちんと呼べるようになった頃には、名前を呼ぶ意味が違ってしまっていた、のだが、まぁ、今はそれは置いておいて。
1週間もしないうちに気持ちを切り替えて元気を取り戻したシャナは、「働かざるもの食うべからず!」という謎の格言の元、我が家でメイドの真似事を始めた。
幸い、魔法の適正もあったからと、小さな体でチョコチョコと屋敷を走り回り、掃除をしたり食事のセッティングをしたりと忙しい。
見えてる私からすれば、実はシャナが使っているのは魔法ではなく、精霊たちが手伝っているだけなのだが、まぁ、わざわざ指摘する事でもないだろう。
チョコチョコ動く姿は可愛らしく、屋敷の者の癒しとなっているようだが、それは私に取っても例外ではなかった。
家に帰るのが面倒で研究室に籠もりがちだったが、マメに帰るようになり、出来る仕事は屋敷でするようになった。
そうして家にいることに慣れてくれば、存外居心地は悪くない。
付かず離れずで見守ってくる家人に、仮面越しとはいえ真っ直ぐに自分を見つめる視線。
慣れていない為に抽出時間を間違えて渋くなった紅茶ですら、悪くないと思える。
もちろんそこには味見と称して同じテーブルにつかされた挙句、あまりの酷さに肩を落とす小さな姿があるのが、前提だけれど。
「まぁ、まだ習い始めたばかりなんだし、そんなに落ち込まなくても。ミルクを入れれば丁度いいし」
「あぁ〜、主様にフォローまでさせるなんて、本当にメイド失格です」
慰めてみれば、なぜかますます落ち込んで肩を落とす様子も可愛くて、思わず笑いがこぼれた。
「笑うなんて酷いです。本気で反省してるのに」
「分かった分かった。次は美味しく淹れてもらえるのを期待しとくよ」
向かいにある小さな頭を撫でていたのは無意識だった。サラサラの髪が気持ちいい。
「オォ、これが伝説のナデポか。これだから無意識イケメンは……」
なぜか固まったシャナが、何かブツブツ呟いてたけど、手触りのいい髪を撫でるのに夢中になっていた私は気づかなかった。
あ〜〜、癒される。
そうして、穏やかな時間を過ごすうちに、私は油断していたんだ。
自室のカウチで本を読んでいるうちに、眠気に襲われてうとうとしていた。
夢うつつに入室を求めるノックが聴こえて、無意識に返事をして、近づいてくる小さな足音に「あぁ、シャナか……」と思った瞬間。
ガチャンっと、不自然に食器が鳴る音がして、ガバッと身を起こした。
そうして、飛び込んできたのは、何かに驚いたように大きく目を見開くシャナの姿。
そうして、その大きな瞳に映り込む、「私」の姿。
「………あ……るじ、さま?」
震えるか細い声は、深い戸惑いが滲んでいて………泣きたくなった。
今日は、とても天気が良くて。
風が気持ちよくて。
なんだか気分もスッキリしてて……。
私は自室という油断もあって、仮面を外していたのだ。
私の心が、絶望に塗りつぶされていく。
せっかく、穏やかな関係を築いていたのに。
見られてしまった。この、醜い姿を。
アァ、でも、土台が嘘の上に築かれた関係など、なんの意味もないと、知っていたではないか。
過去の経験が脳裏をよぎる。
恐怖と嫌悪に彩られた顔が。
きっと、直ぐにシャナの顔も歪むのだろう。
嫌悪に?それとも欺かれていた怒りに……?
……それならいっそ「化け物」と恐怖に震えられるのが1番マシ、かな……。
(そうだ、いっそ、全て自分から壊してしまおう)
フラリと立ち上がり、固まるシャナに手を伸ばす。
その真っ直ぐな視線が、逸らされてしまう前に……。
「……シャナ、どうしたんだい?そんなに固まって……。私の姿は……そんなに恐ろしい?」
引き寄せた体を抱き込んで、そっと顎の下に指をそえ顔を仰向け、至近距離から覗き込む。
自分の顔がうっそりと歪むのがわかる。
きっと、今、私は酷い表情をしているんだろう。
悲鳴をあげるかな?それとも、気絶するかな?
だけど、シャナは。
私の想像のどれとも違う反応をしてみせたのだ。
まろやかな頬があっという間に朱に染まる。
瞳が潤み、眩しそうに細められた。
そこには、見慣れた嫌悪も恐怖もなく……私が向けられたことのないその表情を私はよく知っていた。
それは、誰もが羨む美しい私の兄に向けられる表情にそっくりで……。
「………シャナ?」
自分が向けられるにはあまりにも不自然なその表情に、おもわず首を傾げれば、突然、シャナが動き出した。
「近い!近いです!無理無理無理!目が潰れる!神々しすぎて目がつぶれますから!!仮面!仮面はどこですか!?」
頬どころか顔全体を真っ赤に染めて叫びながら両手を振り回し、私から逃げようと暴れ出す。
咄嗟に逃すまいと囲う腕に力を込めれば、さらなる悲鳴が上がった。
「いやぁ!チョッ!ほんとに放して!ヤバイ!鼻血出そう!不味いですって!なんで仮面かぶってるかと思ってたら!美形も行き過ぎると有害とか初めて知ったわ!」
あまりに早口で叫ぶ声に所々意味が聞き取れなかったけれど、そこに、私が恐れていたような感情がないのだけは、ハッキリと伝わってきた。
「シャナは私が気持ち悪くないの?」
「はぁ〜〜?!何言ってらっしゃってございますか?!いえ、ある意味刺激が強すぎてチョット血圧上がりすぎでクラクラはしますけど!?気持ち悪い?って私?むしろ私の反応が変質者ちっく?!あ、マジで鼻血出そうなんでなんか抑える物ください」
恐る恐る問いただせば、怒涛の勢いで返事が返ってきた。
その頃には騒ぎに気づいた執事長やメイドが駆けつけていたんだけど、みんな、シャナの反応に呆気にとられている。
だって、シャナの主張は、どう考えても私に向けられてる言葉とは思えないものばかりで……。
「あ、やっぱもうダメかも」
「え?わぁ!シャナ?!」
呆然としてた私(達)は、私の腕の中でシャナがくたりと崩れ落ちたことで、ようやく我に返った。
覗き込んだシャナの顔は真っ赤で(というか見えている肌全てが紅く染まっていた)、だけど、なぜか顔は幸せそうな笑顔のまま気を失っているという、不思議な状態になっていた。
「………これは、どうなってるんだ?」
「…………さて?とりあえず、どこかに横にしましょう」
助けを求めるように、同じように我に返って駆けつけてきた執事長を仰ぎ見れば、困惑したように返された。
そうして、目を覚ましたシャナにアンナが聞き取りしたところ、シャナの来た世界の美意識が著しくズレていることが判明する。
なんと、シャナのいた世界では、私のような顔が絶世の美形と認識されている、というのだ。
にわかには信じられない話だったが、試しに仮面を外せば、不審なほどに目線を泳がせながらも紅く頬を染める様子に、嘘をついているようにはとても見えなかった。
只でさえ好ましいと思っていた相手が、素顔を晒しても目を逸らさず(別の意味で大変そうだったけれど)、真っ直ぐに自分と向き合ってくれる。
その喜びを、なんと表現すればいいのか。
私は、その日、心の底から神に感謝の祈りを捧げた。
私の元に、シャナを遣わせてくださった幸運を。
「早苗、こっちを向いて?」
背後から抱きしめ、紅く染まった耳に囁けば、激しく首が横に振られた。
「そんなに私の顔を見るのはいや?」
少し哀しげにつぶやいてみれば、ガバッと顔が挙げられた。
が、振り仰いだ先、触れ合いそうなほど近くに私の顔があることに気づけば、「ひゃぁ!」と可愛らしい悲鳴とともに、また俯いてしまった。
「分かってるくせに悪趣味ですよ!!」
「だって、やっぱり信じられないから何度でも確認したくなるんだよ」
叫ぶような抗議の声に、くすくす笑いながら返せば、ジタバタと腕の中で暴れ始める。
そんな風に抵抗したって、早苗の華奢な体じゃ、私から逃げられるわけもないのに。
まるで子猫が戯れているかのような可愛らしい抵抗に、むしろいたずら心が刺激されてしょうがない。
だけど、恥ずかしがり屋の早苗はあんまりやり過ぎると本気で怒ってしまうから、引き際が肝心。
「ゴメンね。もうしないから許して?」
そうして、本当に私の顔に弱い早苗は、しょんぼりした顔を見せれば、直ぐに折れてしまう。
ちょろ過ぎるよ?早苗。
そのうち、悪い人に攫われてしまいそうで心配でしょうがない。
「シャナの好きなお菓子をもらったんだ。美味しいお茶、淹れてくれる?」
お菓子をエサにティータイムに誘えば、いそいそとついてくる姿に、本気で心配になってくる。
「飴をくれるって言われてもついて行っちゃダメだよ?」
「子供どころか幼児扱い?!」
心外だと叫ぶけど、お菓子につられてる姿を各所で見るんだけどね?
「この間、兄から「東方の珍しいお菓子」もらって来てホクホクしてたよね?」
チラリと視線を流せば目が逸らされた。
「……知らない人では無いですし。主さまの好物とお聞きしましたし……」
「うん。まぁ、美味しかったよね」
「…………身内からだけですよ?」
「是非、そうしておいて」
サラリと髪を撫でれば、「信用ない」と肩を落としてる。
そんな姿も、可愛いな。
時が過ぎ、シャナは上手にお茶を入れれるようになった。
この国のことを学び、常識を知り、そうして、私の側にいる。
真っ直ぐに見つめて、笑って怒って泣いてくれる君が、早く私だけのものになってくれればいい。
だけど、今は。
恥ずかしがり屋の君が、頬を赤く染めながら、丁寧に淹れてくれたお茶を飲んで、私は幸せに微笑んだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
「ほれてまうやろ〜〜!!」な、主様(笑)が少しでも伝われば幸いです。
病みそうですが、そうならなかったのはちゃんと家族が愛してくれていたから。
だけど、自分の全部を好意的に受け入れてくれる「誰か」って、やっぱり貴重ですよね。
だけど、好意がラブになったのはちゃんと早苗ちゃんだったから。な、ところがもう少しちゃんと表現できれば良かったのですが。
作者の力不足と笑ってください……(汗