2話:偽りの宝
最初の方は連投でアップします。
午前中の授業を終え昼に入ると別のクラスからあの男がやってきた、しかも相手を連れてきてだ。
「やぁアンナ……」
元婚約者のジム・ヘイズだ。
気まずそうな顔でこちらを見る。とてもとても申し訳なさそうにするその姿はより私を苛立たせた。そんな顔するなら早く私に自白してほしかったものだ。
「どうしましたの?せっかくのイケメンが台無しよ」
「アンナ、君に一つ伝えたくて……」
イライラを抑えて平常心を装う。どうせ謝りたいなんて話だろうけど別に謝ってもらわなくてもいい……正直もうどうでもいいのだから。
「僕は……」
金髪の美男子が頭を下げようとしたその瞬間だった……
「私が悪いんです!」
茶髪のカールがかかった長い髪、おしとやかな美女で有名なメリダ・シャンデリラだ。
騎士科のジムとは普段の授業では一緒にならない。ただ同じ魔法科でも騎士科と教室が近いクラスのメリダは、幼馴染ということで二人が話しているところをしばしば見かけていた。ジムを信じて特に気にしなかったことが災いしたとでも言うのだろうか……
「君は悪くない……僕が……」
二人してそんなことしないでほしいものだ。表情を作って平静を保つのもけっこう苦労するのだから。
「私の前で仲がいいのを見せつけたいのはわかりましたけど喧嘩を売っているのかしら?」
「い、いえそんなつもりは……すみません……」
気弱そうなこの感じが守ってあげたくなるようだ。正直私には何がいいのかわからない。
「本当に申し訳ありませんでした……私が全て悪いんです……」
頭を深々と下げる。確かに少しお腹がふっくらしたような感じ……果たしてどれぐらいなのか見定めるとしよう。
それによって行為に及んだ日がある程度特定できる。
「そうね……それよりもあなたのお腹見せて頂戴、どれぐらい育ったのか見てみたいですわ」
「はい」
まだ多少の膨らみしかないメリダのお腹だが実際に触れてみる。
これで中で死んでいたりしたら可哀そうだし、触れると同時に腕に魔力を込め密かに超音波を当てる。
これはそれなりに難易度の高い魔法技術であるが、前世と比べて魔法技術が衰退したこの世界でこんな風に応用ができるものは少ない。
「どれどれ……」
だが触れた時に違和感を感じた。転生後にこの技術を使って過去に妊婦のお腹を触らしてもらったことがあるからだ。
中に赤ん坊がいれば手に違和感が残るはずだが全くない……これよりも小さなお腹で試したことがあるだけに明らかにおかしい。
「どうしました?」
「い、いや、すくすくと育っているなと思いましてよ」
お腹から手を放す、一体どういうこと?
確か前世でお腹は大きくなるけど子供は一向に生まれないといった症状を聞いたことがあるけど……まさかあれか!
想像妊娠……前世で私が卒業した魔法学校でそれを判別する魔法技術と、その原因と治療について研究をしていたのがいた。
その研究によれば原因は過度なストレスだったはず……
「あなたのこれからは全力でサポートするわ……それが私に出来るせめてもの償いだから……」
そんなものはいらないわ、反吐がでる。
というかあなたのそれの方がかえって心配よ。自分の心配をしなさい!
ただこの泥棒猫が執念で作り出した虚妄の宝は、私とジムを完全に引き裂き自身の鎖で繋いだのだ。そんな彼女に対して抱くのは悔しさよりもあっぱれだった。
「ええありがとう……ジムももっと堂々とするといいわ!彼女を幸せにしてあげなさい!」
「ありがとう……本当にすまなかった。二人を幸せにすることを誓うよ!」
残念ながら子は生まれない以前に存在すらしていない……せいぜい彼女の虚妄に振り回されるといいわ。私は決してそれを教えないけど、彼女をそうさせたのもあなたなのだから責任しっかり果たしなさい。
そして私は路線をかえて生きていくことに決めたのだ。
◇
午後は魔法の座学だ。大体頭に入っているのでやる必要はないが、見せつけてやらないと気が済まないのだ。
「先生、その魔法式はもっとより効率のいいものがありますわ」
「えっ……」
「基礎系の魔法は本来無詠唱で放つ物。こんな稚拙な魔法を詠唱して放つなど非効率もいいとこですわ」
「だがそんな高等技術は上級魔法使いでないと無理な芸当だ。少なくともこの過程で習得できるものじゃ……」
第三位階魔法に詠唱など前世のクラスメイトに笑われてしまうわ。そこまでにこの世の中の魔法技術は低い。
「こうやって……」
魔法式を頭の中で一瞬で作り上げ具現化する。
「エアーショット!」
窓の外に向かって魔法を放つと、みな目を点にしてそれを見ていた。
「出来ないのはレベルが低いだけですわね。魔法を学んでいる者としてこれぐらい当然ですわ」
ジムとの婚約が破棄になったしもう周りに気を遣う必要なない。自分よりも身分の高い家の令嬢で、魔法に優れていると自称する人たちを煽てるのもいい加減うんざりしていた。
あの程度の腕で学校でもトップの腕で、王国魔法師団でも期待されているなんてがっかりもいいとこだ。
私はこういう貴族のしがらみの中で生きることはもうしない。やるなら前世からの夢であるあれに……私の第二の人生はここから始まるのだから。
◇
「何ですって!」
「とにかくどいてくださらないかしら?」
私は今目の前で絡まれていた。絡んできたのは王家の血を引くマリオネス公爵家の令嬢で、来年王国魔法師団主席入隊になる予定のプリム・マリオネスだ。
最近私が前世の魔法知識をひけらかして授業を荒らすものだから気に入らないのだろう。あんまりにもうるさいから雑魚はおだまりなんて言ってしまった。するとプリムは顔を真っ赤にして怒り狂い、取り巻きを集めて私を囲い始めたのだ。
「烏合の衆を集めても変わりません事よ。怪我したくなければ離れなさい!」
私が前世で出た魔法学校は能力こそ全て! 魔法学校のくせして中等部から六年間最上位に居続けた奴らが近しい奴も鍛えたせいで、魔術も体術も一流でなければ上には昇りつめることが出来ない学校だっただけに、私は体術も学んだ。
最後の年は序列十位だった。ちなみに年代が違えば、主席になれたと校長に言われてからは入った年を呪ったほどだ。まぁ無理もない……序列一位に君臨した二人は世界を滅ぼすほどに強かったのだから。
「このっ……」
「エアロバースト!」
第五位階魔法だ。第十まであり人類では七が限界とされているというのが前世で習ったことだが果たしてそれがこの世界でも常識なのかは疑問だ。
「うわぁぁぁ!」
私を囲んだ烏合の衆は、吹き飛ばされそのまま尻もちをついた。唯一プリムだけは咄嗟にバリアを貼ったので尻もちはつかずに堪えた。
「あら、咄嗟にシールドなんてやりますわね~」
「あ、あんたは一体……」
そんなプリムを見てニヤッと微笑み腹にけりを入れる。
「ゴホッ……」
そのまま崩れ落ちたプリムを上から見下ろすように私は言った。
「雑魚がまだ何か用ですの!?」
わざと顔をにやりとさせ、見下しより相手を馬鹿にするような目を見せる。今までさんざん私にしてきたことを、こういう形でやり返されるのはさぞかし悔しいだろう。でもそれでも彼女は私に何も言えない。何故なら彼女は私と絶対的な力の差を知ってしまった。彼女はこの中ではマシなレベルだけに、絶対届かないであろうその差を今垣間見たはずだ。
「ば、化け物め……」
「あなたが弱すぎるだけですわ……それとその誉め言葉はおやめなさい!」
化け物……それは誉め言葉だ。だがそれを私ごときは呼ばれていいはずがない。
「本当の化け物に失礼よ……」
かつて私を殺したあの悪魔や、その隣にいた善人もどきと前世での校長……本当の化け物はああいうのを指すのだから。
◇
「アンナ!」
元婚約者のジムが私の元に来た。
「どうしましたの?そんなに慌てまして?」
息をハァハァ言わせている。走ってきたのだろう。
「最近どうしたんだい?人が変わったようになっちゃって……」
「変わる?私は前からああでしたわよ」
「違う!前はもっと周りに気を遣っておしとやかで……何より上の人にそんなことをするようなことは……」
それはあなたが私にくれた愛情に応えるためにやっていたこと。あなたが私を手放した以上それをする必要はない。
「それはあなたの良き妻になる為にやっていたこと……私自分より弱い同性に媚を売るのは嫌いですの……」
「そんなことは前には……嫌味言われても別になんともないって……」
「それはあなたがいたからですわ。あなたが放したことで私はあなたの妻になる努力を辞めた……ただそれだけですわ」
考えてみればジムの為に回りに気を遣って、作っていた自分というのはとても窮屈だった。だがそれを窮屈と思わせなかったのがジムという許嫁だったのだ。
「魔法についても僕に隠していたんだね……」
「あなたも彼女とのこと隠していたでしょう?女性は隠し事を着飾って美しさを磨き上げるのよ」
本来妻となったら話そうとしていたなんて思っていたけど今更言っても意味のないこと。
「そうかい……メリダは僕に自分のことを包み隠さず話してくれたけど君は違うんだね……」
「ええ……それと彼女だって隠し事ぐらいあると思うけど?」
「メリダはそんなことはしない!僕にべったりで何だって相談してくれた……子供のことだって……」
子供?あんな妄想妊娠に振り回されて全く哀れな……
「虚妄の宝……」
「えっ……」
「もしメリダとのことで何かあった時あなたは試されるわ」
彼女のあれは彼の願望か彼女の執念か……それはまだわからないけど結末が楽しみで仕方ない。あなたが彼女の狂気に気付いた時、あなたがそれをどう受け止めるか……私はそれを遠くから眺めさせてもらうわ。
「私を振ったんだから幸せにしてあげなさい!」
嘘を嫌う彼が彼女の虚妄を嘘と感じ取った時、彼は果たしてどう思うのかしらね。
私より彼女を選んだことによる後悔を少しでも感じ取る瞬間……それは必ず来る!
「でもこれだけは言っておくわ……私はこないだまであなたを心の底から愛していたわ」
「アンナ……」
「だから今まで私に楽しい時間をくれてありがとう……」
もう過ぎた話だ……私に残った虚無もいずれは何かが入り埋めつくされるのだから。
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