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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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「また明日会社で会おう」


「はい・・・秋月部長・・・メリークリスマス」


美雪は口元を押さえたまま車を降りるとそのまま改札口へと走って行った。22時になろうとする新発田駅にはすでに数えられるほどの人影が見えるだけだった。ロータリーには三台の軽自動車が停車していた。悠理はハンドルにもたれ掛かるようにしながら美雪が改札口の向こう側へ消えていくのを見届けていた。

何故ここまで彼女の身を案じる?そう自らに問いかける。いまもなにかの災いが彼女に降りかかるならば彼はドアを開けて飛び出す気でいた。長年による鍛錬で得た空手の心得がある。対人ならばなんとかなる術は何通りもある。それらはすべて体得しているつもりだ。悠理が習った空手の流派は先手攻撃を嫌い防御主体の戦い方であった。相手の動きを予測して対処していく、隙は攻撃のときに生まれるもの。そこを決して見逃してはいけない。後の先を制して手足は瞬時に武器となり防御態勢から攻撃へと移行する。もし相手が刃物などの武器を手にしている場合のが戦いやすいほどだ。防御主体から先手をいかに制するかを必勝と考える。


遠い過去に

彼には救えきれなかったものがある。



一生分の後悔を一瞬にして味わった。このときに彼のなかに一つの影が生まれた。そしてその影はいま彼の問いかけに耳を傾けていた。悠理は影に向けてこれでいいだろう?と聞く。内包する影に問いかけると影は必ず答えを与えてくれる。



これでよかったのだろう?と影に聞く。


波多野美雪は悠理の視界から消える寸前のところで振り返りこちらに向けて手を振った。

美雪には見えないところで彼も小さく手を振りかえした。



これでいいのだろう?




と、彼は影に聞く。



影は優しく微笑んでいう、君は君だよ。と。僕ならこうするのかなとかは考えなくていいんだ。


君は君なんだよ。


それでいいんだ。


彼は先程まで美雪が座っていた助手席に視線を移した。彼の目には実際に黒い影がそこに座っているように見えた。それは彼だけに見えるのか将又まったくの幻想なのかはいまはそれほど重要ではない。

重要なのはいま彼が満面の笑顔を浮かべていることだった。


影と見つめ合うと彼は笑顔になる。それは偽りない幸福感によって生まれる笑顔だった、少年が見せる無垢な笑顔だった。


二人はしばらく無言のまま見つめ合った。次は影のほうから訊く。


ところで君はさっき本当に泣いていたの?


彼は即座に答える。


「そうだよ君を想い泣いていた。僕はいつも君に逢いたくてたまらないんだ」



「なにを言ってるんだよ、僕はいつでも君の隣りにいるのに。いつも君の心のなかにいるのに。波多野美雪さんはきっとあなたのことがとっても好きだよ」


助手席の影がいうと彼は少し考えてから


「僕を好きになっても彼女にはなにもいいことはないから、彼女を不幸にさせてしまうだけだから」


そう彼がいうと影は微笑んだ。



「君らしい意見だな、でもね美雪さんはきっとね君の全て受け止めてくれるはずだよ」


そう言い残し助手席にいた影はゆっくりと消えていった。



僕を受け止めてくれるか…


そんなことはどうでもいいんだ。



それよりもついに時が来たんだ。


君の

(かたき)を必ずとるからね。


彼の言葉は誰もいなくなった助手席に虚しく響いていた。


彼は現実に目を向けた。

彼が再びハンドルを握りアクセルを踏み込むまでの空白のあいだにロータリーに停車していた車は一台もいなくなっていた。悠理は美雪が消えていった改札口がある駅構内入口を見つめ続けた。




彼は考えていた。あらゆるものが15歳から止まったままなのだと。だから戻らなければならないのだ再びあのときに。そして明らかに敵はそこにいた、おそらくきっと僕らの身近に。


今日、会社に結城と偽る者から電話があったのは敵に自分の存在を知られたから。社長の渡辺が考えたことが予定通り起きたことになる。だがそれはすべてを知られてはいないことも意味する。向こうが結城と名乗ったのはそれほど意味は深くはないはずだ。悠理とリクが親友同士だったからであり、そして悠理とリクの関係を間近で見ていた奴になるはずだ。

波多野美雪の涙を見て、そして内部に巣食う悪魔が顔を覗かせた。悠理は一つ一つを整理しなくてはいけないと思った。それは前に進むためには必要なことだった。



まずは内部に巣食い続ける悪魔退治をしなければいけない。敵と戦う前に自滅してしまうのだけはごめんだ。

もう一度対峙してみる必要があると考えた。彼は車をゆっくりと走らせて駅前ロータリーから県道に出て、国道7号線を右に曲がり山形県方面に車を向けた。帰る家は新潟市方面であったがそちらに向かう気にはならなかった。このまま朝まで車を走らせてもいい出来る限り人気のない道で。山道で福島まで抜けるのも悪くないなと思った。


クリスマスは終わりをむかえようとしていた。


過去の記憶と向かい合おうと彼は決めた。



心に巣食う悪魔払いをするために。


もう一度あの頃にもどろう。



12月23日


愛知県三河方面を南に走る名鉄西尾線の西尾駅を降りて西口から市街へと出る。風は冷たい。愛知県南部に位置するここに雪が降りだすとは考えられないが今日の北風はひどく冷たく感じた。


須和新汰の大きな体は風を受け止めながら西尾駅から暗い歩道を西に向けて歩いていた。途中何度か振り返り後方を確認する。ひどくなにかに怯えているかのように見えた。それは新汰の風貌と巨躯には似合わない動作だった。ここはあそこから遠く離れてる大丈夫だ、そう新汰は自分にいいきかす。何度も何度もそう言い聞かしながら家路を急いだ。部屋のなかには守るべき人がいる。新汰は足早に西尾の街をすり抜けていった。


守るべき人に

伝えることがある。駅前の本屋に立ち寄りメンズ雑誌コーナーで見かけた格闘技系雑誌。そのなかに秋月悠理の名があったのだ。


新汰は過去と現在を何度も行き来する。いまも歩きながら心は過去に戻ろうとしていた。




秋月悠理、須和新汰、七海葉月は幼い頃から一緒だった。三人は同じ四階建てのマンションに住み、悠理が気付いたときには毎日何かしらでたえず一緒に遊んでいた。三人は共に遊び共に成長していった。悠理と新汰は同じ歳で葉月は一つ上の学年だった。野球にサッカーにかくれんぼ、ときには池で釣りをしたり自転車にまたがり見知らぬ場所への遠出もした。毎日が冒険でもあった。狭い世界で狭い視野のなか限られたありったけの知識と知恵と勇気を振り絞りとことん遊んだ。








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