七海葉月 虐めの始まり
悠理と新汰は口を揃えて探検といったがまったくの未知なる場所ではなかった。事前に二人で探検をして細かいところまで点検をしていた場所だった。ここなら葉月と四葉を連れてきても大丈夫だと。
そこは鉄道が走る鉄橋の下の小さな川だった。
轟音とともに通り過ぎる列車が真下から見える場所。
「四葉見て速い!次は特急列車だ!」
「おにぃも見て!すごい」
四葉はけたたましく駆け抜けていく列車下部の隠された機械部分を見上げながら飛び跳ねて喜んだ。
葉月は河岸のコンクリートに腰掛けて妹の喜ぶ姿を微笑みながら見守っていた。
帰り道では日が沈み辺りが急に暗くなってきたのと騒いで疲れが重なったのとで四葉が急に怖がりだした。
「お姉ちゃん…おうちに帰れるの?なんか怖いよ」
葉月が繋ぐ手には四葉の恐怖感がひしひしと伝わってきた。
それを見ていた悠理と新汰がそれぞれにポーズを決めながら言った。
「心配すんな、なにかあったらおにい達が守るからな」
悠理は両足を大きく開いて前屈しながら顔を股下から出し、新汰は大きな万歳をした。
二人が思うそれぞれ最高にカッコいいポーズを見た四葉は泣き顔から一転して笑顔に変わった。
「うん!」
葉月は四葉と繋ぐ手を大きく振り出した。
「強くてかっこいいおにちゃん二人が付いてるなら怖いもの無しだね」
「うん!怖くないよ、全然怖くない!」
ねぇまたおにい連れてってデンシャのお腹見えるところ
また行こうぜ!
うん!
さあ帰ろう
帰ろうね。
葉月の人生を大きく狂わせたのは突然に訪れた愛する家族との永遠なる別れだった。悲しみと後悔が長く彼女を苦しめた。
「なぁみんな!葉月のこと今日から無視しようぜ。もしこれからあいつと話した奴は同じ不幸な奴ってことでよろしく。いいかそいつにも天罰くだるから覚悟しとけ」
小学六年生のとき葉月が教室に入ろうとしたときに聞こえてきた。10人ほどの男女が固まって話していた。
「え、なんで不幸なの?え?じゃあ修学旅行の事故も七海の不幸から?だよな。あいつのお母さんと妹ってたしか川に落ちて死んだんだよな」
「知ってるか?人間が溺れ死ぬと風船みたいにぶくぶくな死体だって」
「やめて!そんなこと言わないで!」
葉月は扉を思い切り開けて怒りを全身に表した。涙目で睨みつけながらも自らの目を疑った。親友だと思っていた香織もその輪のなかにいた。
現在、東海市。
葉月は幼い自分の記憶を網膜の裏に戻らせながら自転車にまたがりペダルに足を乗せてた。
変わらない風だと思った。
何年たっても変わらない、いま感じるのはあのときと同じく冷たい風だった。
遠い昔に嗅いだ風。
それは遠い…忘れないといけない過去の記憶。
「ねぇ葉月」
悠理は自転車のペダルを漕ぎながら振り向いて話しかけてきた。
「風が気持ちいいよ、今日の風はなんだかすごく気持ちいい」
同じく自転車に乗っている葉月は隣りに来た悠理を見た。彼は瞳を閉じていた。長い睫毛が風を感じてやすらいだままに彩っていた。そして瞳を開けて顔を少しあげ風を感じるその表情に彼女は心を震わせた。高鳴る鼓動が彼にも聞こえるのではないかと思うほどに抑えきれない感情を覚えた。
「すごく冷たいけど温かい。風はきっと僕等が大人になってもきっと同じだよね、一緒にこの風を感じたい」
彼はいった。
葉月も瞳を閉じて鼻から息を吸った。
「ほんとだ。温かいし風の香りがした」
「だろ!」
悠理は満面の笑顔を浮かべた。
葉月は心ときめかせる。
「よし葉月!早く漕いで!行こう!」
「あ、待って!悠理」
葉月は瞳を開けた。
悠理が言ったとおり、いまも風は温かいよ。表面に惑わされたら駄目だよね、感じないと。たくさん。
たくさん…
彼女は強くペダルを漕ぎ出した。コートの裾がひらひらと揺れてマフラーが靡いた。
冬の冷たい北風が一瞬だけ彼女を自由にさせた。そして彼女は一言だけ口にした。
「悠理。貴方はいま何を感じてますか?そしていまどこにいますか?」
その先の言葉を横を走り抜ける自動車のエンジン音が消し去っていく。
「さあて家に帰ろう。あの子が待ってる」
彼女はペダルに込める力をいっそうに強めた。
家路を急ぐ。いま私にはかけがえのない愛がある。
葉月は過去と現在が分断された世界をいまも生き続けていた。




