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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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大人達 秋月優子

秋月優子(ゆうこ)は息子の悠理から後に聞かされることになる。中学生の悠理は葉月を案じて母親に相談をした。


「母さん。葉月ちゃんはいまも四葉ちゃんの幻を追い続けてしまってるんだ、いまも四葉が実際に隣りにいるように話しかけたりしてるんだ」


どうすればいいかな


葉月ちゃんはずっと立ち直れないままでいるんだ。


優子は悠理の言葉になにか途方もない重みのようなものを感じたが自分が信じる宗教の教えが心の中心部にあった。前世だけでなく先祖にも宿業があり断ち切らなけばまた子孫や後世に災難となり受け継がれていく。ならば現世においてすべてを解き放つために祈りを捧げ激しい戦いしていくのだと。


「四葉ちゃんの幻?葉月ちゃんが四葉ちゃんをいまも変わらず愛してるってことだよ、それがどうしてダメだと思うの?」


優子の問いかけに悠理は少し首を傾げ短く答えた。


「ダメだよ。葉月は深い悲しみの場で立ち止まったままなんだ、ずっと暗闇にいるんだ」



優子は常に信仰心と善意で固めたアスファルトの上を歩み続けようとした。そして行きつく先には必ず幸福が待ち受けていると信じた。


「母さん、祈りを捧げればとか言うのはやめてよ、そういうのではないから」


悠理は優子をどこか冷たい視線で見つめていた。


「悠理…そんな言い方しなくても」



呪いというものがもしこの世界に実在するならば、すでにこの世にはいない魂を強く意識するという言葉がまさしくそれではないのか。

生者がこの世で死者を断ちきれず繋がりを求めて想い続けることは負の感情を背負い続けることになってしまうのか。葉月は呪いに覆われた世界を歩み続けていくことになるのではないだろうか。優子は狼狽した。葉月に伝えたのは信仰心から生み出された言葉及び善意として投げかけたものだった。だが悠理の言葉によってあらゆる方向から考えても言いようのない疑問を覚えた。優子は大人達が生み出した幾多の悪霊が葉月のすべてを徐々に蝕んでいくのではないだろうかとすら思った。


葉月の父親が若い女性と手を繋ぎマンション共同通路を歩いていくのを優子は何度か目撃している、こちらを一瞥していく表情は温かみのない印象の女性だった。


母とは違う女性が父親の隣りにいる。母を失ってまだ数年しか経過していない葉月にはとても辛いことでなはいのかと邪推してしまう。


葉月の母親の名前が葉子(ようこ)というのは事故を伝えるニュースで知った。マンションのエントランスで会えば挨拶を交わすような間柄。お互いに子供が世話になっていると会釈をする関係、打ち解けるような長々と会話をしたことはなかった。


葉子さん…優子は自分と似ていると思った名前になにか投影なるものを浮かび上がらせた。

優子がしたのは残された家族を少しでも助けてあげたいという善意だった。



ともあれ

優子は自らが作りだした言葉によって大きな罪を生んだことを後になり気付かされた。あの時きっと自分のなにかを満たすために葉月に呪いをかけてしまったと。発する言葉の意味の重さを追求することもなく相手に投げつけて反応を見届け自尊心を満たした。

しかもまだ子供である葉月に。






子供の清流のような心に大人は勝手な解釈を植え付け汚し乱していくことがある。

果たして善意なのかなにかは知らないが泥を吐き散らしゴミを投げつけていく。



四葉とは必ず巡り会える、いまもきっとあなたの隣りにいるから、だから話しかけてあげて。

子供はとても純粋だ。大人が思う以上に子供は純情だ。鵜呑みにしてなにかを捨て去り必死になにかを得ようとする。


いったいどこの大人が死後の世界を克明に語れるのか知らないが

葉月は四葉の死を乗り越えられないままに必死に歩んでいこうとする。


優子はある宗教の信者であった。同じパート先で勤める年上の女性が信者だったのがきっかけに入信を進められた。



亭主の酒癖が悪いと愚痴をこぼしたのが始まりだった。


三重県の尾鷲市出身の優子は地元の高校で夫の秋月孝介と出会った。


「ねえ秋月さん。ご主人はもしかして前世或いは先祖からの宿業でいまとても苦しんでるんだと思う。不安だなこのままだとご主人もあなたもお子さんも皆が不幸になっちゃう気がするの。私達の会合に来てみなさいよ、必ずあなたにとってプラスになるから、ね、そんなに料金もかからないの、すごく偉い人が説法に来てくれるのよ」



優子は孝介を愛しているという感情を信じた。孝介を救いたいと願う気持ちを表面に曝け出したかった。


だからこそ優子は宗教に縋って行った。



@



菊川源蔵は日が暮れてもしばらく見慣れたクリーム色の四階建てのマンション敷地内の片隅にいた。


ブロック塀の角から四階に灯る部屋の明かりだけを見詰め続けていた。


「七海の奴め…」


源蔵は舌打ち混じりに1人呟いた。


七海の奴。もう一度吐き捨てるように言う。


七海の奴。


この単語は源蔵の頭のなかで日々膨らんでいく。


「なんで、あいつばかりが良い思いするんだ」


窓から溢れる明かりをここで見つめていてもなにも意味がないのはわかっている。

そろそろ帰ろうかと思うがすぐに家にはうるさい家内がいるだけで楽しさなんてまったくないのだと源蔵の足は動かないままだった。



「ババアの顔を見ていてもなんもつまらん」



げんじぃこと源蔵は夜風で揺れはじめた4階の七海家の部屋の明かりになにかを託す。


「わしは知ってるんだ七海の正体を」



源蔵はそう呟いてからまた舌打ちをした。



少し離れた場所に小さな畑を持っている。源蔵の父親が在命中に買った土地でいまも変わらず農地として源蔵が管理していた。


父が住居から離れた場所に何故土地を買い畑を耕していたか。源蔵は70歳を過ぎ父の思いが分かる気がした。父も家にいるのが嫌なときは誰にも影響されない場所で1人いたかったのだろう。15分ほどみっちり歩かなければいけない距離だがその場所に行くのが源蔵はとても好きだった。






 

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