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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月27日から2日前の25日。新潟県新発田市。秋月悠理と名乗る男
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秋月悠理

ユウキリクだと?



よりによってこの俺に結城リクの名を騙るとは。



彼の思考は一つの場所まで行きつきそしてそこに留まろうとする。そしてすぐに冷静を忘れるなと体内に宿るあらゆるものが訴えはじめる。


「わかった」


噛みしめるように短い言葉を発して彼は襲いかかる動揺と怒りをひたすらに隠しあげようとした。変化を周りに悟られないよう振り絞るように表情を消し、動作はただ慎重の名のもとに椅子からゆっくりと立ち上がる。彼は事務員に再び視線を送り先ほどと同じ言葉を繰り返した。



「わかった」


一つの呼吸の間をおく。


「内線の何番かな?」


「あ、三番です」



事務員は彼の抱くなにかの異変に気付いたのだろうか。秋月悠理と名乗る男がここに着任してからの半年間、おくびにも出さなかった明らかなる動揺の色がみえた。彼の影なる側面を垣間見たような感じがしてそぐわない彼の着色を知ったのかもしれない。だが彼には貫き通す強い意思がある。まやかしを一瞬にして吹き消す笑顔の術を彼は知っていた。


「まりちゃんありがとう三番ね」





俺に一切の動揺は似合わない。なにが起ころうと。


自分が自分をなだめる暗示がすさまじい速度で消去されて行くのは彼自身がわかっている。いまとても深い狼狽を自覚している。思考が追いつかずまず行動が場を制していく状態は彼が酷く嫌ってきたことだ。とにかくいますべきことはなにか、悠理は水色のネクタイを小さく揺らしながら腕を伸ばし受話器に触れることに全神経を集中させた。そのときだった額から後頭部にかけて鋭い電気のようなものが走った。彼は思わずこめかみに手を当てる。何か得体のしれない物が頭を強く締め付けてくるのがわかった。



ユウキと名乗る者からの電話…



彼はためらう指をそのままに内線3の数字を押した。いまも思考は追いつかないままだった。




「変わりました、わたしが秋月ですが」



抑揚のない声に対して同じく抑揚のない声が返ってくる。



「あなた秋月悠理さんですか」



「はい。そうです秋月ですが。あなたは?結城さん?」



しばらく相手は無言のままそして電話は一方的に切られた。



悠理はすぐに全身が怒りの衝動に包まれる。


沸き起こる激情が身を支配しようとする。




待ちに待った日が今日だ。15年の長かった歳月が一瞬にして過ぎ去っていくのが受話器を持つ右手から放出していくのがわかった。いま目の前には15年前の自分が立っている。

まず悠理がすべきことは絶望的なまでの怒りを全力で内面に押さえこむことだった。それをやらないと自分が自分ではなくなってしまう気がした、心の闇で飼い慣らす猛獣が暴れだすことになる。

それは悠理が本当の秋月悠理となることを意味するのだ。


いま早急にしなくてはいけないことは悠然への道筋をつけることだ。それは結城と名乗る者からの電話が一方的に切られたのではなく、まだ結城と名乗る男から電話を通して話しが続くという()()を無理矢理に現実へとすり替えることだった。自分自身を偽らなければ暴走してしまうのは明白なことだった。


すでに切れた電話に悠理は耳を当て会話を続ける演技をする。頭のなかで瞬時に出来上がったのは話しを続ける偽物の結城リクの存在だった。

 

仮想の結城リクは悠理に話しを続ける。


―私は愛知の結城といいます。わかりますよね?いやあ悠理懐かしいな、いま君は新潟にいるんだな―



「すみません、結城という名前に記憶がないのですが」




相手は高くも低くもなく感情を殺したような乾いた声で話す。




―残念だな。じゃあ中学一年生のとき同じクラスだったといえばわかってもらえるかな―




「中学?」




―ええ。須和新汰(すわあらた)がいて水樹椎奈(みずきしいな)もいたあのクラスに僕もいたんだけどな。新汰という絶対的な番長を筆頭に学級委員の秀才だった椎奈、そう、悠理くん、あなたもいた。いやいやいまどれだけ思い返してみてもまさに最強なクラスだったよな。どんな学園ドラマにも負けないクラスだったと思う。そんな最強メンバーの端っこに僕もいたんだけどな、思い出したかな結城リクを―



仮想の

結城と名乗る男の乾いた声の言葉を聞きながら彼は固唾を飲みこんだ。




―話しを進めるけど、それでね近くみんなで集まろうという話があって、俺たちも30歳になったことだしねって感じで。あ、椎奈や新汰からすでに連絡ありました?―


「椎奈・・・。い、いや、水樹からはなにも連絡はないけど」


―新汰君からは?―



「新汰もない」



―そうですか新汰君とはここしばらく連絡はないのですか?―


「ずっと連絡はしていない」



―そうですか、新汰にも逢いたいでしょう?近く椎奈からは連絡があると思いますよ―



「ちょ、ちょっと待ってくれ。あなたは、結城はどうしてここがわかった?どうしておれがここにいると?」




―あれおかしいな、椎奈から会社名と電話番号を聞いたんだけどな、悠理くんの個人の携帯番号も知ってるとか言ってたよ。まあとにかく近く椎奈からも連絡あると思います。それでは悠理君。よろしく、近日には愛知で会いましょう必ず―




悠理は仮想の会話から現実へと戻ってくる。込められた怒りは内面で滾ったまま外部には溢れ出さないまま。彼は受話器を握りしめ隠せない動揺を抱いたままに再び事務員の名を呼んだ。 



「まりちゃん。久しぶりの中学の同級生だったよ。懐かしいな15年ぶりだ、ちなみにさ、いまの電話の着信番号教えてくれる?」



悠理の少し間の抜けたような声が事務員に届く。


「あ、あの公衆電話からみたいです」



「そうか、ありがとう」




敵が結城リクの名を騙るとは…




真実の敵はいったい誰なんだ?













溜まった請負受注書を引き出しのなかに放り込むように投げ入れてから壁にかけられた時計に目をやると時刻は21時を回っていた。秋月悠理と名乗る男は乱雑としたデスクにある携帯を手にして着信履歴を探るが知らない番号からの着信は見当たらなかった。そのまま事の始まりを社長の渡辺に連絡をして知らせようと思ったがいまはまだ気持ちが乗らなかった。渡辺に知らせた時点で戦いが始まるのはわかりきったことだ。もし敵がここに来るなら明日以降だろう、彼は腕組みをして明日からのことを考える、15歳のときから始まった大きな探し物はいま輪郭だけ表し始めたことになるのか。


営業部がある三階で仕事を終えた彼はグレーのハーフコートを纏い黒いマフラーを首に巻きつけた。


幼い頃からエレベーターがひどく苦手でいつものように階段を使い一階まで降りて裏口の扉を開く。すぐに強い北風が吹き込みコートの裾を小刻みに揺らした。だが雪が降りだすような風の冷たさはまだ感じられなかった。今年は例年よりも雪が少ない予報の冬の始まりであった。彼は夜空を見上げる、流れる雲の隙間からは三日月が顔を出していた。   


「秋月部長」


駐車場に停めてある自分の所有する車の近くまで来たときに突然後ろから女性の声が彼を呼び止めた。




名前を呼ばれて振り返ると建物の陰に気配を感じた。この時間にもなると会社に残る社員はほとんどいないはずだ。

見上げるビルの窓にはすでに明かりが一つも付いてはいなかった。


「誰?」


こちらにゆっくりとした足取りで向かってくる影が経理部の波多野美雪(はたのみゆき)だと理解した彼はおもむろに微笑を作り上げた。



「波多野か、驚いた。こんな時間まで君も残業してたのか?」



駐車場には営業車の白色のバンがぎっしりと止められている。それ以外の車となると悠理の自家用車しか見当たらなかった。運転席のドアに手をかけたままの悠理と、おそるおそるといった様子でヒールを鳴らしながら近づいていく波多野美雪。壁際の上にある街灯は冬の風を抱きながらそれらを照らし出していた。


美雪は悠理のまえで足を止めると、肩にかけるショルダーバッグの紐を強く握り締めながら顔を綻ばせた。



「秋月部長、遅くまでおつかれさまでした。あの、もしかしていま私って危なかったんじゃないですか?」



「え、なんだよ危なかったって」



素っ頓狂ぎみな声をだした悠理に対して美雪は口に手を当ててくすくすと笑いだした。


「だってこちらを振り向いたときの秋月部長の目がすごく怖かったんです、アニメならシャキンて効果音がたくさんついてくるほどに。だから私は思わずこうやって両手を上げて抵抗の意思がないのを示しながら私は経理部の波多野でございます!決して怪しい者ではございません!って叫ぼうかなって」


美雪は笑いながら両手を顔の位置まで上げた。



「なんだよそれ」
















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