二人の同じ想い
新汰は三列前の席にいる悠理と視線を合わせた。なんてことだよ…二組は葉月のクラスだぞ…
葉月のクラスが乗ったバスが事故?
多くの大人達がいて子供を守る立場なのになんて力の無さなんだ葉月を守ることすらもできないのか、大人も子供と同じではないか進歩なく歳を取るだけなのか。人間なんて弱い。新汰にとってなにか言いようのない深い怒りのような感情が生まれた。
新汰と悠理の
脳裏には時を同じくしてある光景が鋭く映り込んできた。それは四葉が消えたあの日の記憶だった。過去の情景が深くえぐり取られたようた心に問いかける。土砂降りの雨が地面を叩く音に鼻孔を刺す人の死の悲みしというもの。こめかみをつんざくような記憶が克明に蘇ってくる。
四葉はあの日を境に消えてしまった。
「なんでだよ!」
新汰は握りしめた拳を強く机に叩きつけた。
「なんでだ!」
新汰は強い怒りを見えない物に訴える。なぜまた葉月が苦しまなければならない、苦しみはなんでいつも自分のほうではなくて葉月のほうなんだ。
拳が机に落とされ鈍い音が教室中に響き渡ると生徒たちは一斉に驚きの表情を浮かべた。
「須和・・いったいどうした」
担任教師もまた多くの生徒達同様に驚きをみせた。
「先生聞いてくれ、六年二組に何があったのか知りたいんだ。二組に仲のいい友達がいる、だから心配なんだ!先生、いま授業の邪魔をしてごめん。でも」
新汰の言葉には重さと嘆きが含まれていた。誰にでも理解できる彼の張り詰めるなにかがあった。教師は手にする教科書を教壇の隅にぱたりと閉じて置いた。
「須和。そんなに出来事を大きくしようとするな。そして友達のことを思ってもう心配もするな。ほんとに大丈夫なんだ」
「大丈夫?大丈夫だけじゃわかんないよ」
「よく聞いてくれ、決して大きな事故ではないんだ。いま六年二組のバスは京都からこちらに帰ってきている。時間は少し遅れてはいるのは確かだがバスは間違いなくこの学校に向かっているし誰も怪我人は出ていない。どうだ?安心したか?」
担任教師が新汰に向けた表情は驚きを隠せないままでいた。
須和新汰という男子。
教師がここまで血相を変えた新汰を見るのは初めてだった。元来、須和新汰には粗野な部分はあるが、凄まじいとも言えるリーダーシップの名のもとにクラスを見事に束ねている男だ。たとえば運動会では新汰率いる五年一組の応援があまりにも統率された熱狂的声援でありそれが他のクラスや保護者達をも巻き込み最終的には運動会自体を感動巨編映画へと変えてしまったほどだ。
子供達をまとめ上げるリーダーがいるかいないかでは教師の背負う負荷指数がまったく違ってくるということを新汰によって知らされた。須和新汰というリーダーはまさに子供達にとっても担任教師にとっても理想中の理想なのだろう。
いまその完璧なリーダーの新汰がみせる
明らかなる動揺が目の前にあった。
教師は自分の小学生時代をいまも考えりする。もしあのころの自分にも須和新汰のようなリーダーが友人でいたのならどんなによかったことか…と。
教師は小学生のときに負が雨となり降りかかるイジメを経験した。イジメといってもそれは些細な仲間外れだった。ごくごく小さな期間のちいさな集団からの除外扱いだった。それでも教師の心は深く傷ついた。中学、高校、大学と成長するにつれてその古傷の痛みを正当化へと転換して自己に自負を与え続けいま教鞭に立つ自分がいる。だが本当はいまもそれがトラウマとして心に残っているのが時折わかるのだ。
「よかった。先生教えてくれてありがとう、二組はだれも怪我してないんだね」
安堵の表情と共に席に座りこむ新汰を見つめていた悠理は震えたままの指先で鉛筆を握りしめていた。
よかった…
葉月の笑顔はきっといつもの笑顔のままなのだ。
きっと葉月は迫り来る大きな何かに怯え慄いたのだろう。だけど怪我もしてないこの地に戻ってくる。
悠理と新汰は葉月の帰りを校内で待ち続けたが、教師からバスはこちらに帰ってきていると何度も言われ渋々下校していつもの公園まで来た。すでに日は暮れはじめており二つの影は暗闇の中にそっと溶け込みつつあった。前の道路を自転車に乗った背広姿の大人や学生服を着た高校生が通り過ぎていく。人影が横切るたびに二つの視線は素早く動いた。
「遅いよな…」
悠理が砂場の片隅に座り込みため息交じりに呟くと新汰がすぐに反応する。
「大丈夫だ。葉月はなにもないあるわけないだろ」
「うん…」
葉月の帰りを待つ同じ想いの二人がここにいる。
悠理は葉月が公園前の通りの右側から来るのを何度も想像した。いままでこの場所から何度も見てきた風景の一部だ、葉月が何度も悠理に与えてきた幸福な情景なのだ。




