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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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強さとは

テーブルには一升瓶とグラスが対となりまるで浜辺に突き刺さる二本の浸食した杭のように佇んでいる。嫌な臭いだなと悠理はつんざくこの匂いに耐え切れず思わず鼻をつまんだ。こめかみを突く匂いが逃げ場を失ったままに部屋のなかを漂い続けていることにどうしてこんな惨めな気持ちになるのだろう。


父はどうしてお酒を飲むのだろう?


どうして飲まなければならないのだろう?


お酒なんてものがこの世界にないのなら、父親はずっとお父さんのままなのに。


悠理は台所まで行きコップに注いだ水道水を一息に飲み干してからトイレに行き用を足した。そして物音をたてないようにゆっくりと部屋に戻っていく。もしも父親の孝介が悠理のたてた物音で目を覚ますものならば何を言われ何をされるか考えるだけで恐ろしくなる。


悠理は思うのだ、虚しく響く父親の粗野なままのいびきはまだ酒に浸さてる証拠なのだと。父はまだあちら側にいるのだ。



襖を静かに開け閉めして自分の布団まで戻ると隣に布団を敷く母親が身体を起こしていた。


「起こしちゃってごめん、おしっこしたくなって」


「ううん、気にしないで」


母親は優しげに首を左右に振った。


「悠理、嫌な夢でも見たの?さっきうなされていたようだったけど」


「うん」


「こっちおいで」


母親に言われるがままに10歳の悠理は優しさと温もりを求めて母親の布団に潜り込んで胸のふくらみに顔を埋めた。


お母さんの温もりは不思議だ、どうしてこんなに落ち着くのだろう。悠理は母親が鳴らす鼓動に耳を澄ます。柔らかい胸の奥で母親の温かみの元になる鼓動が音律を奏でている。まるで魔法のように安らいだ眠気はすぐにやってくる。きっとこの後は嫌な夢も見ないままに朝を迎えるのだろうという安堵感が悠理を包みこんでいく、まさに柔らかい睡魔が全身に訪れてくるときふと悠理は瞼を開けた。


     


       なにも怖いものはない





怖がることはない。


僕には葉月がいる。 


僕は強くならないといけない。  



僕と葉月を離れ離れにすることは誰もできないほどに僕はとても強くなる。いや・・・



        強くなりたい。




悠理は朝目覚めたときに見る父親を思い浮かべる。こちら側に戻ってきている父親は自分を睨んだりはしない。いってくると玄関を開ける父親の背中はただただ広くたくましい。



     強さがあれば怖さはすぐに過ぎ去るんだ。



母親の温もりに身体を預けながら葉月のことを考えるそして悠理は眠りにつく。




だがまたその夢はやってきた。心に宿り続ける恐怖が強い怨念のようになって悠理をまた染めあげた赤と黄色の世界に連れていく。夢は単純にそして粗野に、巣食う感情を思考の世界に引きずりだし露呈させる。悠理の目の前で一つ目の赤鬼が巨大な棍棒を振り上げる映像が浮かび上がった。恐怖に打ち勝つものは?強さとはいったいなんなのか?悠理のなかでのそれらの回答がぃ閃光となり四肢を貫いていく。



「葉月はあの世に連れていくぞ」


「やめろ!連れて行くな!」


恐怖をかき消すかのように身体が躍動を開始するのを悠理は感じた。まるで自然の摂理のよう恐怖に対抗する術だった。悠理は右足を大きく前に踏み込んでから左足を蹴り上げて地上から浮かした。空手の回し蹴りの体勢となり赤鬼の顔面を狙う。




悠理は左足をビクッと動かしてから目を開けた。


「どうしたの?また怖い夢見たの?」


母親が悠理の頭をゆっくりと撫でる。


「空手の蹴りだ…回し蹴りだ…」


悠理は左足だけがまだ夢の世界から脱していないような感覚に捉われていた。寝付くときに足がビクッと自分の意思とは無関係に動くときがある。まるでなにかの発作みたいに脳髄からの伝達なく足が動くのだ。身体の力が抜け切ったときに無意識に蹴りの初動作をする、それは身体のなかで抜けきらないままでいる稽古の緊張感を発散するかのようだった。


「ねえお母さん」


いまも父親の荒々しい寝息が襖を隔てた向こう側で続いている。悠理は母親と囁きあうように話始めた。


「空手で土曜日に教えてくれる先生は渡辺って人で、お父さんの知り合いだって。仕事でお父さんにはとてもお世話になってるって言ってた。何歳くらいなのかな水野先生と同じくらいなのかな」


悠理は最近結婚したという担任の男性教師の名前を出した。母親からすれば空手指導員の渡辺と担任の水野の顔をどちらもすぐに思い出すことができた、水野先生とは何回か学校の行事で顔を合わせてるし、渡辺指導員は悠理が入門するときに対応してもらった人だった。第一印象からはすでに二人は正反対に位置する人だというのが認識できた。母親のその判断は間違えてはいないだろう。


母親はその時しか道場には行ってない。空手は悠理一人で行かせろ、おまえは送り迎えをするな渡辺に任せておけばいいと夫の孝介から何度も言われていた。


「ねえお母さん、渡辺先生の蹴り技はすごいんだ」


言葉に籠るもの、息子の悠理が暗闇のなかでも瞳を輝かせているのが母親にはわかった。


「蹴り?ふーん。そうなんだ」


胸先で話す悠理の髪を優しく撫でつける。


「このまえの稽古でね、すごく身体の大きな人の頭にガツンて渡辺先生の上段回し蹴りが当たってさ」





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