隆太と麗奈
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立花隆太はなにかの決まりごとを決行するかのように機械的に顎を上げてすっと背筋を伸ばした。その見つめる先にあるものはうんざりするほどの平凡さが広がっている。深く被るパーカーのフードの先端の奥に見える世界はいったいなにを意味する?なにも記憶に残るものがない。
あるのは空だけだろ。
隆太はそう思った。
日は傾き段階を追って夜が確実に近づいてくる。きっといまの空の色はあまりに眩しいのだろう、だが隆太の視界から見えるのは暗黒だった。いつもどこかで暗闇を求める自分がいる。僕の瞳、僕の存在そのものをそっと隠し上げるような暗闇が絶対的に必要なのだ。
だがいまは違う。
突き放すこともなく押し付けがましくもない空が見上げれば必ず頭上にあった。隆太は瞬きを忘れたように上空を凝視した。夕暮れ色に染まるなか飛行機雲が赤く輝いていた。空を見上げるたびに彼は思うことがある、きっと揺るぎ無いものに僕は惹かれるのだと。揺るぎ無い物、それは空でありもう一つは生死だ。隆太はいますぐにでも体内の煮えたぎるすべての血液を空に浮きだしてみたくなる。
他の命に痛みを植え付けて快感を得るのはきっと人間だけなのだろう。
死ぬ意味と生きる意味はとても単純ではないのか。隆太は深く覆うフードの先にそっと長い指先で触れた。
16歳になる隆太は後ろから見れば成人と思われる身体つきをしていたが、正面から顔を覗けばまだ中学生のような幼さが残っていた。彼の二つの瞳はお互いに違う世界を見通しており、その瞳は少し黄色く濁りそして酷く危険を内包しているようにみえた。結城リクのように鋭く熱を帯びた瞳とは対照的に無気力で凍てつくような瞳だった。どんな残酷な情景が目の前で繰り広げられたとしても決して変化をしないであろう眼差しをこの男は携えていた。冷淡に感情なく見つめるのはまるで獲物を狙う蛇のようだった。
仄かに黄色く僅かに悲しみを抱くような空が頭上に広がっている。隆太は数か月前に高校を中退した。親に言われるがままとにかく毎日勉強をして目指す進学校に入学したときに心のなにかがポキリと折れた。親は自分をなんだと思っているのだろう?
隆太は試してみようと思った。ある日真剣な眼差しでいった。イジメを受けてる辛い高校を辞めたい。隆太は親の反応を自分の求める親でほしいと期待した。だが結果は違っていた。
「馬鹿かお前は!立花家の恥だ!」と血まなこになって怒鳴りつけた父親は隆太の髪を引っ張りあげ一方的に暴力を振るった。
頬に強い張り手を受けたときに隆太の感情がキレた。
「死ねよ!」
握りしめた拳で思い切り鼻頭を殴りつけると父親は悲鳴を上げた。
隆太は止めに入ってきた弟にも同じように殴り続けた。二人の悲鳴が聞こえても容赦しなかった、とくに父親には徹底的に痛みを植え付けた。このまま殺してもいいとすら思った。そこに喜びすら感じた。こいつは生より死が望ましいと。隆太はこのとき悪魔の舌先の先端に触れた気がした。
母親が脚にしがみついて懇願する「隆太…お願いだからもうやめて…お父さんを許してあげて…」
握りしめた拳を解いて辺りを見回したときに隆太が見る景色は変わっていた、恐れていた父と、父の言いなりになっていた自分はもうここにはいなかった。拳にへばりついた父と弟の血やら皮膚やらの香りを嗅いでからペロリと舐めてみた。その味は晴れ渡る青空のようだと思った。隆太の頭に浮かんだのは眩しさと快感だった。
被るフードの先端に指先が触れる。
隆太は突如転生をしたかのように突起し始めた固い喉仏を生き物のように上下にゆっくりと動かしながら上空をしばらく見上げていた。黒いパーカーのフードの先が風によって小さくはためくとすかさず左手で抑えつけた、決して脱げないように。決し誰にも見られないように。
西日に背を向けた隆太は親指を折って生きるかと言い、人差し指を折って死ぬかと聞いてみる。
生きるか死ぬか。曲げた二つの指を見続ける。
とても単純なのだ。所詮はどちらしかない世の中なのだ。いま死ぬかもしれない。明日死ぬかもしれない。死を恐れていたら日々の生を全うしていないことになる。
死は怖くはない。
父がいる。才能溢れた弟がいる。自分に早く死んでほしいと願う家族がいる。
人間が人間ではなくなり悪魔になるにはなにが必要か。
隆太は一人の少女と出会った。東から夜が来て西はまだ明るさが残る境目の時間に、道端で捕まえた自分と同じ不幸そうな野良猫を抱き上げ線路の中央に佇んだときにその少女は背後から話しかけてきた。
「なにしてるの?」
慌ててパーカーのフードを被り隆太が振り返ると痩せた少女が線路の脇に立っていた。少女の顎は大きく鼻は潰れ、両目は重たげなまぶたに覆われていた。
少女は隆太のことをまったく怖がることなく、ただ純粋に疑問を投げかけてきたように見えた。もし注意や警告を促してくる人物が背後にいたら隆太は躊躇なく攻撃的になっていたのだろう。それが少女でも関係なく痛めつけていたのかもしれない。
僕の一度きりの死の儀式の邪魔をするな。
だがこの少女は純粋なまでに質問をぶつけてきたように感じられた。それがなんだか隆太には嬉しく思えた。隆太の左眼が少女を、右眼は遠く離れた遥か遠くの地を見続けていた。
「いまから列車に轢かれて死のうかなと考えてる。あとこの猫もね。この子は喧嘩でもしたのだろうか。声を出す元気もなくて尻尾は千切れて片足を酷く怪我しているようだ。目も片方見えないようだし、この子は僕でも簡単に捕まえれるほどにすでに弱っていた。放っておいてもやがて死んでしまうだろう、だから僕が生きるをやめさせるよ、一緒に連れてこうかなと。一人と一匹が向こう側に行くだけ。きっとこの子がいま抱く痛みはすべて死が解放してくれる」
隆太は右手の人差し指を曲げた。
「ふーん。お兄さんはその猫ちゃん捕まえたとき抱っこしてそしていろいろと話しかけてみた?」
少女の質問に隆太は少し驚いた。
「え?」
「電車に踏まれて死ぬまえに聞いてみた?もう死ぬかい?生きることが辛いかい?いま痛むのかい?僕に抱かれて温かい?一緒に死んでくれるかい?って」
隆太は少女を見つめ続けた。
「いや。なにも聞くことはしなかった、僕はただ…」
「そっか。じゃああなたが猫ちゃんを抱きあげたときに首を思い切り捻じ曲げて殺してあげたほうがよかったのかもしれないよ」
俯いたままの少女の瞳がこちらに向けられた。何故かその重いまぶたの奥にある瞳がとても
輝いているように隆太には見えた。
「そうかもしれない。僕はまだ死を怖がってるのかもしれない。それに僕はこの子と残虐な光景を最後に作り上げたいだけなのかもしれない、ひどく弱ってしまったこの野良猫と僕に意味を見出すならば死ぬときくらいだろうと自分なりに答えを出していたんだと思う。もし可能ならばバラバラになった僕らをカラスが食べるところまでを想像していた。それはなかなか難しいことだと思うけど」
「おにいさんの気持ちすごくわかるよ、わたしも残虐な光景は見たいと思うから。でも抱きしめ腕のなかで殺してあげてから線路に入ってもよかったのかもしれない。そうすれば猫ちゃんもあなたも生と死をもっと知ることできたと思う。残虐か、あなたと猫ちゃんが引き裂かれたらすぐにカラスは来るのかな」
「君の言う通りかもしれない。正直驚いたよ、まだ幼い君に僕の弱い部分を教えられるとは。鴉はすぐに来るよ生と死の狭間をよく理解している生き物だから」
狭間?親指が生で人差し指が死であるなら残る三本の指のどれかが狭間になるのか。隆太は自分の言葉に疑問を持った。
「あなたはカラスが好きなの?」
少女の質問に隆太は応えなかった。
「わたしは見ての通りほら。ブスだから。たぶんすごくブスだよね。わかるよ、このアゴに鼻に目だから。わたしはカラスの気持ち少しわかるの。見た目からカラスは怖がられ嫌われてるけど、ほんとは死を無へと綺麗にさせる生き物でほんとはこの世界で必要不可欠な生き物」
「そうだ。鴉はあらゆることを浄化させる力がある」
隆太と少女は同じように空を見上げた。黒い生き物が上空をかすめていく。
隆太が名前を聞いたら少女は麗奈と答えた。僕のことは隆太と呼んでほしいと伝えた。
「隆太君また会える?会えないと言ったら私も一緒に死ぬよ、私も生きる意味あまりないみたいだから」
隆太は小さく頷いた。
「僕はまた君に逢いたいと思うから死ぬのはやめよう。まずはここを離れようか、さてこの猫ちゃんはどうしよう」
「私、猫がとても好きでたくさん飼ってる人知ってる。隆太君少し走れる?その人の家の玄関前に置いたらきっと救ってくれると思う」
猫を抱える隆太と麗奈は歩きだした。そしてやがて走りだす。
「さっき言ってた鴉だけど、隆太君が死んでもカラスはたぶん降りてこない、利口なカラスは強い人わかるから。死んでも匂いでわかるのよきっと。わたしは弱くてこんなに醜いからまったく警戒なく大地に降りて私を食べるよ、その時は間近で見てていいよ」
「あはは。麗奈は面白いな」
「私も面白いよ、ありがとう。ここまで人と話したのは初めてだよ。もしかして隆太君と私は出会うべくして出会ったのかもだね」
空の色は明らかに変わったのだと隆太は思った。少しだけよそよそしいのだ、ほんの少しだけ。揺るぎ無い物がほんの少しだけでも変化を来した時、いったいそれは何を意味しているのだろうか?
とはいえ尽きることなくそこに空はあるのだなと隆太は思った。きっと誰が見ても空は同じ空なのだろう。僕はまだ人間であり悪魔ではない。だからきっとそこにはまだ変わりはないのだ。
隆太が顎を下げて前方を見据えたときに突起する喉仏がコリコリと鳴った。
それから隆太と麗奈は時々会っては話しをした。
待ち合わせ場所を決めているわけではなく街の片隅の人が寄り付かない場所に一人隆太がいるとそこに麗奈が現れた。
「今日は不幸な命を助けてあげないの?」
麗奈が聞く。
黒いパーカーのフードを深くかぶる隆太は首を横に何度も振った。
「そっかよかった」
と麗奈はいった。
隆太が家族を憎んでいるように、麗奈は自分の容姿を憎んでいた。なんでこんなに私はブスなんだろう。と。
「親はわたしになんでこんな名前つけたんだろう」
「麗奈っていい名前だと思うよ」
「綺麗の麗はダメだよ、わたしにそんな名前つけてさ美人になると思ったのかな、それでいまのわたしにどう生きろと?わたしはブスで生まれた、しかもほらこんなにとことんブスにだよ。これはいったいなんの前世の罪で?そしてこの醜さを増長させる名前を親が付けちゃったの。なんでまたブスの追い討ちを親がかけるのかな。学校ではね嫌なことばかりだよ、わたしの名前を先生が呼ぶたびにみんなに笑われてしまうの。もううんざりだよ。ほんとこれから生きてっていいことってあるのかな。ねえ、隆太君は笑わない?」
「笑わないよ、いい名前じゃないか、それに君がブスって誰が決めた?なら美人は誰が決める?君は君だよ」
隆太がかぶったままのフードの先に触れると麗奈はくすくす笑い出した。
「珍しいな。隆太君がそんなこというの。そっか。これはわたしの個性ってやつ?でもそう思うのって簡単なことじゃないよね、わたしはずっと生と死の狭間にいる」
生と死の狭間。
隆太は心臓が高鳴るのがわかった。
この少女は自分と同じ空を見ている。
「わたしはね隆太君の右眼がとても好き、なにか世界の冷酷を見つめてるようで。表と裏を同時に見てるみたいで。ありがとう今日も隆太君に逢えてよかった」
「麗奈。もし学校で誰かにイジメられてるなら僕がそいつを残虐に殺してあげよう」
「隆太君にはまだ無理だよ」
そのあとはお互い無言のまま空を見上げ続けた。
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何度目かに会ったときに麗奈が隆太に訊いた。
「隆太君は悪魔になりたいの?」
「悪魔?」
隆太はすかさず聞き返した。
―なりたいよ悪魔に―
自分ではなく喉仏が答えるようにコリコリと鳴った。
「僕は生と死を日々感じていたいだけだよ。できれば死を眼前にして生きたい」
生きる意味のない自分を送り出したいだけ
生きるか死ぬかだけの世界で純粋なままに生きて死にたい。
フードで顔を隠した隆太は無表情のままに見慣れた公園前の道をゆっくりと通りすぎていく。何気に公園内部に目をやる。そこに麗奈はいなかった。隆太は公園を通り過ぎ真っ直ぐに伸びる道をそのまま歩いていく。
明日からしばらくは会えないかも。
麗奈はそういった。
「わたし学校でかなり仲間はずれにされてていま悲しみよりも怒りがすごいの。隆太君に逢うとほんとに誰かを殺してほしいと頼んでしまうかもしれないの。隆太君はまだ悪魔ではない。私はあなたを苦しめてしまうだけ」
悪魔…。
麗奈に会えないと思うと寂しくもあった。この僕が寂しくおもう。隆太は寂しいという感情をはじめて知った。麗奈のおかげで知ることができたのだと嬉しくおもった。
麗奈は今日もどこにもいない。
寂しく思った。
僕が悪魔になればいいのか
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隆太と麗奈が知り合って何ヶ月か経ったときに
二人は人が人を殺すのを目撃した。それは隆太にとって、もうまえの世界に戻れなくなるとても大きな出来事だった。
隆太と麗奈は四葉が死んだあの日、同じ岐阜県の地にいたのだ。
ごめんなさい。私があなたにどうしても連れてってと言ってしまったからこんなことに。
麗奈は頭をだらんと下げた。
隆太は、構わないよ人が人を殺すのを見たことは僕には決してマイナスなことではない。そして君にも
と言った。
これから葉月ちゃんや悠理君や新汰君はどうなるのかな。
麗奈は隆太に聞く。
うーん。
隆太は口に手を当てて視線をきょろきょろとさせた。
葉月という女の子にこの先あるのはただただ深い闇かな。先には闇雲に深い闇があるだけ。なにせ・・・あれは・・橋の欄干から二人を川に突き落としたあの女はきっと。
麗奈は身体を震わせながら「うん」と頷いた。
「これから葉月ちゃんがその殺人犯の女と一緒に暮らすことがあるのかもしれないよね」
葉月ちゃんはきっと気付くよあの人はとても利口な人だから。
気付いたらその人を殺すのかな。
母親と妹を殺した奴を。復讐するかな。
隆太はそう言ってまた視線をきょろきょろとさせた。
葉月ちゃん可哀相・・・。
麗奈はしくしくと泣きだした。
あの日、麗奈は隆太に後を付けて岐阜県のエナまで行きたいと告げた。
隆太は麗奈の懇願に折れて連れていくことにした。
たえず楽しげな親子の後ろ姿を追いかけながら隆太と麗奈は電車に揺られバスに揺られた。行き着いた場所は実際には恵那市から北に離れた中津川市の付知という山間部だった。
日が暮れてきた頃に隆太が訊いた。
「そろそろ帰らないか?」
麗奈は朝までここに居たいといった。
「朝まで?君の親が心配する。警察に通報するかもしれない」
麗奈はそれなら大丈夫と頷く。わたしならどうにでも上手くやれる。隆太君には迷惑かけないから。
日が暮れてから雨が降り出した。
結局その日の夜は親子が入っていった家の近くにある材木工場の屋根に覆われたヤードで二人で身を寄り添い眠った。死んだ木々の香りのなか強い雨が隆太の足元を濡らした。
雨が止み朝日が出始めると隆太はまだ眠たげな麗奈を連れて工場から出ていく。すると上空を飛び回る多くのカラスを見かけた、カラスの鳴き声は雨が止んだ朝を知らせていた。
二人は竹林のなかに移動して、親子が出てくるのを待った。
「わたし達はほんと似た物同士だね」
大きく成長した竹に触れながら
麗奈が隆太にいった。
「似た物同士?」
隆太は麗奈の顔を見つめた。
「こうやって誰かの影を待ち伏せしてるのがなんだか似合う二人だなって。隆太君がわたしのお兄ちゃんなら良かったのに」
「僕が麗奈のお兄ちゃん?」
隆太は頬を赤らめた。麗奈の言葉は素直に嬉しかった。
しばらく待ち続けていると親子が家から出てきた。楽しげなのが離れた場所にいる隆太と麗奈にもわかった。
付知川はすぐ近くを流れていた。
人気のない道を二人は手を繋いでゆっくりと歩いていく。道路にある水溜りを飛んで避けていく幼い娘に母親は笑顔でなにか話しかけていた。朝の日差しが優しく景色を温めて北風が草木を揺らしていた。長閑な田畑が続き、区切りのような森が点在し民家は少なく遠くから犬の鳴き声が聞こえた。
緩やかな景色とは裏腹に付知川は荒れ狂っていた。昨晩の大雨で土砂混じりの濁流が激しく土手や橋桁にぶつかりごぉぉという不気味な音をあげていた。
隆太と麗奈は距離を取って歩きだした。
「四葉ちゃんはお母さんと朝の散歩だね。よし。このままわたし達は帰ろうよ、綺麗な川が見えて綺麗な山も見えた。空気も美味しい、雨上がりの自然を含んだ空気は最高だね。ありがとう隆太君」
空を見上げて深呼吸をする麗奈を横目に
そうだなと言おうとした隆太はなにか異変を感じた。
付知川にかかる橋を歩いていた親子は背後から走り近づく女にぎりぎりまで気づかずにいた。隆太は咄嗟に察して麗奈の手を握りバス停の壁に身を寄せた。隆太が見ても近づく女の表情は明らかに異常だった。
女はなにかを叫ぶように言った。
―あの人はわたしの男よ!―
隆太と麗奈にはそう
聞こえた。誰かの名前を叫び、そのあとにわたしの人だと。
女はまず少女を欄干から突き落とした。悲鳴を上げて橋から身を乗り出す母親も同じように突き落とした。
まさに一瞬の出来事だった。
人が人を殺す。
理由がなんであれ人が人を殺すと決めたらあの欄干はあまりにも低いのだなと隆太は冷静にそう思った。
「助けを呼ぶか?それともあの女を同じく突き落とすか?」
まさに鬼の形相で川から走り去る女を指差して麗奈に訪ねた。
「決めてくれ!あの女は生きる価値無し!いまなら僕は躊躇なくあの女を殺れる」
「待って!隆太君!」
麗奈が走りだそうとする隆太の袖を必死に引っ張る。その反動で被るフードが外れ隆太の顔が曝け出された。
「離してくれ、あの女は殺そう!僕はきみが求める悪魔にいまなるよ」
「違う!あの女は必ず葉月ちゃんが殺すの!あなたではない。私が葉月ちゃんと!」
より強く隆太の袖を引っ張る。
「私がいつか必ず葉月ちゃんに殺させる。それは必ず!だからあなたはいまは耐えて!お願い」
「わかった…でもあの女は葉月も殺すかもしれないよ、いいのかい?」
麗奈が袖を離すと隆太は走り去る女を睨みながらフードを被り直した。
「いま助けを呼んでもあの流れじゃまず助からないよね、あの女からすれば二人には死んでほしかった。でも葉月ちゃんはきっとそれ以上の憎悪で女を殺したいはず」
麗奈はそう言い残して呆然と立ち尽くしていた。
付知からの帰り道、電車のなかで隆太が訊いた。川に落とされた少女とは仲良しだったのか?と。麗奈はこう言った
「正直なところ
そんなに仲良しじゃなかった。目障りな子だとすら思ったときもあったよ。私にとって葉月ちゃんを奪う妹だったから。でもやはりあの光景は辛い…。ねえ隆太君わたし達が見たことは二人だけの秘密にしよ?警察に知らせるとかは無し」
「そうだな。でもこれから葉月ちゃんて子も危ないよ」
「葉月ちゃんはわたしが守る」
麗奈はそう言ったあと終始無言だった。
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あの殺人を目撃してからの二人は変わっていく。
隆太がいつものように人気のない場所にいると後ろから突然肩を叩かれた。
麗奈がいた。
「ねえ一緒に手伝ってほしいことあるの」
唐突に訊いた。
「嫌な人がいるのかい?」
「うん、コウジっていう人なんだけど、悠理君をいじめてわたしを何度もブスっていう。少し痛めつけたいの。手伝ってくれる?隆太君」
「もちろんいいよ」
黒は白を喰い黒は漆黒に喰われる。