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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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四葉

新汰も四葉がしているようにブランコのうえに立ち上がるとこれでもかと力強く漕ぎはじめた。新汰と四葉の間にいる葉月はブランコに座った上半身を反らしてどこまでも広がる空を見上げていた。西から東へと流れ行く多くの雲の色が灰色に変わり始めていた。少し離れたところにいた悠理には葉月の表情がどこか不安げに見えた。新汰の隣りには誰もいないブランコがもう一つあり以前なら必ずそこは悠理の場所であったが、コウジは悠理に視線を送り、にやつきながらそのブランコに座った。


「岐阜の恵那には大きな川に山がたくさんか、なんだか俺にはすげえ遠い場所のイメージしか湧かないな」


大きく前後に揺れる新汰は隣りで止まったままの葉月に顔を向けた。


「うーん、電車で一時間くらいであとバスも乗っていくよ。そんなにすごく遠くはないよ」


葉月が応えると新汰より先に麗奈が口を開いた。


「へー、エナには電車で一時間で着くんだ。あとバスに乗っちゃえば綺麗な景色見えるんだ」


葉月の言葉を復唱するかのようにいった麗奈はブランコ前にある手摺に腰をかけてエナという可愛らしい地名の綺麗な景色というものを思い浮かべた。悠理はといえばその手摺の向こう側に一人でいた。



「それで四葉はいつ帰ってくるんだ?エナの川もいいけど俺達と近所の庄内川を見に行く約束しただろ」


四葉は幸せそうに笑う。  



「おにいもうそれ無しでもいいよ、エナの川は庄内川よりすげえし」



「エナの川どんだけすげえんだ!それ!」


掛け声とともに新汰は片方の足を強く蹴り上げて靴を大きく前方に飛ばした。


「よし!けっこう飛んだぜ」


けんけんをしながら靴を取りに行く。「あれ、明日は晴れの予報だな、でもやっぱり空模様は雨っぽいよな」とぶつぶつ言いながら片足で飛び跳ねていく。


「四葉は川が好きだもんね。明日の朝に行って二泊して帰ってくるんだよね」


「うん。わたし川を見るの大好き。おにちゃん寂しがるなよ」


四葉は満面の笑顔を悠理に向けた。







明日は朝早くから恵那に行くからと先に手を繋いで帰って行った葉月と四葉の背中を見送った後も四人は公園に居続けた。やがて新汰が腕を組みながら言い出した。


「二泊ってことはいつ帰ってくるんだ?」


「明日行ってその二日後ってことじゃないかな」


コウジが言った。


「ちょっと先なんだな。ならさ帰ってきた四葉にプレゼントあげようぜ。その名もびっくりプレゼントだ」


新汰がそういうとコウジが賛成!と答えた。悠理と麗奈は俯いたままだった。


「よし!じゃあいまからメダカ捕まえにいこうぜ!四葉が喜ぶぞぉ」


新汰が、たも網が家にあるから取ってくると駆け出して行った。


「ねえ悠理君、メダカを入れる箱とか家に行けばあるだろ?気がきかないな。取ってきなよ」


コウジが悠理に近づいてそういうと、悠理はびくっとしてから急いで駆け出して行った。


「ふん、あいつほんとダメな奴だな」


コウジの呟きを耳にした麗奈は足早に近づいていき「ねえ!」と大きな声を出した。


「あなた悠理君叩いて怖がらせていまはすっかり立場奪っちゃったよね、新汰君の隣りが好き?それであなたはいま嬉しい?それで満足?あと葉月ちゃんのこと好きだよね。あなたほんとに悪い人だね」


コウジは驚いた表情で麗奈を見つめた。かなり動揺したといってもよかった、額から冷や汗すら流れはじめていた。麗奈がこんなに力強く発言をしてしかも観察力までも凄まじいものがあった。コウジはゴクリと固唾を飲み込み間を置いてから両手を握りしめた。


「うるせえお前ほんとどブス!おれに近づくな!汚ねえ、臭え、さっさと豚小屋に帰れよ、悠理はな、とことんイジメてやるんだ。弱い奴が悪いんだよ!わかったか!」


と言ってから両手で思い切り麗奈を突き飛ばした。


後ろにのけ反り地面に尻餅をついた麗奈にコウジは指を突き出して笑った。


「あはは。きったね、ぶーす、二度と俺に変なこというなよ、また言ったら次はぐーで顔面殴ってやるからな、ブスなお前がもっとブスになるぞ」



麗奈は立ち上がって服についた砂を丁寧に払った。


「よくそこまでわたしのことを…」


このとき身体のどこかがミシリと鈍く鳴ったのを麗奈自身は聞いた。それは心から発せられた音、不気味な音、麗奈に生まれたある問いかけ。

 


この感情はなんだろう…


問いかけは音となり麗奈に告げた。



コイツはいますぐに死ぬべきでは?




翌日の正午を境にして降り出した雨の雫の多さや大きさと一日まったく見かける事のなかった四葉の姿。


新汰と悠理にはなにか言いようのない不安があった。その日は夜まで天が怒りをぶつけるようにとても強い雨が止まることなく降りしきっていた。


次の日は朝から晴れていた。悠理が朝起きてカーテンの隙間から空を見上げた時に広がる透き通った青空は内包する不安をすぐにかき消したはずだった。


そのはずだった・・・。


四葉が恵那に行ってから三日目となる朝、悠理が布団から起きたときに母親から知らされた。


「悠理!四葉ちゃんと四葉ちゃんのお母さんが・・・」


「え?お母さん!どうして・・・どうして泣いてるの!お母さん!なにがあったの!」


四葉と四葉の母親は早朝に雨が止み晴れる空の下、二人で散歩に出かけたまま行方不明になっていた。警察や近隣の住民による懸命な捜索が続くなか発見されたのは次の日の早朝の数キロも下流に下った木曽川の川辺だった。二つの遺体はそう遠くはない距離のなかでお互いにうつ伏せで川面に浮いていた。木曽川は前日の大雨でかなり増水しておりその姿は魔物そのものだったという。









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