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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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時は止まらない

 

悠理の変化は誰の目にもわかった。普段見せていた当たり前のような元気さを彼は見失ってしまったように見えた。まるで飛ぶことを忘れてしまった鳥のように翼を隠して地上をとぼとぼ俯いて歩くのが彼の日々の姿となった。新汰や他の友人に対しての口数はめっぽう減ってしまい葉月と四葉に対してはどこか避けるようにまでなった。悠理の顔の傷はすぐに回復したように見えたが心の傷は深くえぐられたように痕跡を残したままだった。


葉月は悠理が見せる明らかな変化を酷く不安に思い何度も新汰に訊いた。悠理は大丈夫かな?前の元気いっぱいな悠理に戻るかな?と。それに対して新汰は溜息混じりに、今はまだそっとしといてやろうぜ時間が経てば元のあいつに戻るさ。としか言わなかった。葉月はこの時正直いうと新汰がいままで強烈なまでに見せ続けてきた完璧な強さや男らしさを少し疑った。葉月は沼地に足をとられたままの悠理をすぐにでも救いたい一心だった。なぜ新汰も変わってしまったの?葉月は傷付いた悠理からどこか距離を置こうとする新汰の大きく信頼できていた背中がいまはなにかいびつな物に見えた。



新汰が悠理を痛めつけた犯人を見つけようと動いている様子はまったく見られなくなった。葉月はなにもできない自分を悔やんだ。どうしてあのとき悠理を置いて先に公園に行ってしまったのだろう、どうして私は男ではなく女として生まれたのだろう。男ならば…。いや男も女も関係ないじゃないか。私が見つけ出して必ず仕返ししてやるんだ。悠理がされた何倍もたくさん顔を叩いてやる。


葉月は悠理を変えた元凶をとても憎んだ。


今日もすぐ目の前に両肩を落として歩く悠理の背中が見えた。一人影を落としながらの悠理がいる。どれだけ話しかけても前のような笑顔を見せてはくれない。ねえ悠理。私にいいなよ。誰に叩かれたの?もっと詳しくどんな人だったか教えて。そしていまはどんな気持ちなの?私が悠理を必ず救うから、私があなたを守るから、だから言ってよ。女も男も関係ないよ私はあなたより一つ学年が上で、あなたよりきっと強くて、そして…私はあなたのことが大好きだから。


悠理は私が守る。

この先もずっと私が悠理を助けていくのだ。




葉月は悠理のすぐにでもうずくまりそうな弱い背中を優しく撫でてやりたいと後ろから見つめそして心を痛めた。



決心した葉月はある日の晩に自分の父親に相談をした。悩む心の内を大好きな父親にすべてぶつけた。父親は真剣な眼差しで娘の話を聞いた。途中から勢い余って泣き出す葉月を励ましながら話を聞いた。そして聞き終えた父親も葉月と同じように悩んだ。「悠理君は可哀相だな、それはさぞかし怖かったはずだ」


警察にも話すべきだし、この出来事はここら一帯の大人達にも伝えることだよ。と父親は葉月の髪を優しく撫でた。


葉月は首を横に振った。何度も何度も首を横に振りながら違うパパと言った。


「私が仕返ししたいの。悠理が受けた痛みの何倍もの痛みを犯人に仕返ししたいの。どうすればいいかな。どうすれば犯人見つけれるかな」


父親はすぐに返答した。「葉月は女の子だ。そんなことを考えたらいけないよ、わかったね?」


女の子とか関係ないんだよパパ。

葉月はそう言おうとしたがやめた。



葉月は次の日から毎日、日が暮れるまで犯人を捜した。一緒に付いてきたいという四葉を無理矢理に家に残して一人で歩きまわった。通り過ぎていく人を疑いはじめたら、怪しいと思う人物はたくさんいることに気づいた。中高校生に大人達。じろじろといろいろな目つきで葉月を見ていく人間達はたくさんいた、葉月は現実はなんだか冷たい世界だと思った。暴力があるこの世界では悠理のように弱いものはただ自分を見失っていくだけなの?



どれだけの日が経過したのだろう毎日探し回っても結局は見つからずというか誰が犯人かだなんてわかるわけないことに葉月は気づいた。

悠理をなにも変えることはできないと知った葉月は探し回ることは自分を悔やませるだけの行為なのだと悟った。





悠理はみんなと一緒に遊ぶということをあまりしなくなった。実際にはコウジから逃げているだけなのだが、そのことを新汰や葉月が気づくことはできないままでいた。そこにはコウジの狡猾さが窺えた。誰よりも悠理を心配する仲間を演じ、新汰や葉月との距離を一層に縮めていた。コウジは悠理の性格を見抜いていた。悠理自らが自分に殴られたとは決して言わないはずだと予想した。コウジは悠理が相当な臆病者なのがわかっていた。自分を見かければ子猫のように身体を震わせているのがわかったし、忠告した通り葉月のことは見事なまでに避けていた。コウジはそんな悠理を見ては笑いをかみ殺すのに必死だった。まさに悠理は自分の言いなりなのだ。ここで土下座して僕の臭い足の指をぜんぶ舐めろといえばきっと悠理は泣きながら始めるのだろう。

しかし、しかしここまで超がつくほどの弱い男だったとは。


「葉月ちゃん。悠理君を叩いた犯人必ずみつけようね、僕も協力するよ」


コウジがそう言えば葉月はとても嬉しそうな表情をして、コウジ君ありがとうと返してくる。コウジは自らのした行為に自信をもった。悠理を殴ったことで葉月との距離が縮まった。それは新汰との関係も同じことがいえた。


コウジは新汰と悠理の間にできた溝を見逃すことはなかった。


ざまあみやがれ悠理。お前はもう終わりだ。


コウジは悠理に向けて完全勝利の旗を大きく振り続けた。



新汰はといえば大きな勘違いをしていたことになる。犯人はげんじいだと決めつけていた。学校にいるとき一度だけ新汰が悠理に聞いたことがある。


「悠理。もしかしておまえはげんじいに殴られたのか?」


悠理はすぐに首を激しく横に振った。


新汰はそれを見て「そうか」とだけ言った。悠理の言葉を信じてはいない様子だった。





一つの嘘から始まる悲劇がある。


湾曲された流れのままあの事件が起きていくのは必然的なことだったのかもしれない。


時は止まらず流れていく。


夏休みが明け二学期が始まって数日経ったころ。


学校からの下校道。いつものように悠理と新汰は二人で歩いていた。小さな背中に甲羅のようなランドセルを揺らしながら新汰が話す。あの先生に褒められた、教室の廊下で転んだ、今日の給食は美味かった。一方的に新汰が話して悠理は元気のない相槌を打つ。


「悠理!今日は帰ってから何をして遊ぶか?野球にするか?」


悠理は無言のまま空を見上げた。西から張り出していた厚い雲が真上まで競りあがってきていた。


「野球は嫌か?」


悠理は首を横に小さく振った。


「ううん。でもなんだか雨が降りだしそう。野球は止めて僕の家で二人で遊ぶってどう?」


「二人で?まだ雨も大丈夫そうじゃないのか?なんか今日の夜遅くから雨が降るとかじゃないかな。野球が嫌なら悠理の好きなサッカーでもいいぜ。だってみんなで遊んだ方が楽しくないか?」


上空はみるみる低い灰色の雲に覆われていくように感じられた。すでに数十キロ離れた西の空は雨が降り出しているのかもしれない。


「う、うん・・・そうだね」


いつの間にか二人はいつもの公園の前まで来ていた。


内部に目をやると二つのブランコが小さく交互に揺れているのが見えた。


「あ、葉月と四葉だ」


新汰は不意を衝くかのように走り出した。悠理もつられるように走り出す。そして途中で新汰を追い抜いて行く。足は悠理のがめっぽう速い。


ブランコ付近には他にも誰かがいた。悠理の駆ける速度が徐々に落ちていく。やがてその目にはっきりと見えてくる。葉月と四葉以外にも二つの姿がある。コウジと麗奈だった。


悠理は離れたところから速度を緩めていき新汰が隣のブランコに勢いよく乗った。コウジは手摺にもたれ掛かるようにして体重を預けていた。麗奈はそこから離れたところにいた。


「あ、おにちゃんだ」


四葉が嬉しそうな声で二人を出迎えた。隣にいる葉月は座りながら静かにブランコを揺らしていた。コウジは悠理を見てニヤリと笑った。


「なんだ葉月、今日は学校終わるの早かったんだな」


新汰が訊くと葉月は離れたところで身体を小さくさせる悠理を見つめながら「うん、今日は五時間授業だったよ」と答えた。コウジも同じようなことを言った。


「ねーおにちゃん。わたし明日からここにいないからね、寂しがるなよ」


四葉は立ち上がりブランコを勢いよく揺らしはじめた


「四葉がここにいない?え?どういう意味だ?」


新汰が自らが乗るブランコに急ブレーキをかける。


「じいじとばあばの家に行くんだ、いいだろ」


得意げに四葉が答えた。


「じいじとばあば?どこまで行くんだ?」


「ギフのエナだよ」


「エナ?」


エナという言葉に吸い寄せられるようにコウジもブランコへと近づいていく。悠理も会話が聞こえるところまで身体を寄せた。


「岐阜県の恵那市にママと四葉が行くの」


葉月がいうとすかさず新汰が口を開く。


「葉月は行かないのか?」


「うん。私はパパとこっちで留守番だよ、パパが風邪ひいちゃって。だから四葉とママが行くの」


笑顔で応える葉月の隣りで四葉はなんだか不思議そうな顔をしていた。


葉月が岐阜に行かない理由は体調を崩した父親のことがあったが他に悠理のことも心配だった。

悠理から一日でも目を離したらダメだと葉月は考えていた。一日でも離れてしまうと思うだけで心が辛くなった。いま暗い場所で萎れてしまっている悠理を葉月はひどく心配した。

前みたいな明るい悠理の笑顔が見たい。葉月の望みはそれしかなかった。


「恵那ってなにがあるの?なんだか響きがいい地名だね」


知らぬ間に近くにいた麗奈はそういうと俯いたままの姿勢で葉月に答えを求めた。


「恵那市にはすごく大きくて綺麗な川があるよ。木曽川って名前でたくさんの山に挟まれててすごく綺麗なの。ここからそんなに遠くはないよ」


葉月の言葉に麗奈は何度か頷いた。


「へー大きな川か、わたしも行ってみたいな」


ぽつりと麗奈が言った。









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