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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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嘘に嘘


新汰は悠理を傷つけた男を見つけようと必死に探しまわった。日が暮れはじめ辺りは暗くなりつつあった。



マンションを飛び出した新汰はコウジを引き連れ眉間に皺を寄せ両拳を強く握りしめたまま走り回った。しかしコウジのいう黒い服を着た中学生らしき男を見かけることはなかった。この時間帯になると道という道には下校する中学生が溢れだしてくる。新汰は多くの男子生徒から睨まれながらも一人一人をコウジと二人で目を合わせ観察するように点検していった。「違うか?コウジ」中学生を見つけてはその都度新汰はコウジに聞いていく。

じろじろと小学生に見られた中学生は

「なんだこいつ」と頭上からきつく睨み返していく。これではいつ胸倉をつかまれげんこつされるかわからない。小学三年生のコウジからすれば中学生は別次元の生き物のようだった。野蛮で獰猛で桁外れに体格の大きな自分らとは違う種族のようなものだ。猛毒を持った大蛇であり巨大ムカデだ。コウジはそんな相手に睨まれ続けても顔色一つ変えない新汰の頭の中を疑った。新汰君は恐怖というものが心に宿らないの?。それとも恐怖のなかでも悠理を想うからこそできることなのか?コウジは自分は新汰とは違う、むしろ怖がる自分のほうが全うなのだと思った。


「おい、なに見てんだよ」


また中学生に怒られてコウジはすぐに恐怖心で音をあげそうになった。すぐにでも新汰の袖を引っ張りもう止めよう帰ろうと言いたかった。実はすべてが嘘で僕が悠理を殴ったんだあいつは生意気だから。とすべてを正直に言おうとまでした。コウジは迫り来る恐怖の連続から解放されたいばかりに一つの嘘を消し去ろうとした。新汰に真実を告げる言葉が喉元を通り口蓋垂(こうがいすい)を僅かに震わせた。


だかコウジは寸前のところで言えなかった。いまの恐怖心以上に新汰に嫌われたくはないし、それに葉月のことが好きだった。いますべて嘘だと言ったら葉月にも嫌われてしまうことになる。


嘘はまた嘘を引き付けていくもの。一つの嘘は瞬く間に増長を繰り返し後戻りはできなくなる。


嘘の断片の怖さをコウジは知った。


コウジがまたなにか嘘を重ねようとした矢先にまえを歩く新汰の足が先に止まった。


「おい、あれは・・げんじい・・・」


新汰が低い声を出した。


「げんじい?」


新汰が見据える前方にげんじいの姿があるのをコウジの目にも見えた。げんじいと呼ばれる初老の男は眼前の細い道をこちらに向けて歩いてきていた。


新汰が無言のまま足を止めて動かなかったことによってここでげんじいを待つ形となった。コウジにはそうする新汰の気持ちがすぐに察しられた。いつもげんじいを発見すると「逃げろげんじいだ!」と半ば面白がるように身を隠す新汰がいた。だがいまは違ったのだ。その理由はコウジの目にもしっかり見えていた。

新汰はげんじぃを疑っているのではないか?


げんじいは新汰の目の前まで来るとニタニタと笑いながら言った。


「よお餓鬼大将。おや今日は相棒が違うじゃねえか。いつもの色白の相棒は風邪でも引いたか?、なにかあったのか」


新汰は続けて何かを話そうとするげんじいを無視してコウジに行こうと促した。新汰からはいつも見せるおおらかさが完全に消えていた。


「おいコウジもしかしてさ・・」


20Mほど進んでから新汰が口を挿んだ。


コウジはこの時、頷くしかできないほどに追い込まれていた。もうこれ以上中学生たちに睨まれることは耐えられなかった。


「うん・・・。もしかしたらげんじいかもしれないな。悠理君を叩く後姿しか見てないしたしかではないけど・・・中学生ではなくてげんじいかも」


コウジは話しながらあのブスの麗奈をどうにかしないといけないなと思った。あいつは揺るぎないことのように自分に言ってきた。だけどあいつはどうしてすぐに僕が悠理を殴ったという真相に気付いたのだろう?。


「よしわかった。もう探すのは終わりにしよう」


新汰がいった。


「コウジ。このことは誰にも内緒にしてくれるよな?」


「う、うん。もちろんだよ」


新汰はげんじいになにかするのだろうか、なにか復讐でもするのだろうか。だがこれ以上コウジは新汰に訊くことはできなかった。それは新汰の顔がひどく怒っているように見えたからだ。








新汰とコウジが犯人探しをしてる間、麗奈はマンション入口の悠理が叩かれたといわれる場所に長い時間一人居続けていた。麗奈は酷く何かを思案している表情だった。



あいつ…私を何度もブスと…

名前のことも…あいつは笑った。


許せない……ぜったいに許さない





そして悠理は。


一人部屋のなかで震えたままだった。


徐々に暗闇が部屋のなかを支配していき外の音達が時の流れと同化していった。身体の内部からは何かしらを激しく訴え、心は痛みを引きずっていた。悠理は孤独のままにうずくまり涙を流し続けていた。


恐怖もあるし頬にはコウジに殴られた重い痛みもある。だから僕は泣いているのかな。


違う。悠理は首を横に振る。ただただ悔しい。なにも抵抗もできなかった悔しさからのあふれ出る涙だった。


弱い自分がもう嫌だ。


悠理は弱い自分を恨んだ。新汰のようなあの絶対的な強さが欲しい。


そう思ったときだった。


小さく一律に流れる音に変化が生じた。


玄関先になにか感じる気配があった。そしてかちゃりと開く錠前に悠理は瞬時に現実に戻らされる。


「悠理。いたのか」


ドアを開けて入ってきたのは悠理の父親だった。


悠理は急いで両手で涙を拭いた。


「うん・・・おかえりなさい」



父親の秋月孝介は部屋の明かりをつけるとまず悠理の異変に気付いた。


「どうした?」


「え?」


「その顔の傷。誰かに殴られたか」


「あ。いや・・・さっき転んじゃって」


「そうか」


孝介はため息混じりに作業着の上着を脱いでからリビングの椅子に座った。


「それ、ほんとは殴られたんだろ。それで…お前はやり返したのか」


「え・・こ、これは」


孝介の吐き出す吐息からは酒の香りはしなかった。


「そうか、わかった。もう泣くな。まず涙を拭け」


孝介は作業ズボンのポケットからハンカチを出して悠理に渡した。



「はい・・・」


悠理が涙をふき取るのを待っていたように孝介が口を開いた。 



「ところであれはまたあれは出かけてるのか」


舌打ちをする孝介の横顔は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。


「あれってお母さんのこと?うん…もうすぐ帰ってくるとおもう」


悠理の声は孝介には届かなかったのか。いや届いたはずだった。だが孝介はただまた深いため息だけをついた。


「息子がこんな状態なのに、あいつは」


再び上着を羽織った孝介は椅子から立ち上がり玄関に向かっていった。



父は

酒を飲みに行く。

そして酔って帰ってきてまた母に向けて怒鳴るのだろう。


悠理は自らに深い孤独の闇が押し寄せてくるのがわかった。


手にするハンカチからは父の香りがした。




















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