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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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結城リクとクミ

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結城リクは化粧台の前に座る母親を見ているのが嫌いではなかった。とくに今日みたいに鼻唄混じりに鏡とにらめっこをするような母親は、未来への希望に満ち溢れているように見えた。決して視覚で認識できるのではなく、醸し出す人が抱く希望という名を探るのがリクは好きだった。美しさに惹かれ喜びや希望が溢れその対象から空中に舞い始めやがて一つの核を作りあげていく。そしてそれは小さな光となり弾け降り注ぎ、温かみを含みながら辺りを潤わせていく。小学三年生になるリクは教材とノートをテーブルの上に広げ鉛筆を指で回して遊ばせながら化粧台に向かう母親の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。


これから母親は仕事に出かけていく。帰ってくるのはいつも必ず深夜で酒臭い香りを共に引き連れていた。リクの見知らぬ男を家に連れてきたことも何度かあった。酔って帰宅した母親には関与はしない。リクはそう心に決めていた。自分が眠る隣の部屋でなにが行われていようとリクは我関せずを貫いてみせた。母親には母親の人生がある、そして自分には自分の人生がある。母親が誰と一緒にいてそして隣り部屋で何をしていようとそれは母の自由なのだろうとリクは思うことにした。母親が仕事に出かけたあとは勉強や読書をして眠くなったら自分で布団を敷いて天井を見つめながら一人瞳を閉じて夢の世界を誘い込んだ。テレビは観ない。理由は簡単だ、孤独感に押し潰されそうな子供が観るにはすべてがあまりにもくだらない内容だったからだ。


母親の鼻唄は続いていた。化粧をすると母親の顔は特徴のない創作物へと変わっていく。リクは思う。化粧をしていない昼間の母親の方のが明らかに綺麗なのに。



「ねえクミ。今日はなんだかいつもより嬉しそうだね。また彼氏ができたの?」


リクは母親をクミと呼んだ。これは母親が求めたことだった。18歳でリクを産んだ母親の久美子は息子の理玖(りく)からママやお母さんと呼ばれることを嫌がった。


「リクが高校生になっても私の歳はまだ30ちょいなのよ。だってそれって絶対に親子には見られない」


久美子がよくいう言葉だった。


「え?彼氏?さすがリク。まあね」


久美子は濃いルージュを唇に這わせながら鏡越しに目を合わせた。


「ねえリク。来月になったらここも引っ越そうか。そろそろこの街にも飽きてきたでしょ」


「え?また引っ越すの?」


「次は名古屋にでもいこうか、うーん正確には名古屋の西のほうかな」


「名古屋の西?そこはその彼氏の住む街か?」


リクが訊くと久美子は鏡を通して微笑んでみせた。


「どう?引越したくない?ここは飽きたでしょ」


「クミに任せるよ、確かにこの街にも飽きてきたところだし。まあ引っ越すとなると、とことん殴りたいやつが同級生に三人くらいほどいるけど」


喧嘩の話を出すと必ず久美子は父親の話題を必ずだした。


「もう、リクはほんとあの人にそっくりね。頭が良くてめっぽう喧嘩っ早くて。あとその瞳ね。女がくらくらするその切れ長の瞳の造形はそっくりよ、頭が良くて喧嘩強くて顔が良くてってこの世にそうはいない男だよね、あなたの将来が心配」


父親は二十歳過ぎたころにバイク事故で亡くなったらしい。


「さあて、じゃあ明日とことんそいつらを殴ってやるかな」


リクは鋭い瞳を天井に向けた。


いまも母親が好いてくれたままの父親がいる。母に残る父親の名残はリクの希望だった。

すでにこの世にはいない父親をリクは追い求めていた。偽りの強さを母親のまえで必死に誇示した。

本当はとても臆病で

孤独を抱く幼い子供なのに。






新汰達の遊び場である公園は児童公園にしてはわりと大きな敷地といえた。子供が野球やサッカーをするには十分ともいえる広場があり遊具も一通りそろっている。公園北側には沈丁花や木槿が、西側には桜や梅の若木が植えられており季節がくれば彩りを与えた。悠理、新汰、葉月にすれば幼い頃から遊んでいた場所であり沈丁花の香りや葉桜の風はいつでも記憶の中から感じ取ることができた。


新汰と葉月が険しい表情で公園を出ていくとここは主を失った邸宅のように殺伐とした場所へと急変した。公園南側の出入り口には交通量の少ない生活道路が面しており左に行けばすぐにマンションが見えてくる。歩いても二分はかからない距離だろう。



そこで悠理が中学生に殴られた?


公園を出たところで新汰が声を張り上げた。


「かくれんぼは中止だ。今日はもう解散!」


公園に残る男子二人は茫然と立ち尽くしていた。いったいなにが起こっているのか理解しきれずにいた。



悠理が殴られた?



だってすぐさっきまで俺と一緒にいたじゃないか。それなのになぜ?誰に?



新汰が生活道路の真ん中を全力で走りその後ろに葉月と四葉、またその後ろにはコウジが続いた。四人はまだこの時には気付いてはいないが麗奈も最後尾から付いてきていた。


公園からマンションまでは目と鼻の先だ。


そこはつい先ほどまで新汰も葉月もいた場所だった。新汰が悠理と別れた場所はマンションの入口付近だった。


新汰がその場に着いたときには悠理も他の誰もいなかった。


「コウジ!どこだよ悠理は」


 新汰の隣に来たコウジは息を切らし

 

「あれおかしいな。ここで中学生くらいの人に叩かれてたんだけどな」


「中学生?相手は一人だったのか?」


「うん」


コウジが小さな声で頷いた。


「どんな奴だった?」


「どんな奴って・・・」


コウジは下校してから踏切を渡りここまで来る際にたまたま視界に入って残る映像をそのまま口に出していうことにした。


駅の近くの踏切を渡るときにいた一人の男がいまも印象として残っていた。


「そうだな・・黒い服着てフードかぶってたよ、ズボンも黒で背はそんなに高くないかも。見た目からしてやばそうな人だった。悠理が殴られて倒されるところまで見てたよ。ごめん助けるまえにみんなを呼びにいくべきじゃなかったね」




コウジが身振り手振りで説明するなか葉月は新汰の隣りにいた。


「新汰。きっと悠理は家にいると思う。さっき悠理のお母さん出かけていっていないみたいだから、きっと悠理は家に。怪我してるかも、早く行かないと」


言葉を残して葉月がマンションのなかに入っていく。そのあとを新汰と四葉が続いた。


「ねえ」


コウジは背後から突然声がしたのでびっくりして振り返った。そこに麗奈がいた。


「な、なんだよ、お前もいたのかよ」


麗奈はコウジを足先からゆっくりと見上げていき瞳があるところでその動きを止めた。


「君はどうしてそんなわかりきった嘘をつくの?悠理君を叩いたのあなたでしょ、中学生の人なんていない」


「な、なわけないだろ!うるせえこのブス!おまえさ、ほんとすげーブスだぞ!しかもなんだよ麗奈って名前。ブスのくせに、笑っちまうよなその名前。オレに近づくな、この豚!ブス!臭えんだよ!」


コウジはそう吐き捨て麗奈を睨み付けてからマンションのなかへと走って行った。


「悠理!いるのか?」


105号室のチャイムを鳴らしながら新汰が名前を呼んだ。


応答はなかった。鍵は掛けられたままだ。


「悠理。なにがあったの?いま怪我してるの?」


葉月も玄関に向けて話しかける。四葉は不安げな表情のままだった。


やはり応答はなかった。


「悠理のお母さんはまだ出かけてるんかな」


新汰はもう一度チャイムを鳴らしながら葉月に訊いた。


「うん。さっき出かけて行ったからまだだと思う。悠理・・・怪我してるのかな」


「よし俺は悠理を殴った奴探してくるよ。ぜったいに許せん!」


そう新汰が言い残してこの場を立ち去ろうとしたときだった。


「僕は大丈夫だから・・・」


部屋の中からか細い声が聞こえてきた。悠理の声だった。


「おい悠理!。誰にやられた?いまからそいつにやり返しにいこうぜ」


「怪我は大丈夫なの?どこが痛いの?ねえ悠理とにかく玄関を開けて」


葉月が訴える。



「…そこに新汰と葉月以外に誰かいるの?」


悠理に訊かれて新汰が左右を見渡した。


「他には四葉とコウジがいる」


「え・・・」



「悠理を殴った人って黒い服を着た中学生くらいのひとだよね?フードかぶってたよね?そうだよね!」


コウジが大声で訊いた。


「う、うん・・・」


「悠理。ほんとに怪我はひどくないの?血は出てないの?ここを開けてお願い」


葉月がドアノブを何度か左右に回した。


「怪我は大丈夫だから。ここは絶対に開けたくない。ごめん・・」


「わかった悠理!とにかくお前を殴った奴を見つけ出してやるからな!」


「コウジ行こう。葉月と四葉は危ないからすぐ家に帰れ。コウジの言うとおりやばい奴なら尚更だ。心配すんな明日になれば悠理に会えるさ。今日はそっとしておこうぜ。もうじきおばさんもおじさんも帰ってくるだろ」


「うんわかったよ・・・。新汰。でもね相手は中学生だからね、やり返すのはやめとこうよ。私、帰ったらお母さんに話すよ、大人の人に出てきてもらおうよ。だからやめとこ。いくら新汰でも」


「葉月!何言ってんだ、悠理だぞ?俺の親友が殴られたんだ!なにもしないでいられるか。それに中学生でも同じ人間だ、少し早く生まれて少し身体がでかいだけだ俺の全力パンチは必ず効くはずだ」


新汰は鼻息をふんふん鳴らしてコウジを連れその場を足早に立ち去っていく。


葉月と四葉はしばらく105号室の前にいたが悠理が玄関を開ける気配を感じることはできず、やがて重い足取りで共同通路を移動して階段を上がり始めた。


「おにい怪我したの?」


四葉は葉月と繋ぐ手に力を籠めた。


「ううん。大丈夫。悠理はきっと大した怪我してないと思う。悠理が怪我してたらきっと」


もっと泣いてるから…


「早くばばあ帰ってくればいいのに」


「ばばあ?」


「アラタおにいもさっき言ってたよ、ばばあって」


葉月は悠理のお母さんをおばさんと言った新汰を思い出す。


「ばばあではないけどな。でも新汰は強いね四葉」


「うん。アラタは強い、ユウリはやっぱ弱い」


葉月は四葉の手を握り直した。












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