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雨夜月に抱かれて 第一部 初恋編  作者: 冬鳥
2010年12月23日。愛知県西尾市の須和新汰。そして原点。始まりの過去へ。
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かくれんぼ

公園のそれぞれの場所で各自でそれぞれのことをしていた七人の子供達は、大きな身体の少年が発した声によってまるで吸い寄せられるかのように中央へと集まっていった。七人のなかで新汰から一番離れた場所の鉄棒にぶら下がっていたコウジは新汰の声を聞いてこれは遅れたらいけないと駆け足で向かった。皆がぞろぞろと歩いていくなかコウジだけが一人徒競争を行っているように見えた。少年兵が任務追行する人切りのように一心不乱に真剣そのものの表情で新汰の背中のみを目指して走っていく。


新汰君の隣りはボクのものだ!といわんばかりに。


コウジは何度もそう呟きながら走っていく。新汰の隣りを誰よりも早く目指すのがいつものコウジであり、いかにも足が遅い走り方をするのもやはりコウジだった。とにかく運動神経が良いとはいえないコウジは途中、足がもつれ土の上に転びそうになるのを寸前のところでなんとか体勢を立て直してまた飽きもせずに駆け足に戻り広場の真ん中を目指した。徐々に目指すべき対象者が大きくなって視野に入り込んでくるのが嬉しくてコウジは走りながら自然と笑みがこぼれる。だがすでに何十m前方、新汰のすぐ近くを歩く悠理を見つけるとコウジは笑顔から一気にしかめっ面へと変貌させて、すぐにでももつれそうな足を一層に速めた。



くそ!ユウリめ。



ここから踏切の向こう側を学区とする福島小学校の生徒であるコウジは、新汰とは違う学区であり学校で会うことはもちろんできない。だから下校をしてからここに来て新汰に会うことは楽しみで仕方なかった。悠理が思うのと同じように絶大な信頼感と尊敬を新汰に寄せるコウジはいつも新汰の隣りのスペースを我先へと求め、新汰にとってボクが一番の友達であることを周りに誇示しようとした。コウジも悠理と同じように新汰の行動や言葉使いなどの癖を見つけては好んで真似たりもした。自分の通う学校に登校すれば仲の良いクラスメートに千里小学校にはすごい人がいるんだ!とよく話しもた。そいつのどこがどうすごいんだ?と訊かれたらコウジはこう切り返す。




「まさにあの人はシートン動物記の狼王ロボさ!ロボに対してそいつだなんて言ったらいけない」





悠理がそうであったようにコウジもまた須和新汰のことを強く意識しながら成長していった。成長過程において新汰のような同学年の人と交流ができるのは大きな財産となるのか、はたまた大きな損失としかならないのか。とにかくこの時点ですでに新汰の統率力は他の者を抜き出ており天性によるものだと感じさせるほどだった。幼くしてその天性を目の当たりにした同学年の子供達は自分の持つ可能性をあらゆる視点から模索することになる。自分という名の生き物の特性を知りたくなる。一人有能な子供がいれば周りにもそれはいい意味でも悪い意味でも伝播していくことになる。





須和新汰とは出会うべくして出会った、コウジは強くそう思っていた。



コウジはもう一つ他の重大な要素によっての成長がここにはあった。下校してからわざわざ駅の方まで迂回するようにして踏切を渡りここまで来る理由はいつからか憧れの須和新汰に会いたいという気持ちだけでは無くなっていった。それは一学年上の七海葉月に会うことだった。コウジは葉月に初恋を抱いた。いつから葉月を好きになったのかは本人でさえ明確に答えることはできなかった。気づいたら好きになっていた。それは始めて葉月を見たときから好きになったのかもしれないし、二人で肩を並べてブランコに乗りながら話したときかもしれないし滑り台の階段を四葉と一緒に上がっていく葉月のスカートから覗く白い下着と白い太ももを下から必死に覗き見たときかもしれない。とにかくコウジが言えることはいまはとても葉月を意識しているということだった。それに伴ってもう一つの感情が強く沸き起こったことを最近は特に自分が自分に自覚させられていた。秋月悠理の存在だった。コウジは彼をとことん嫌った。コウジにとって悠理の存在は目障り以外の何者でもなかった。新汰と葉月の隣りには必ずと言っていいほどあいつがいる、自分のいるべきスペースをあいつに奪われているのだとコウジは思った。悠理は新汰と違い喧嘩もめっぽう弱そうだし度胸もない優しさもない頭もそんなに良くはない、ないない尽くしな男。唯一、悠理の得意なことといえば足が速いことくらいしかコウジには思い浮かばなかった。あいつは性格もひどく悪いし喧嘩も弱い、それに口がとにかく悪いし生意気だ。コウジは悠理を見れば必ず歯噛みする気分になった。もし秋月悠理が同じ学校で同じクラスならばすべての男子にあらぬ情報を回して徹底孤立させて完全排除するというのに。まさにイジメの対象者だ。


コウジは前にいる悠理とすぐその横を歩く白いスカートを着た葉月の後ろ姿を睨み付けるようにしながら駆けつづけた。




いつものメンバーが新汰を中心にして円を描くように集まった。最後に到着したコウジは息を切らしながらも半ば無理矢理に悠理と葉月の間に入っていった。なにか話しかけてくる悠理を無視して「葉月ちゃん今日は来るの遅かったね」とにこっと笑いながら葉月に話しかけると葉月もコウジに微笑みを返した。葉月の向こうには妹の四葉がいた。二人は手を繋いでいるそれはいつもの光景だった。


「ごめんね待たせちゃって」


葉月がコウジに話しかける。


「ううんぜんぜんだよ。でもどうしたの?なにかあったの?葉月ちゃんここに来るの遅かったからオレ心配しちゃったよ」




「なにもないよ」







コウジは嬉しくてたまらない。葉月がこちらに顔を向けたときに長い黒髪がさらさらと僅かに揺れたのがまたとても綺麗だなと思った。コウジはしばらくこのまま隣りで葉月のことを感じ続けたいと願った。ここで遊ぶメンバーの男子みんなが葉月を意識しているのがコウジにはわかった。葉月が来れば野球でもサッカーでもいいところを見せたいとみんなが必死になるのが目に見えてわかった。同じ女の子でも麗奈がいてもなにも周りが変わることはないのもコウジは知っていた。根暗で痩せた日陰に佇むもやしのようでしかも不細工な麗奈には男子は見向きもしなかった。



葉月ちゃんは他の女の子とは違うんだ。



彼女からは鮮麗されたなにかが内部から泉のように溢れ出しているのだとコウジは思った。男子はそのきらめきのようなものに心を奪われるのだと。葉月がみんなの前で笑顔をむけてくるとコウジはなんだか勝ち誇った気持ちになった。現にいまも男子がちらちらとこちらを窺ってるのがコウジには感じ取れていた。



「あ、ハヅキちゃん、ボクさ家からボール持ってきたからあとで少し一緒にやらない?」


鉄棒の柱のところに青いボールが置いてあるのがここから見えた。コウジはそれを指さしていた。




「葉月ちゃんてドッジボールすごく上手いよね」



コウジは新汰の長い話を求めた、今日はとことん彼に語ってほしいなと思った。そしてこのまましばらくここに居続けたいと願った。新汰が話す間、葉月が真横にいる、風によって彼女のやわらかい香りが届くくらいの近さにいる。だがコウジのそんな夢心地な気分は聞きたくない声によって見事なまでにかき消された。


「ねえコウジ。葉月が臭い臭いいうけどまだ俺臭うか?着替えて来たんだけど」


コウジは無視を決め込む。悠理とは話したくはない、断じてだ。こいつはほんとに大嫌いなんだ。


「なあ、コウジ。なあ。おれまだ臭い?ねえ臭い?」


コウジはいますぐ悠理をこの思いきり握りしめた拳で顔面を殴り付けたい衝動に駆られた。なぜこいつはいつもいつもこんなにしつこくてしかもボクを気安く呼び捨てで呼ぶんだ!僕を呼び捨てで呼べる友達はここには新汰君しかいない。しかもこいつは葉月ちゃんまでをも呼び捨てで呼ぶではないか!


「どう?臭う?」


懲りずに悠理が自らの腕をコウジの鼻に近づけてきた。


「さっきからうるせえな。おまえくせえって!」


コウジはその腕を勢いよく払いのけた。


「あのさぁ、いつもしつこいんだよおまえ、少しは黙れ」


コウジがこれでもかと睨み付けると悠理はとても驚いた表情を見せて背中を丸めて俯いた。


「悠理はもう臭くないよ。コウジ君こそうるさいよ」


二人の話しが聞こえた葉月が怒ったようにいう。


「あ、うん。そうだね、ごめんなんか強く言い過ぎたみたい」



俯いたままの悠理を見てコウジは思った。



ーえ?もしかしてこいつは事のほか弱い奴じゃないのか?-



  


「よし!決まったことを発表する!今日はみんなでかくれんぼしようぜ」


新汰が決めたことに誰も反対はしなかった。それは新汰が怖いから言いなりになるという意味ではなく、新汰が決めた遊びをして失敗したことがなかったから反対をしないのだ。


昨日は近くにある溜池でザリガニを捕まえては大きさを競い合った。その時のメンバーも今日とほぼ同じメンバーで、葉月と四葉はハサミを立てて必死に抵抗をみせるザリガニを見て可哀相だから逃がそうよというのだが男達はいいからいいからと捕獲したザリガニを向い合せて戦わせた。アメリカザリガニは喧嘩がエスカレートすると共食いを始めたりもする。その光景に葉月と四葉は可哀想!と言って逃げ出した。一昨日は公園で野球をやって新汰は特大ホームランを打った。


「さていまのところは俺を入れて合計8人だな」


新汰が頭数を指していった。このあとメンバーは増えていくのかもしれない、日が暮れるまで遊びは続く。


「よし。今日はかくれんぼだ。初めの鬼は俺がやるからな。かくれんぼの範囲は向こうはあの角までで向こうは線路の手前まで、そんで向こうはどこまでにしようかな」


新汰が独断で決めていくルールをみんなが頷いて理解していく。


そんななかコウジは葉月の横顔を見続けていた。


「あとこれ一番重要、げんじいが現れたら一時中断な。鬼はすぐさまげんじぃとなる。げんじいはとにかく怖いからみんなで逃げようぜ」


新汰が最後に天敵げんじいについて触れてから「じゃあやろうぜ!」とかくれんぼが始まった。


新汰がどこで数かぞえようかなとうろうろし始めたときに葉月は悠理に近づいて行った。



「葉月。始めは新汰が鬼だ。手ごわいぞ」


近づいて来た葉月に悠理から話しかけていく。


「うん新汰は一番の強敵ね。つぎに悠理が鬼になったらわたしは絶対に捕まらないけどね」


葉月の言葉に悠理は「言ったな俺は足が速いからな」と返す。


「とりあえずいまはお互いに仲間ってことで。四葉はお姉ちゃんから離れたらだめだからな」


悠理は葉月の隣にいる四葉の頭を撫でた。


「うんおにちゃん」


「四葉は俺のことおにちゃんていつまで呼ぶんだよ」


悠理は顔を少し赤らめた。


兄弟のいない悠理は四葉を妹のようにかわいがっていた。おにちゃんといわれるのはなんだか照れてしまうが本心は嬉しかった。


「えーおにちゃんていわれるの恥ずかしいの?嬉しいの?いい気になるな」


四葉が悠理の袖を引っ張ると隣にいる葉月が笑い出した。


「悠理はほんとは嬉しいんでしょ、四葉におにちゃんて言われて」


「バ、バカ言うな。早く行こうぜ、新汰が数えだすぞ」


「おにちゃん、おにちゃん、おにちゃん、おにちゃん!」


四葉の声は天使が滄溟そうめいに降り立つように高く透き通っていた。


「こ、こら四葉。言い過ぎだ」


「おにちゃん、おにちゃん、大好き」


次は四葉が顔を赤らめる番だった。


三人の会話をすぐ後ろで聞いていたコウジは舌打ちを繰り返していた。


「よーしいくぞ!100まで数えるからな」


新汰が号令をかけた。


皆が笑顔だった。


悠理は隣にいる葉月の笑顔に見とれていた。いつも四葉の手を取り元気いっぱいでそして少しだけお姉さんで。そしてそしてよく見せるあの笑顔。


悠理は不思議な気持ちになるときがある。それは葉月と手を繋ぐときだった。ボール遊びをしていて転んだ葉月に手を差し伸べ繋いだときに心臓が高鳴って苦しくなった。ずっと繋いでいたいと思った。葉月の手は白くて温かくて優しい。ずっとずっと握っていたい。そう思った。


「悠理!鬼は新汰!強敵だよ早く逃げよう」


葉月が悠理の手を握る。悠理の心臓は爆発するくらいに鼓動が早くなる。なんだこの感じは?


新汰が公園隅にあるモクレンの木に腕を当てて顔を伏せながら数をかぞえだした。成長過程の熊が木登りをする寸前の後ろ姿のようだった。


「1!2!3!」



「新汰君数えるのはやいよ!」


誰かがいう。


「うるせえ!俺はせっかちなんだ」


新汰の数えるスピードがもっと早くなる。

 

「わーやばい逃げろ!」


皆が一斉に隠れ場所を探して走り出す。


「葉月、四葉!こっちだ」


悠理は二人を連れてマンションの裏手に向かう。どぶ川とマンションの外壁の隙間に多少のスペースがある。そこで息を潜めることにした。


三人は小さくなってコンクリート塀に背中を当てた。ひんやりとした感触を背中いっぱいに感じた。葉月は白いスカートを汚さないように中腰のままだった。目の前のどぶ川はさっき悠理が落ちた川になる。幅1.5mほどの水量少なく流れも遅いがその分汚れが目立ち異臭も鼻に付いた。いたるところから生活排水を吸収してヘドロが何層にもなって川床を覆っていた。


「悠理はそのドブ川に飛びそこねて落ちたの?」


葉月がぼんやりとどぶ川を見つめながら訊いた。


「うん。まあね。なかなか難しいよ、葉月じゃ絶対無理だから・・あ!葉月!」


葉月はすでに飛んでいた。白いスカートを羽のようにはためかせながら。


向こう側に着地した葉月は悠理を見ながらにやりと笑って見せてから再びこちら側へジャンプする。


もとの場所に来た葉月をまずは四葉の拍手が出迎えた。


「こんなの余裕よ悠理、なんで落ちたのよ」


悠理は鼻息を鳴らす。


「俺だって次は飛べる。そんなことより葉月が落ちるかと思ってひやひやしただろ!」


「なに、わたしを心配してくれたの?」


覗きこんでくる葉月に悠理はぷいと横を向いた。


「どうしたの?怒ったの?」


葉月は楽しそうに悠理の脇腹をつついた。



「静かにしろよな!鬼の新汰がくるぞ」


「はーい」


葉月は笑顔のまま悠理の横顔を見つめ続けた。


かすかに声が聞こえてくる。新汰だろうか。


四葉が口を開きあくびをしてから小さな声を出した。


「わたしユウリおにちゃんかアラタおにちゃんかパパか誰のお嫁さんになろうかいますっごく悩んでるところなんだよね」


悠理の腕にもたれかかる四葉。


「ちょっと四葉、なにいってんの」

 

葉月が恥ずかしそうにする。


「うーん、俺はやっぱり四葉のおにちゃんでいいよ」


悠理は四葉の頭をたくさん撫でてやる。


「うん!おにちゃん、じゃあヨツバはアラタおにちゃんのお嫁さんになるねごめんね。ユウリおにちゃんとにかくなんか臭いしね!パパにはママがいるし」


悠理と葉月はクスクスと笑いあい四葉を真ん中にして再び新汰に見つからないように小さくなった。遠くで新汰の張りのある声が聞こえてくる。誰かが見つかったみたいだ。


三人はますます身体を小さくさせて身を寄りあわせた。  


そんななか悠理は葉月を見つめた。


「あのさ、葉月はさ」


「え?なに?」


急に恥ずかしさが増す悠理。おれは葉月を絶対にお嫁さんにしたいよ。そう言おうとすると


「あー!いた!」


新汰がひょいっと壁から顔を出して声を張り上げた。


「うわー!」


三人は同時に大声を出して驚きあってから笑いあった。


「これでみんな捕まえたからな。次の鬼は麗奈だぞ、最初に見つけたからな。おい悠理。お前やっぱまだ臭いな」


新汰が鼻を摘まむと葉月と四葉も同じ動作をした。


「おにちゃんやっぱりまだクサイ」


「なんだよそれ!」


四人みんなが笑顔だった。


「次は麗奈ちゃんが鬼なんだ。四葉、早く戻ろうか」


葉月が四葉の手を握って公園に戻っていく。鬼となる麗奈を励ますために早く行ってやりたいのだろう。


悠理と新汰はそれを理解していたので目を合わせて頷きあった。


「なあ悠理、一つ聞きたいことあるんだよ」


マンションの共同通路を歩いているときに前を歩く新汰が足を止めて振り向いた。日差しが新汰のところまで入り込んでいた。夕焼けの赤みを帯びた光だった。


「なになに?」



「どうでもいいことかもしれないけどさ、なぁ悠理。おまえはさ麗奈はほんとに俺たちより一つ上の四年生だとおもうか?」


それはあまりに唐突な質問だった。   



「え?麗奈?どういうこと?四年生じゃないの?葉月と同じ学年て聞いたよ」


「いや。なんとなくな。麗奈は俺たちと同じ三年生じゃねえかって思えてならねえんだよな」


悠理は首を傾げた。


「うーん。でも麗奈はなんでそんな嘘つく必要あるの?」


「いや・・・。そうだよな。わりい変なこと言った。いまの忘れてくれ」


新汰も公園に向かって走り出していった。麗奈が四年生ではなく実は三年生?一番麗奈と仲良しの葉月は何も言ってはいない。なぜ新汰はそう思ったのだろう。しばらく悠理はその場に立ち止まり考えていたが答えは見つかりそうになかった。そして新汰の後を追いかけるように公園に向かって走り出そうとしたときに突然後ろから肩を掴まれた。


振り向くとコウジが立っていた。


「なんだコウジか、びっくりした」


「なあ悠理。俺さお前のことほんとに大嫌いなんだよ、できればいま死んでほしいくらいだ」


そういうとコウジはいきなり右拳を振り上げた。


悠理はなにも対処ができなかった。殴られるまえに突き飛ばすことも腕をあげて防御することもできるはずだった。でも悠理はなにもできなかった。コウジのパンチはスピードも力強さもなくて、難なく避けることも防ぐこともできたはずだ。だが迫り来る拳をそのまま悠理の頬が受け止める形となった。最悪な形だった。鈍い衝撃が頬骨を貫いていく。


「うわぁぁ!」


悲鳴をあげて地面に倒れ込む悠理にコウジのパンチが再び襲っていく。


「大嫌いなんだよ!お前いなくなれよ!死ねよ!」


馬乗りになり四発目のパンチを食らわせたときにはすでに悠理は大粒の涙を流していた。そして何度も謝っていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


「俺を二度と呼び捨てにするな!わかったな!」


「はい・・・ごめんなさい。だからもう殴らないで・・痛いよ」


「あと、一言いっていいか?おまえさ、すっげー弱いな」


コウジがもう一発殴ろうと拳を振り上げると悠理は「ひぃぃ」と悲鳴をあげて顔面を両手で覆いまた何度もコウジに謝った。



「いいな。お前を殴ったのはおれじゃない。わかったな。見知らぬ中学生に殴られたっていえよ!わかったな!」


「はい・・・」


「あともうひとつ、葉月ちゃんとはこれから話すな。話しかけられても無視しろ。わかったな?」


「え・・でも・・」


「おい!まだボクにたくさん殴られたいのかよ!」


「ひぃぃぃ。はい・・・だからもう殴らないで・・・お願い」



コウジは立ち上がろうとする悠理の尻を思いきり蹴って


「あとさ!ボクのこと呼び捨てにするな!」


もう一度悠理を地面に強く転ばせてから公園に向かって走っていった。





息を切らして公園に入ってきたコウジは大声で叫ぶようにいった。




「新汰君!悠理が中学生に叩かれてる!」


「なに!」


新汰の目つきがすさまじいほどに変わる。


「どこだ!」


「マンション出たところだよ。悠理がうずくまっててそれで」


表情を変えて駆けだした新汰の後ろ姿の背中の大きさにコウジはなにかまずいことになるのかなと不安が心をよぎっていった。相手が中学生といえばやり返しには行かないだろうという気持ちがあった。しまった新汰君はやはり違う!コウジが新汰の背中を追いかけていくと同時に葉月と四葉も走り出していた。
















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