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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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気の長い罠

 曲刀と大剣が激突し火花を散らす。それを数合も繰り返す。耳をつんざく鋼の軋み。互いに押し合い弾き合い、やっとの思いで再び間合いを離した。


「何者だ……!?」

「ふ――くくく……っ」


 驚愕とともに誰何する。対して甲冑は、その兜の中からくぐもった声で笑いを上げて剣を構えた。まともな答えを返す気はないらしい。

 咄嗟に打ち合い距離を取ったが、未だ思考は混乱している。……どうして鎧がひとりでに動いているのか。どうしてこちらに斬りかかってくるのか。魔力感知に引っかからなかったのはなぜなのか。


 ただ一つ分かっていることといえば――この殺気。

 黒いもやを纏った剣を手に、剣士は全身から叩きつけるような殺気をこちらに向けていた。


「コーラル! こいつ……!?」

「後ろに下がってろ。援護は要らんが用意はしておけ。何かあったらぶっ放せるように」


 狼狽するエルモを背中に庇い甲冑と対峙する。……連携のなっていない味方との共闘など自殺行為だ。そうなるくらいなら、俺がやられた後に纏めて撃ち込むくらいがいい。

 視界の邪魔になるフードをかなぐり捨てる。後ろで纏めた髪が空気に触れた。右手のシャムシールを肩に担ぎ、さらにインベントリから得物を取り出す。

 青白い閃光とともに左手に出現したのは武骨な軍用ピッケル。……あの重装を貫くなら、尋常の刃物では通るまい。穿つなら渾身の杭打ちでなければ。


「――――ほう?」


 こちらの意を察したのか、甲冑の男が感心した声を漏らした。そのいかにも見下しきった声色が癪に障る。


「……上等だ」


 その余裕、数秒と経たずにずたずたに切り崩してやろう。


 こちらから仕掛けた。一足で間合いを詰め、右手の曲刀を身体ごと振り込んで上段から打ち込む。甲冑は身を引いて躱して見せた。

 斬り返しは不要。空振りに勢いのまま身体ごと回転し、同じ角度、同じ軌道からさらに追撃する。――今度は甲冑は剣を振り上げて迎え撃った。

 振り上げと振り下ろしで勢いに差があろうと、持ち手の数に軍配は上がる。右手の曲刀はあえなく弾かれ、


 ――身体が上に泳いだのはそちらも同じだ、間抜け……!


 直後、左手のピッケルが下段から跳ね上がり、甲冑が引き戻そうとした腕に突き刺さった。


「――――――」


 動揺したのか、僅かな硬直。死角からの攻撃に甲冑の注意がピッケルに向いた。ぐちゅりと肉を蹂躙する感触とともにピックを引き抜く。

 ゆらりと足を運び、立ち位置を変える。場所は傷つけた敵の右腕側。動きの鈍麻に期待しつつ、こちらからすれば存分に曲刀を振り回せる向き。


「――――行くぞ」

「――――っ!?」


 連撃が甲冑に降り注いだ。

 側頭、肩、胸、背中、腰、太腿。手当たり次第、目に映る部位全てをなで斬りに滅多打つ。がりがりと鋼の削れる音と、火花とともに鼻を突く焦げた鉄粉の臭い。秒間五撃の剣閃は、敵に反撃の目を与えず圧倒する。

 効果はあるはずだ。鎧に阻まれ直接傷を与えられなくとも、衝撃は中身に伝わる。ダメージは体内に蓄積し、疲労として体力を蝕む。


 そう、今この好機のように。


 耐え切れなくなった甲冑がよろめいた。後ずさった敵を追い、さらに踏み込み、


「――づ、ぁあああっ!」


 裂帛の気合。振り抜く左手の篭手からは紅銀の魔力が噴出し速度を増幅させる。

 必殺の意をもって横薙ぎに振るったピッケルは、鋼鉄の鎧を破壊して男の首を深々と貫通し、赤く濡れた先端を覗かせていた。


「――――――」


 確かな手ごたえに敵の絶命を確信する。何しろ相手の脈動が、首に食い込んだピッケル越しに伝わってこない。きっと鎧の中身は出血と肉片で大変なことになっているだろう。


 その、はず、だというのに。


「……痛いじゃないかぁ、墓泥棒」

「なんなんだ、おまえは……!?」


 何でもないことのように声を発するこの鎧は、一体何者なのか。


 ピッケルから手を離し飛びずさる。今は一歩でもこの気味の悪い相手から距離を取りたかった。

 鎧は無傷な腕を動かして首元を探り、首を貫通しているピッケルを掴んだ。そして特に気合を入れるでもなく、ずるりと引き抜いた。引き抜くときの苦痛も躊躇いも一切見当たらない仕草だった。

 そして、


「……ああ、鎧が歪んだ。首が動かしづらい」


 そう言って、鎧は両手で兜を挟み込み、ぐいと持ち上げた。兜を鎧とつないでいた金具が弾け飛び、俺の脚にぶつかって止まる。兜を脱いで顔を露わにし、その男は大袈裟に溜息をついて見せる。


「まったく乱暴な客だ。こちらは精一杯もてなそうとしてやったというのに」


 若い男だ。金髪で碧眼、青白い肌。整った容貌はどこかのドラマにでも出ていそうなほど。

 へらへらと軽薄な笑みを浮かべた男は、ふと自分の首筋に手を当てて顔をしかめた。俺が突き破った横穴、その傷口を触り、指先に付着した血を眺めてぺろりと舐める。


「な……!?」


 エルモが驚きの声を上げるのが聞こえた。それもそうだろう。俺だって開いた口が塞がらない。


 傷口が、塞がっていく。

 まともな治癒ではない。傷の断面からうぞうぞと血管や筋繊維が触手のように伸び、互いに絡まって一体となる。その様は蟲が這いよせてたかるようで、見ていて気分が悪くなる。


 なんだ、こいつは。

 さっきから状況がまるでつかめない。エルフの墓に来たというのに、肝心の死霊術師は滅びていて、代わりにこの奇怪な剣士が襲ってくる。

 それも人間。――いや、違う。


「……この墓に、人間のアンデッドが潜んでいるとは思わなかった。それも、魔法使いでなく剣士とは」

「ははは。そんな矮小な括りに当てはめてほしくはないねぇ。ここは私の墓だ。私を封印し、私を滅ぼそうとし、そしていずれ私を祀る祭壇となる陵墓だよ」


 そうか。そういうことか。

 この男、見た目通りの人間ではない。否、元人間ですらない。


「――――ヴェンディル。人間に姿を変えるとは、どんな手品だ」

「ふ――――ははははははははあはははは!」


 名を言い当てられた死霊術師は、がしゃがしゃと鎧が音を立てるほどに身を震わせ、堪え切れなくなったように笑い始めた。


 鎌をかけたつもりがまさかの大当り。エルフの死霊術師は、いつの間にか人間の男へと姿を変えていた。

 いや、姿を変えるというのは正しくない。現に彼の死体はその棺に残っている。つまりこれは変身ではなく、


「記憶を保ったまま生まれ変わった? ――それも違う。だとしたらその体がアンデッドである理由がない。

 ……そうか。お前は」

「察しのいい墓荒らしだ。……そうとも。この身体はもともとは私のものではない。私を殺そうという間抜けがいたからね。殺し返して、乗り移ってやったのさ……!」


 この身体は、第二紀の討伐隊の一員だったパーティの一人のものだ、と男は言った。彼を討ち果たしたと喧伝されたエルフの支族長と六人のプレイヤー。そのうちの一人の身体だと。

 全ては偽装。もとよりエルフの身体を不死者として甦らせる気など毛頭なかった。既に適当な身体を得ていたのだから。そして、なにが理由かはわからないが、動ける身体を持ちながらこの墓に留まり続けていた。


「ここに留まっていた理由は何だ? 六百年も引きこもって、何がしたかった?」

「それは私からも聞きたい。どうして君たちはこの墓に来なかったのかね?」

「なに……?」

「第二紀から封印されたエルフの遺跡! 周囲を徘徊する強力なアンデッド! 奥に潜むラスボスは過去に悪名を轟かせた邪悪な魔法使い! 君たちのような人種なら、真っ先に突っ込んできそうなものだろう?

 ああいや、理由なんてわかっている。エルフたちが大陸から撤退し、それどころではなくなった。新たな大陸の覇者である人間は内輪もめで忙しく、つい最近までインディアナ教授の真似事など叶わなかった。そうだろう?」

「――――――」


 気安く話しかけてくる男の言葉には、いくつも突っ込みどころがあった。

 封じられていながら外の様子を把握できた手段。まるで俺たちの――ゲーマーの思考を理解しているかのような口ぶり。そしてこの世界の人間が知るはずのない映画の話。


 ――どうやってかなど、今となっては容易く想像できる。六年前に聞かされた。

 あの賢者から話を聞いてから、こういう手合いがどこかにいるとは思っていた。


 殺さなくては。なんとしてでも滅ぼさなければ。

 予感がある。この男のやっていることはきっと碌でもないことだ。実行どころか、語らせることすら許してはならない。

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