陵墓の中身
どうしてこうなったんだろう。
普通に交戦して普通に敵の戦力を測り、普通に撤退してドワーフたちに報告するはずが、いつの間にか本格的な戦闘に突入し、あれよあれよと皆殺しにするかされるかの展開に。
結果として勝利したはいいのだが、敵を全滅させては偵察の意味がない。なんというオーバーワーク。
ハイになるとどうにも歯止めが効かなくなるというかなんというか、早い話が若気の至りで申し訳ない。
そう、すべてはこの身体の若さがいけないのです。
「知らないわよ、そんなの!」
「いやいや、VRとはいえ肉体に精神年齢がつられるのいうのは新たな発見だぞ。今じゃこうやってはっちゃけてるが、日本じゃ最近は濃い味がきつくなってきたくらいで――」
「だから、どうしてあんたの老け自慢なんて聞かされないといけないのよ」
どうやらエルフはご立腹らしい。先ほど合流した時も、なんだかげっそりとやつれた様子で覇気に欠けていた。
その原因は……こいつか。
「――そのいかにも妖精チックな浮遊物体は、いわゆる召喚魔法ってやつか?」
「そう。パルス大森林で契約できる、風の精霊よ」
「――――――?」
リ、リ、と鈴を鳴らすような音が鼓膜を震わせた。掌に乗るサイズで翅の生えた華奢な小人。ニュアンスとしてはあの名作に出てくるティンカーベルに近い。詩的に言うならフェアリーとかピクシーとかだろうか。
「こんな切り札があるなら、もっと早くに言えばよかったものを」
「……言ってたらどうしてたの?」
「警護にもう少し手を抜けた。お前は知らんだろうが、道中それなりに魔物に襲われていたんだがね」
知らなかった、と目を見張るエルモに対し、やや大げさに溜息をついて見せた。……まあ、大した敵でもなかったし、そもそも俺目当ての敵も混じっていたから大きな顔はできないけれども。
だがやる必要の薄い苦労をしていたという見解は、なかなかやる気をそがれるものだ。
「言っておくけど、召喚魔法ってそんなに簡単じゃないんだからね」
エルフが言った。
「今回は髪の毛を使ったけど、ただMPを引き換えに喚ぶんじゃ、気が乗らないからって理由で拒否されることもあるし。MPが空になるまで魔力を預けるから、喚びだした直後じゃ朦朧として身動き取れなくなるし。
それに、こっちの言うことを絶対聞いてくれるわけでもないんだから」
「だろうな。そのちび、味方の俺まで殺意満々で魔法飛ばしてきたし」
「――――――」
んー? どうしたのかな、急に黙り込んで。
脂汗を流しながら目を泳がせ始めたエルフに違和感を覚え、数拍ののちあることに思い至った。
自分の視線がじとりと据わっていくのが自覚できる。
「……まさかお前、わざと俺ごと攻撃させたのか」
「ち、違うわよ! 単に敵味方の指定を忘れてただけで!」
なお悪いわ。
大半の敵を片付けてからも、上空から攻撃魔法が飛んできたのはそのせいか。
「……全部終わったら慰謝料を請求しよう。どこまで借金が増えるか見物だな、エルフ」
「ぐぅううううっ!」
小柄な体が膝をついて慟哭する。傍らで白狼が慰めるようにオンと吼えた。あとそこのふわふわ浮いてるちび助、お前も片棒担いでるんだからけらけら笑ってるんじゃない。
●
せっかく周囲の魔物を一掃したのだから、陵墓の中身をのぞいてみても罰は当たるまい。封印自体は内奥にあり、外に突き出ている建築物はそれそのものが封印というわけではない。
というわけで賛成多数のもと、陵墓に侵入することとなった。
念のためウォーセは入口に待機。また厄介なアンデッドがやってきて退路を塞がれると困る。そう言うと、白狼は軽く鼻を鳴らして陵墓の屋根に陣取った。異変があるまでそこで昼寝と洒落込むらしい。
重々しい鉄扉を開け放つと、内部は洒落っ気もない簡素な小部屋と、その中心に地下へと続く下り階段があった。
人一人がようやく通れるほどの狭さに急勾配、まるで和風建築の階段を思い起こさせる。地下階段には照明も燭台もなく手に持つ松明のみが頼りだ。
……いや、これは流石に不便すぎるな。なにより片手が塞がるというのが頂けない。
光魔法を発動。薄ぼんやりと発光する光球を生み出し、階下に向けて投げ落とす。多少心許ないが足場を確認する程度には役立つだろう。
松明を短刀に持ち替えて、警戒しつつも階段を降り切る、と。
「――入口の割に、随分と開けた場所だ」
「そうかしら? むしろありがちなダンジョンみたいに入り組んでないだけマシじゃない?」
遅れて降りてきたエルモと感想を言い合う。……確かに、目的地が直截に目の前にあるというのは楽で助かるんだが、どうにも浪漫がないというか。
階段を降り切って出た空間は、随分と広々としている。
具体的に言うと民家にある八畳の部屋くらいのスペース。そして高さは二メートル程度と、少々圧迫感は感じるものの動くには支障のない広さだ。
入口と同様に装飾もへったくれもない内装だ。石造りの天井と壁、そして床は黒い一枚岩のような物質で形成されていて、継ぎ目が見えない。得体のしれない鉱物は頑丈そうで、試しに短刀の柄頭でがつがつと殴ってみたが、傷一つつかなかった。エルフの封印なのかドワーフの秘儀なのか、どちらにしても破損した様子はない。
……おかしな話だ。内装に異常はない。光源をばら撒いて確認しても、罅どころか破片一つ見当たらない。
だったら、陵墓の周囲にいたあの大量のアンデッドは何だったのか。てっきりここのどこかが崩れて、瘴気なりなんなりが漏れていると思ったのだが。
「コーラル」
エルモの呼び声に思考を中断してそこに向き直る。階段を下りてすぐ目の前。数歩も歩かない前方の壁に、それはあった。
「……なんともでかい扉だこと。仰々しくていかにも『何かある』と言ってるようなものじゃないか」
「ええ。――これ、鍵穴じゃないかしら」
壁一面が扉を形成している。巨大な石の扉だ。周辺とは打って変わって精緻な装飾を施されている。絡みつく蛇と蔦、蜘蛛の糸。両扉の端に彫られた老人の顔から髭が伸び、扉のつなぎ目で絡み合っている。
硬い顔つきでエルフが指さしたのは、絡みつく髭の中央。そこに拳大ほどの丸い窪みが空いていた。
恐らく宝鍵を嵌める鍵穴で間違いないだろう。
老ドワーフからの依頼では、ここで異常がなければ引き返してもいいとなっている。ここまでの安全が確保されているなら、後ほど来る調査隊のにバトンタッチしてしまうのも手だろう。
「――さて、どうしたものかね? ここで依頼は終了。特に異常はなしで報告してもいいんだが」
「冗談。ここまで来て気味の悪いレリーフを眺めて終わりなんて、それこそ割が合わないわ。こういうイベントは最後まで突っ込まないと」
顔色の割に彼女は乗り気だった。……しかし、イベントね。
「――エルモ、この世界にイベントだのクエストだのと言った都合のいいものはない。潮時を見極めるべきところは現実と同じなんだ。最後まで突き詰めた結果が、いつもいいものに繋がるとは限らない」
「言ったわよね。ここはゲームよ。現実じゃ途中で横槍が入ってトンビに油揚げされることも、ここなら最後まで立ち会える。
こんな、宝箱を前にしてはい次週みたいな終わり方、それこそ我慢できないわ」
「宝箱ならいいんだがね……」
……むしろ、開けた箱から災いが飛び出してこなければいいんだが。
一応、宝鍵は預かってきている。ガルサス翁が研磨し直し、瑞々しい紅い宝玉と生まれ変わったものだ。そしてこれが鍵穴に適合するのか否かも、出来れば確認してもらいたいと頼まれていた。
別に、開けたところで封印が解けるわけではない。この封印は外部の魔力が内部に侵入し、ヴェンディルに取り込まれないようにするためのものだ。そして魔力の流れを見る限り、内外の遮断は機能し続けているように思える。
つまり中にある死体は未だリッチー化していないはずだし、もし変異していたなら彼は自力で脱出しているだろう。
だから、中にあるのはただの死体だ。あるいは風化して跡形もなくなり、棺だけが残っているか。
そう、見るだけなら何も問題はないはず。
……まあ、確かに中身が気になるのは俺も同じだ。ここで渋ってしこりを残すこともないだろう。
インベントリから宝鍵を取り出し、扉の窪みに嵌めこむ。一体どんな仕掛けが施してあったのか、石扉は重々しい音を響かせて動き出し、その隙間からかび臭い空気を吐き出した。
そして、その扉の先には――――




