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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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あるんだな、これが

 匍匐前進で移動し、戦場からは見えづらい場所から状況を観察する。

 眼下で繰り広げられている馬鹿げた戦いに、エルモは深々と溜息をついた。


「……馬鹿じゃないの。どうしてあんなのに突っ込むのかしら」


 あの男、敵の魔法の警戒はしていたが、身体能力については完全に誤算だったらしい。適当に相手をするはずだった骸骨に押されている間に、見る間に他のアンデッドに囲まれていた。

 エルフは貧弱。そういう先入観があったのだろうか。そのエルフから生じた骸骨など、きっと筋肉がない分さらに脆弱だろう、とか。正直エルモも同感だ。

 予想は大いに裏切られている。エルフの自分から見ても意外なほど、骸骨は巧みに剣を用いて猟師に対抗していた。


「……って、なによあれ。猟師の戦いじゃないでしょ」


 猟師が骨を引っ掴んで振り回している。その様は技術もへったくれもないようで、どこの狂戦士だといいたくなるほど。――あ、骨がすっぽ抜けた。猟師は短くなった骨を手放さず、まるで知恵を得た猿のように大腿骨を構えてみせた。そのうち正体不明なモノリスと遭遇でもしそうな勢いである。

 そんなこんなで猟師が大立ち回りを演じているものの、彼の周囲はアンデッドで埋め尽くされ、脱出しようがなくなってきているのが遠目にもよくわかった。


 ……これは、そろそろ援護の用意をするべきだろうか。


「――――――」


 腰の後ろに据え付けた短剣を引き抜き、自分の金髪をひと房切り取った。……本来触媒は一定量のMPでいいのだが、それでは効果が持続しない。不測の事態に備えるならやり過ぎということはないだろう。


「…………代償は、ここに」


 息を吹きかけ髪を風に飛ばす。散り散りになった髪の毛は風に乗って舞い上がり、しかし一定の距離を保ったまま浮遊した。


「目印は、ここに」


 魔力を練り上げる。循環し脈打つ魔力は、生み出すほどに『どこか』に奪われていく。

 体内にあった血液に準ずるものが、作った端から貪られ、食い尽くされる。そのおぞましい感触に身を震わせた。……この術式がスクロール頼みになるのも納得だ。こんなもの、不慣れな日本人が行えば裸で百足の巣に叩き込まれるくらいのトラウマを植え付けられるに違いない。


 不幸なことに、自分は楽なオートマ(スクロール)でなく、マニュアル型を覚えさせられたが。


「精霊よ、縛られぬ放浪者よ。パルスのエルモと絆を結ぶ奇矯者よ」


 界を開き、対象を指定し、己の存在を主張する。

 これが彼らに見つけてもらう第一段階だ。助力を受けられるかどうかは、事前に交わした契約内容による。


 ――――召喚術。

 それが、エルモが森を出る際に頼みとする切り札の一つだ。


「契約に従い顕現せよ――――シルフよ」


 刹那、暴風が荒れ狂った。叩きつけ渦を巻き押し付ける。支離滅裂に吹き荒れる風が、エルモの髪や毛皮の服を散々に嬲った。

 方々から押し寄せ集結する大量の空気が、エルモの眼前で凝集していく。そして――


「――久しぶりね、シルフ」

「――――――?」


 言葉はない。その代わりに彼女は、鈴の音が鳴るような音を返した。

 掌に乗るほどの小さな白い裸身、透明な翅。纏う風は春のように暖かく。

 エルモと契約を交わした精霊は無邪気に微笑み、なにを言いつけられるのかと期待まじりに首を傾げた。


「始めましょう、私たちの戦いを。……いつまでも馬鹿にされたんじゃ、こっちの気が済まないわ」


 見れば猟師は狼とともに囲みを脱していた。アンデッドたちはどうしたのか、そこから身動きが出来ずにとどまっている。

 理由などどうでもいい。これは魔法使いにとってこれ以上のない好機。敵は動かずにまとまり、攻撃を打ち込まれるのを待っている。

 何かの拍子に、狼の背に乗った猟師がこちらを見た。挑戦的な笑みを浮かべて、口元をが微かに動くのが見える。


 ――やってみろ、と。


 上等だ。


「ありったけの魔力を渡すわ。存分に暴れなさい」



   ●



「――――ハ、はははっ! こいつは痛快だ、見てみろウォーセ!」


 それを見たときの衝動は、どうしようもない笑いだ。

 はるか上空。弩弓の射程などまるで届かない高みに、それはいた。

 暴風とともにあのエルフの傍らに出現した、奇妙な存在。それは瞬く間に天空を飛翔し、この地を丸ごと視野に置く高度に鎮座した。


 そこから始まったのは、紛れもない蹂躙だった。


 何百という風の刃が怒涛のように降り注ぐ。ゾンビを裂き、骨を斬り、掲げた盾は数撃で粉々にしてのけた。

 アンデッドたちはなす術もなく粉砕されていく。反撃しようにも構える端から風の爆撃に曝されるのだ。スケルトンや竜牙兵は骨粉と化すからいいのだが、ゾンビはぐちゃぐちゃに肉片を撒き散らすので見た目が非常によろしくない。


 ……なんて意外。精々十体も倒せれば御の字と思っていたが、なかなかどうして!


 白狼の背に乗って雪原を走り抜ける。見たところ未だここは攻撃圏内。すぐ真横の地面が瞬く間に耕されていくのを見て、安全だなどと言えるはずがない。

 狼に跨りながら魔力を腕に集中させる。身に纏っていた銀の篭手から紅い粒子が漏れ出てきた。直感に従って腕を振り抜くと、確かな手ごたえ。背後に迫っていた風刃は、銀の裏拳を食らって粉々に霧散した。


 ……見境なしとは恐ろしい。あとで一発殴っておこうか。


 爆撃範囲から抜け出し、ウォーセの背から降りて振り返ると、数分前とは様変わりした光景が目に飛び込んでくる。

 一面の銀世界は泥まみれの茶色の世界に。

 蠢く腐肉は赤黒い肉塊としてぶちまけられ、徘徊する骨は踏み潰された枯れ枝のように細かく散乱している。


 二百以上と数えられていたアンデッドは、50以下にまで数を減らしていた。


「――――――」


 インベントリを展開する。引き抜くのは長身のシャムシール。牙刀とともに二刀に携え、立ち尽くす残党に歩み寄っていく。

 カタカタと骨を鳴らして、骸骨は剣を振り上げた。上段から迫る剣閃に迷いはなく、不死者の精神に群れの半壊という事実はさほどこたえないことが見て取れた。

 牙刀で受け、シャムシールで腕を斬り飛ばす。失った腕を一顧だにせず、尖った腕の骨の断面で突き込んでくるところは流石といったところか。しかし、


 とん、と。

 軽い音を立てて、腕の先が胸に当たった。衝撃はあっても貫かれはしない。どれほど勢いがあってもそれでは革鎧を突破できない。なぜなら、


「よく見ろ。先端が凍ってるだろう?」


 氷に纏わりつかれ、丸く鋭利さを失った杭が何を貫けるというのか。

 軽く首を傾げた竜牙兵の肋骨を牙刀で斬り砕く。くずおれた身体を踏みつけ、さらに凍らせていく。


「――――いや(・・)違うな(・・・)


 かがやく銀のブーツが、頭蓋骨を踏みにじった。光に触れた部分から骨がボロボロと崩れ灰と化していく。

 ……なんとなく理解した。これが光魔法の異なる性質。浄化の効能は澱んだ魔力の流れを正常に戻し、それに伴いアンデッドは形を保てなくなる。


 いくら手元を発光させても光魔法のランクが上がらなかったわけだ。この魔法は、物質的ではなく霊的な作用にこそ本質を持つのだから。


「予定変更だ。……この場のアンデッドども、全員練習台にしてやろう」



   ●



≪経験の蓄積により、光魔法のランクが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、MP最大値が上昇しました≫

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