あれに神聖攻撃って効果ある?
腕力と頑強さにおいては五点満点を与えねばなるまい。加えて他のアンデッドに紛れる狡猾さも高ポイントだ。
――実際のところ、竜牙兵=スケルトンという認識は大いに間違っていると言わざるを得ない。本来の彼らは竜の牙を地にまいた際に地面から生えてきた人間。肉体を持ち子孫も残せるれっきとした生者のはず。
それがこうやって骸骨の一種となっているのは、世間一般での認識に合わせてこの世界が設定されたからだろうか。
げに恐ろしきはエンターテイメント。一世を風靡した映画はファンタジー生物の形態すら捻じ曲げるというのか。
そのうちオークも完全に豚頭の生物として定着してしまいそうです。
――おっと、下らない思考は置いておこう。まずは目の前の骸骨を粉砕せねば。
「舐めるなよ、骨くずが……!」
役立たずになった剣を放り捨てる。支えを失った竜牙兵が前方につんのめる。当然その隙を見逃す義理もない。泳いだ体にタックル気味に組み付いた。
「らぁあっ!」
振り回した。
いくら鎧を身に着けていようと、肉のない骨では重さも知れたもの。露出した大腿骨を鷲掴みにして力任せに振り回し、辺りにいる他のアンデッドに叩きつける。
肉が潰れ、骨が折れる。巻き添えを食ったゾンビや骸骨は瞬く間に残骸へ戻っていく。
突然手の中の重みが消えて我に返った。見れば手元の骨は一際太い一本を残すのみで、残りの部分は軒並み吹き飛んでいる。これでは鈍器として用いてもリーチが足りない。
インベントリから牙刀をもう一本取り出し、鞘から引き抜く。抜刀術だなどと気取った戦いなど出来るはずもない。そもそもあれの理屈がわからないのだから。
……というかなんなんだ、あれ。鞘が滑走路の役割をして通常以上の剣速になる? いやいや有り得んから。素早く得物を取って構えられるのは奇襲、対奇襲において利点だが、戦場のただ中でやるもんじゃない。普通に抜いて邪魔な鞘は捨てるのが一番だ。
「――――さて」
右手に牙刀、左手に大腿骨。変則的すぎる二刀流。あとで左手はシャムシールに持ち替えよう。
辺りを見回す。竜牙兵一体に手こずったせいで、とっくに敵方に囲まれてしまった。あーうー喚きながら足を引きずっているのが数体。ただの骸骨が十数体。その他大勢が百体近く。……このその他が有象無象だったら楽なのになぁ。
驚いたことに、大半の骸骨が豪華竜牙兵仕様だ。角の生えた頭蓋骨に、鋭く尖った牙。集団で人様を囲んで剣と盾を打ち鳴らし威嚇してくる。
囲みを内側から突破するのは困難だろう。斬り抜けようにも、そのために相手取らなければならない敵は五人を超える。一撃一殺に徹したところで、その間に新たな包囲網が構築される。
状況としては詰んでいる。
――俺が単騎であれば、の話だが。
「頃合いか。――やれ、ウォーセ!」
――――ウォォオオオオオオオ……!
刹那、雪原が炸裂した。
自らをうずめていた雪を振るい落とし、白狼は衝動のままに咆哮する。氷のような、硝子のような、どこか儚い透き通った声で。
全身から漲る魔力は無数の六花に転じ、纏った雪風は銀の竜巻のごとく。
狼が突進する。纏う竜巻はその暴風をもって不死者を巻き上げ天高くに打ち上げる。ただ吹き飛ばすのではない。竜巻を構成する無数の氷雪が、やすりのようにその体を削りあげるのだ。
宙を飛んだ骨のうち、原形を留めて五体満足なものはわずか二体。進路上にいた20体を打ち上げてこれだ。他の骨は細かい残骸になって辺りに散乱している。
そして残った二体も、ただで降ろす気などないだが。
「――――お前たち、どこに足をうずめている」
膝をついて地面に短刀を突き立てる。お誂えにここは雪原。雪は水の領分だ。そして骸骨どもは、踝までが雪で埋まっている。
魔力を透す。木が地面に根を張るように、魔力を伸ばして周囲の雪を掌握する。半径にして十メートル。ちょっとしたテニスコート並の面積が俺の領域だ。我が身も同然となった雪の操作など、どこに苦労があるというのか。
その場の雪が瞬く間に凍り付いた。骸骨たちは完全に足を固定され、身動きが叶わずにいる。空から落下してきた二体の竜牙兵は硬い氷に激突して粉々になった。
そして、
「……へえ」
敵ながら見事というべきか。
足を捕らわれながらも、竜牙兵たちは歩を止めなかった。凍り付いた足を引きちぎり、バランスを崩して転倒する。それでもなお膝立ちになって前進し、片手に持つ剣を高く掲げて、
収束する魔力。空洞の眼窩の奥深くが微かに揺らめいた。
「――――――っ!?」
横っ飛びに飛びずさる。つい先ほどまでいた場所に、『何か』が飛び過ぎていた。正体は見えない。だが証拠に退避の遅れた外套の端が、鋭利なもので斬られたように裁断されている。
――風の刃。
代理補佐に一度だけ見せてもらったことがある。大気を固体化するほどに凝集させ、標的に向けて打ち放つ術式。
不可視であるがために回避は困難。術者を視界に収めて発動を見極めなければ、俺ですら気づかずに両断される。
これを正面から防ぐ方法は、風刃以上の威力を持った風をぶつけるくらいだが、当然そんなものは手持ちにない。
躱そうにも見ての通り囲まれていて、周囲から一斉に放たれては背中から刻まれてしまう。
対応する術はない。
だから逃げる。
背後から迫る気配。圧倒的な存在感と、骨の芯まで沁みる冷気。……ようやく来たか。
大腿骨を放り捨て、脚に魔力を注ぎ込む。不確かだった積雪の足場は凍り付き、確かな踏み応えを返してきている。これなら多少の負荷にも耐えられよう。
「――――――」
跳躍する。身体強化の力を借りた脚力は、容易く十メートル以上の上空へ身体を弾き飛ばした。
当然、このままではいい的だ。ただの骸骨なら心配はなかったが、敵は魔法を有すると判明している。空中にあっては身動きが取れず、慣性に従って放物線を描く物体など、皿撃ちよりも容易に撃ち抜けよう。
この脅威をいなすには、もうひと手間が必要だ。
「オン!」
白狼が吼えた。合図を送っているのだろう。それに応えて、空になった左手を伸ばす。そこに――
「いい子だ――――!」
砲弾もかくやという速度で飛来した狼が、すぐそこまで迫っていた。
首元に抱き着く。流される身体を左腕一本で押さえつけ、その皮ごと毟り取らんとばかりに白い毛並みを握りしめる。
狼に突き飛ばされて、軌道は急激に変化した。数秒後に通るはずだった空に向けて、無数の風刃が集中しているのを視界の端に捉える。……あれを受ければ、人間の肉体など一瞬で挽肉だろう。
「だが、これで足は潰した」
ウォーセとともに落下する。強風に煽られて誰にも聞き取られないとはわかっているが、それでも嘯かずにはいられない。
足を凍らせ、あるいは自ら引きちぎり、これで奴らの機動力は完全に失われた。今ならどんなメクラ鉄砲でも撃ちたい放題だ。こんなボーナスステージはなかなかないぞ。
「――見せ場はつくってやったんだ。存分に働けよ、借金エルフ……!」
魔力のうねりがそこにある。視える色は紫。爛漫の風を顕す。
俺の言葉に応えるように、歌うように風が哭いた。




