採点
射出されたボルトがスケルトンの頭蓋骨を貫き、衝撃で頸椎を破壊してその頭部を吹き飛ばした。
「――索敵能力、2点」
エルフは感覚に優れるという。だが飛来するボルトに気付きもしないとはどういうことだ。やはり神経が腐って骨ばかりになると種族特性も無意味になるのか
片手で弩弓の弦を引き、ボルトを装填する。ここ数年でいちいち歩を止めなくても済むほどに、筋力は増大していた。
移動しながら敵方をうかがうと、アンデッドの一部が混乱した様子で辺りを見回していた。
警戒体制への移行、1点。
これが灰色達ならどうだっただろうか。きっと初撃からして弓鳴り音に気付かれる。そして易々と躱されるだろう。
少なくとも、ああやって棒立ちのまま挙動不審になったりせず、散開して身を伏せるはずだ。
場所を変えて再び射撃体勢を取る。この距離、この天候なら外套の色から雪に紛れられる。目ざといものなら容易く判別可能だが、先ほど下した評価からして気付かれることはあるまい。
狙いは、他所で騒ぎが起きているのに未だ無反応に立ち尽くす骸骨一体。
――射出、そして命中。
エルフ謹製の鎧を着ているとはいえ、防御は万全とはなりえない。通常なら一分の隙もない装備も、肉が脱落しては隙間が生まれるというもの。
しころの隙間から侵入したボルトが骸骨の頸椎を破壊し、華美な兜が頭部を収めたまま宙を舞った。それを察知した周辺の骸骨が警戒を強めるが、十メートルも離れた場所にいる骸骨やゾンビどもは反応も示さない。
部隊内における連携、1点。
「――――そうか、やはり統制がとれていないか」
なんとなく予想していた状況に思わずひとりごちる。
エルフのスケルトン。彼らの注意が向くのはあくまで近辺の異常だけだ。一定以上離れた骸骨が撃破されても、まるで赤の他人が倒されたように関心を持たない。偶然行き先を阻んだ人間のゾンビを斬り捨てたあたり、他種族のアンデッドに対する仲間意識など皆無だろう。
感覚器官の鈍麻。思考力の欠如。――これが死にたての頃ならどうだったかなどわかりもしないが、今現在、彼らが仲間と連携して敵に当たることはほぼないと考えてもいい。
つまりこれは、練度の高い部隊を相手にした戦いではなく、多少手強い個の集まりとの戦いとなるのだろう。
「さて、戦力評価だ」
這うように地を駆ける。素早く、しかし雪を蹴立てないように慎重に。先ほどまで俺がいた場所は、あっという間に無数の骸骨にたかられていた。
いくら地力で勝ろうとも、あの数で囲まれたらどうしようもない。基本、戦闘は一撃離脱を主として組み立てることになる。
前方にゾンビの一団がいた。数は五体。その中にはスケルトンが混ざっている。
「――――――」
気負うことなく突っ込む。弩弓をインベントリに収納し、腰の鞘から牙刀を引き抜いた。目前には腐乱死体。真一文字に短刀を薙ぐと、呆気ないほどに首が落ちる。迎撃しようとしたのか持ち上がりかけた腕は何も掴むことなくだらりと垂れ下がった。
……ゾンビの方は見た目通りの性能であるらしい。動きは鈍重で脅威足り得ない。むしろこれを潰すために一手費やすことの方が無駄だ。
ならば死体を狙うのでなく、他の敵目当ての攻撃に巻き込む形で倒していく方が効率がいいだろう。
さらに一人。牙刀が屍人の胸を貫く。その隙を狙ったのか、横合いから骸骨が錆びた鉄剣を振り下ろした。牙刀から手を離して骨の懐に潜り込み、剣を持つ腕に絡みつく。そして、
「――――――はっ!」
圧し折った。剣を握った腕の骨ごと奪い取り、そのまますくい上げるように一撃を見舞う。腰骨から上を吹き飛ばし、骨盤から下だけとなった骸骨は乾いた音を立てて崩れ落ちた。
意外なほどに感触が脆い。いつぞやに折った人狼の骨の方がよほど丈夫だった。ファンタジー世界でも骨粗鬆症は深刻であるらしい。
奪い取った剣で残るゾンビの首を刎ねる。背後に迫った一体の胸を後ろ蹴りに吹き飛ばし、奥から駆け寄ってくる虎のゾンビにぶつけてやる。怯む獣と覆いかぶさる死体。それでは動きづらかろう。
空の片手に魔力を集める。そう大した量でもない。収束は一瞬、変換は刹那。掌に出現した氷弾は、飛礫程度の大きさでしかない。
だがそれで充分だ。必要なのは弾速と精度。用いる弾など、指先ほどの大きさがあればいい。
「――――ォ……!」
撃ち放った氷弾は二体の死体を貫き、それぞれの心臓と脳を破壊した。
……そろそろ頃合いか。これ以上粘っては骸骨が集まってくる。そうなる前に一度離脱しなければ。
こちらの強みはあちらを凌駕する機動力だ。敵が集合する前に退散し、急な動きについて来れずに孤立した獲物を叩く。ひとところに留まるべきではない。
要は狼の狩りと同じ。それを少々荒っぽくしたものに過ぎない。こうやって外周から少しずつ敵の数を減らしていけば――
迫る殺気。背筋に悪寒が走った。
「な……っ!?」
上空を見上げる。粉雪のちらつく曇天の中に、こちらめがけて高々と跳躍する骸骨の姿があった。
エルフの鎧に身を包んだ骨だ。盾を投げ捨てたのか、片手剣を両手に握り大上段に振り上げている。カタカタと関節を鳴らしながら、骸骨は落下の勢いを乗せて力任せに剣を振り下ろした。
「――――!」
手に残っていた鉄剣を振り上げて迎撃する。……大丈夫。見た目は派手だが重みのない剣だ。枯れ枝のような骨から繰り出される剣戟など、一合で弾き飛ばせる代物。逆にその頭を刈り取ってみせよう。
その認識の通り、俺の持つ鉄剣は容易くエルフの片手剣を打ち落とし――
違う――――!
衝撃が腕に伝わる。思いもよらぬほど重い一撃。たった一合でこちらの鉄剣が大きく歪んだ。驚愕を内心に抑え込んで押し返す。
地に足を付けた骸骨との鍔迫り合いになった。堂に入った構えと見た目以上の膂力をもって、骸骨がぐいぐいと刀身を押し付けてくる。
なんだ、これは。
明らかに骨の出せる出力を超えている。体捌きも異常の域だ。
以前にも団長に連れられて古戦場でスケルトンとやり合ったことはあるが、あれは慣性に従って振り子のように身体を動かす戦い方しかできない、操り人形のような存在だった。
だがこれはどうだ。地面を踏みしめ反発を利用し、腰の捻りから剣速を増す。術理にのっとった理屈ばった剣。筋肉や腱がなければ実現しえない動きを、この骸骨はなしている。
いったいどうやって。いや、エルフの剣術は骨になっても有効だというのか。
魔力の流れを見極める。骸骨を薄く皮膜のように包む、微弱な魔力が感じ取れた。その流れは脈打ち蠢くようで、まるでポンプに水を通したような――――
「そうか、筋肉の代わりに魔力で腱と筋を創ったか……!」
――――カタカタカタ、と。
肯定するように、嘲笑うように骸骨が骨を鳴らした。虚ろな眼窩でこちらを見据え、馬鹿みたいに大きく口を開けて、ガチガチと牙を噛み合わせる。
――そう、獣のような乱杭歯を。
「――――エルフじゃ、ない」
エルフの鎧をまとい、剣を握って熟練の戦士のごとく振舞う骸骨とは?
牙は鋭く、爪は長く、頭骨側面には尖った跡。鉄をたわめる腕力を誇り、狂暴に戦場を荒れ狂う。
――酷い冗談だ。死体が見えない、なんて当然のこと。
死霊術師が操ったというドラゴンの骨。そいつは姿を変えて数を増し、目の前に存在したのだ。同じ骨同士、きっとエルフの死体と融合するなどたやすかっただろう。
こいつを何と称するかなど、俺には唯一しか思いつかない。ハリーハウゼンの映画での合成技術はオーパーツじみていたっけか。
竜の骨を組み込んだ人形兵士。ギリシャ神話において、カドモス王が引き連れた『播かれしものたち』。
「竜牙兵――――!」




