どこまでが依頼内容なのか
「どうしたもんかねぇ……」
「うわあ……」
「グゥ……」
墓を前にした丘に腹這いになり、二人と一頭で頭を抱えた。
あちらから見て、丘の影となるこの位置は死角となるはず。そう長くは誤魔化せないだろうが、束の間に観察する程度なら十分だ。
墓陵周辺は、アンデッドの坩堝と化していた。
古びた鎧を着こんだスケルトン。毛皮の鎧の隙間から腐肉を垂れ落とす人型ゾンビ。頬肉が全て削げて牙が剥き出しになった雪熊の死体。
その他もろもろ種類あまたの屍が、あーうーかたかた言いながら石造りの塚周辺を徘徊しているのだ。軽くホラーを通り越して盆踊りである。
「……これ、明らかに封印が解けてるじゃない」
エルモが顔を引き攣らせて言った。明らかに腰が引けていて、何かあれば一目散に逃げようとしているのがよくわかる。実際、その判断は正しい。
「やっぱりそう見えるか?」
「そうとしか見えないわよ。この状況じゃ中を見るわけにもいかないし、もうこれで依頼は達成でいいじゃない?」
「とは言ってもな……」
改めて陵墓を眺めてみる。目に魔力を集中させ、感度を上げるイメージ。地脈を通る魔力やら、生き物が発散する魔力が見て取れる。アンデッドですら澱んではいるものの、保有している魔力は読み取れる。
だがあの石塚はどうだ。まるでそこだけ消しゴムで綺麗に消し去ったように、魔力の色が見当たらない。
――陵墓の内部は、見事に外部から遮断されているように見える。
……封印は本当に破られているのか? 何か他の要因がこの状況を作っているのではないのか?
「――――駄目だ」
まるで判断がつかない。遠目からでは、封印が機能しているのにアンデッドが生じている、という奇妙な状況しか見て取れない。
これ以上は、近づいて観察する必要がある。
「……流石に、わからないものを解からないまま報告するのはまずいだろう」
「ちょっとねえ……」
エルフが呆れた声を上げる。
「仕事に真面目に取り組むのはいいことだけど、命がかかってるんでしょ? これ以上深入りするのはやめましょうよ。この状況で報告を上げただけでも、調査隊は派遣中止になるわ。あとは軍隊がやってくる。彼らに任せたらいいじゃない」
「ドワーフの軍隊が対応しきれない事態だったらどうする?」
「たかだか骨とゾンビじゃない。私達じゃ囲まれるだけだけど、数を揃えてかかれば大した敵じゃないわ」
「そう、ただの骨だ。見た目はな」
「――――?」
見てみろ、と前方を指し示すと、エルモはつられてそちらに視線を向けた。そこには、
「あれは――」
――煌びやかな装飾の片手剣。金色の輝きがいまだ失せぬ豪奢な鎧。盾には大輪の花を模した紋章が精緻に描かれている。背中の矢筒に中身はなく、この数百年で使い切ったと推測できた。
「――律儀なことだ。精鋭の二百人とやら、ゾンビどころか骨になっても墓を守ってるらしいぞ」
古びながらもなお優美さを失わない武具を纏った、元エルフのスケルトンが、かくしゃくと見回っている――
「――――――」
「あれがどれほど精強さを保っているかで、状況が変わってくる」
言葉を失ったエルフに、ゆっくりと言い聞かせる。
「特に魔法の有無に関しては重要案件だ。ドワーフは魔法技能に乏しい。彼らなりに対抗策はあるだろうが、前もって用意できるか否かは大きな違いだ」
ゾンビの状態ですら魔法を操ったというのだ。それが骨に変わったくらいで、技能が失われたと考えるのは危険だろう。
それに、話にあったドラゴンの骨が見当たらないのも気になる。風化して消え去ったのなら万々歳だが、あのエルフ部隊がやられたみたいに、背後の地中から襲われるなんてぞっとしない話だ。
「ひと当てして戦力を測るぞ。簡単に言うと威力偵察ってやつだ」
「――――フン」
声に僅かに混じった緊張を嗅ぎ取ったのか、白狼が軽く鼻を鳴らした。こういう仕草は親父の灰色そっくりだ。なんとも頼もしいことか。
腹這いになっていた身体を起こし、纏わりついた雪を払う。溶けた雪が服にしみ込んで身体を冷やしていた。ここは少々体を動かした方がいいだろう。
「――さてエルモ。得物は弓か? それとも魔法?」
「一応両方よ。どちらかと言えば魔法寄りね」
「じゃ、あとで合図をするから後方から適当に撃ち込んできなさい。精々でかいのをぶち込むといい」
「あんたはどうする気なの?」
「迂回して側面から叩く」
インベントリから先代の防具を取り出して身に着ける。……この防具にもだいぶ慣れてきた。使い勝手はいいんだが――未だに性能がブラックボックスなのはどういうことなのか。着け続けると意識が高揚してくるあたり、実は呪いのアイテムなのかもしれない。
そんな俺の様子を見て、エルフは何がおかしいのか訝しげな表情を浮かべてみせた。
「…………。コーラル、その装備って――」
「これか? もうかれこれ六年も使い込んでる。キラキラして隠密には向いてないんだが、どんなに斬りつけても傷一つつかないくらい丈夫でね。安全第一ってやつだ」
「…………そう、あなたがそれでいいなら、私は何も言わないわ」
何か言いたげだった彼女は、気を取り直したように首を振った。……なんなんだ、一体。
「ウォーセ。お前は基本遊撃だ。折を見て適当に襲い掛かれ。そこのエルフが危なくなったら援護してやりな」
「――――――」
ぱたぱた、と尻尾が動く。白狼は無言でこちらをじっと見つめていた。何かを訴えかけるような瞳。
「……だめ。あれに正面から突っ込むのはお前にはまだ早い。合図したら好きにしていいから、それまで我慢してな」
「ぐぅ」
顎の下をわしわしとくすぐると、狼は喉を鳴らして指を甘噛みしてきた。……納得してくれたらしい。
「…………なんつーか。以心伝心ていうの? 通じ合ってるわね」
「そりゃそうだ。こいつが生まれたときからの付き合いだからな」
「ふぅん」
エルモはどこか不満げに口を尖らせた。据わらせた目が狼の一挙一投足を注視しているあたり、単に羨ましがっているだけだろうが。
「――まあ、とにかく、だ。勝てる戦いに背中を向けるのは傭兵の流儀に反する。それにほら、よく言うだろう?」
額当ての上からフードを被り、インベントリからクロスボウを取り出す。滑車のない、使い慣れた暴大猪の複合軽弩弓(改)だ。
弩弓を担いだ俺は大きく息を吐き、しかつめらしく呟いた。
「『盾を持って帰るか、盾に乗って帰るか』ってな」
「それ、ハスカールじゃなくてスパルタンじゃない」
●
猟師は去った。気配を消し、たまたまエルモが視線を外したときにはもう見えなくなっていた。
狼も身を伏せながら移動をはじめ、彼にとっての好位置につこうと試みている。
エルフはそんな彼らのことをしばし考え、つい先ほど見た奇妙なものに思いを馳せた。
――彼の、あの猟師の身に着けていた銀の篭手、そしてブーツ。そして何よりあの額当て。
装備として優れているから彼は使用しているのだろう。だがあの銀装は、強烈な違和感を彼女に与えていた。
「……あれ、装飾からして男物に見えなかったんだけど……」
答えるものはなく、ただ晩冬の寒空に粉雪が舞った。




