彼の墓へ
皆さんこんにちは。二月もそろそろ終わりに近づき、あと数週間でやってくる春の気配が待ち遠しい今日この頃です。いかがお過ごしでしょうか。
我々は現在、ドワーフの地下王国に残されていた建設記録を頼りに、ロムス雪原を探索しております。目指すは第二紀の大死霊術師ヴェンディルの陵墓。なんでも優れたドワーフの測量技術により、場所自体は簡単に特定できたのだとか。ガルサス翁も要らないところで有能なんだから畜生!
「……なんだってこんな仕事を引き受けたのやら」
「私に聞かないでよ、もう! こんなとこ来るんじゃなかった、森に帰りたい!」
「うるせーこの借金エルフ! 貸した金ぶんは仕事してもらうからな、覚悟しろ!」
「オン!」
なんでこんな目に、と嘆くエルフに怒鳴り返すと、ウォーセが相槌を打つように吼えてみせた。尻尾をぱたぱたと振り回して、いかにも楽しげに見える。
いいよなぁお前は。そのふかふかの毛皮があるから。雪の上で支障なく走り回れる狼の身体を羨むばかりである。
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今回、ガルサス翁から依頼された任務は、ヴェンディルの墓の位置の特定と、現状の確認である。
何しろものが第二紀の遺跡だ。陵墓を監視する役目を負っていた人物は、エルフの大陸撤退とともに姿を消した。つまり第三紀以降、墓の面倒を見てきたものが誰一人いないのである。
下手すればどこぞの墓荒らしに暴かれているかもしれず、そうでなくとも老朽化による倒壊なんてこともありうる。
……倒壊の可能性に関しては、ガルサス翁がドワーフの意地にかけて否定していたが、部外者の俺にとってはどうでもいい話だ。
もちろん、ドワーフの王国としても重要な案件だ。リッチー化しかけた死霊術師が、隣の雪原で野放しになっているのだ。なんとしても状況を把握しておきたいというのが本音だろう。
ドワーフの宝石商は、この報告はウォラン王に上奏され、今の依頼はすぐに公式なものとなるだろうと言った。
「――これは今は儂の私的な依頼じゃがな。約束するとも、数日もしないうちに国王発布のものと差し替えられるじゃろう」
「いち宝石商の約束にしては、随分と大仰ですね」
「ほほっ、元マイスタースミスが掛け合うのじゃ。ウォラン王は決して無視せんわ」
「……正直、断りたい気持ちでいっぱいなのですが」
「それはいかんのう。今のところ事情を熟知しているのはこの場にいる三人のみ。これから国を動かして調査隊を組むにしても、どうしても後手に回る。ならば前もって先遣隊を先んじさせておけば、行政部の尻を叩く効果も期待できる」
お約束の『現場の判断』というやつですか。
前もって既成事実を作っておき、本部は後追いで腰を上げざるを得ない状況に持ち込んでしまうのだとドワーフは言う。
「……本来、独断専行は忌むべきことじゃが、なにせ事が事じゃ。この際仕方あるまい」
「それにしたって、どうして我々が。……知り合いに専門の墓荒らしはいないのですか?」
「おらん! それにおったとしてもそ奴らは全部が全部山岳の民じゃ。雪の上ではまともに動けん」
山の中ならエルフ以上に素早く走り回れると豪語するドワーフだが、山を出ればその特性も失われる。ならばドワーフ自身で行うことにこだわらず、コンパスの長い人種がこの場にいるのだから、彼らに任せた方が早く移動できるだろう、とのお言葉。
実に説得力のある意見だ。
……その『彼ら』というのが、俺たちのことを指しているのでなければ。
「……やはり遠慮させていただきたい。俺たちはただ届け物を預かって来ただけだ。金には困ってないし、引き受けるメリットが――」
「あるぞい、ハスカール」
突然、明かしてもいない俺の所属を口にして、ドワーフはにんまりと笑った。
「――――――」
「おお、驚いて声もないか? じゃがそうたいした推理でもないぞ? 白い狼を連れた猟師風の傭兵の噂は、この地下王国にも届いておる。……トロールを一撃で葬る凄腕だそうだのう?」
「…………五年も前の噂でしょう。そんな不確かなものを根拠に、俺の腕に期待されても困ります」
「不確か云々はどうでもいいのじゃ。重要なのはお主があの村の傭兵であるということ。お主が『鋼角の鹿』である以上、儂の提案にお主は乗らなければならないのじゃ。
ドワーフ製の武器に、興味はおありかな?」
「…………」
今度こそ黙り込んだ俺に、大ドワーフは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「この依頼が成功すれば、地下王国はお主から多大な恩を受けることになる。それこそ、お主らに売る武器の値に便宜を図ろうとするじゃろう。……格安で上質な剣が手に入るのじゃ。
知っとるぞ、――『鉄壁』のイアン。部下に与える装備のためなら、金に糸目を付けぬ男。……その男の部下が、この機会をむざむざと逃すのかのう?」
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「だからって、これはない!」
晩冬のロムス雪原に、エルフの悲鳴が吸い込まれて消えた。
「寒い寒い寒い! どうして南のエルフが北の果てを探検しなきゃならないのよ!? 人選間違えてるわ!」
そしていつぞやのモ○ゾースタイル復活。それだけもこもこになっておきながらなお寒いと申すか。
「……依頼は俺たち二人に出されたんだ。さすがに俺一人だとどうなるかわからんし」
「どうして私までセットにされてるの!? 本来私があんたの護衛対象でしょうが!」
「宝鍵をあのドワーフに届けた時点で契約は終了している。つまり今の俺と小娘の間にあるのは借用書を介した関係なんだが」
「借金返済のために凍死しろって!?」
「傭兵なんてそんなもんだ」
「私は傭兵じゃない!」
「奇遇だな。俺だって最初はただの猟師だった」
往生際の悪いエルフがなおも罵詈雑言を撒き散らした。まともに相手をすると疲れるだけなので、周囲の気配を探りながら歩を進めることにする。
……しかし、小娘の言葉じゃないが、少々寒さがこたえるな。
「ウォーセ、ちょっとこっち」
「グウ?」
先行していた白狼に声をかけて呼び寄せる。首を傾げながら近づいたウォーセの首元に、腕を広げて抱き着いた。
……ううむ、毛先は冷たいが体自体は温かい。あともふもふした感触が心地よい。
突然のスキンシップに狼はやや混乱したようだったが、わしわしと首元を乱暴に撫でると機嫌を直したのか、すぐに尻尾を振って歩き出した。
――抱き着いた俺を背中に乗せたまま。
「ず……ずるい! 一人だけ! そのもふもふ!」
後ろから誰かの喚き声が聞こえてくる。残念ながら内容は支離滅裂で理解できないが、何かに嫉妬していることは聞き取れた。
気にせず先を急ぐとしよう。あーあったかい。
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そして俺たちは、その日の昼すぎにヴェンディルの墓陵に到着した。
ゾンビとスケルトンがひしめいている、その雪原に。




