ドワーフが行き着く先
「――――ふむ。珍しいエルフの客と思ったら、トーンのジジイが寄越した遣いかのう。……しかし、支族長とは! あのエルフも随分出世したもんじゃ」
「はあ……」
小人サイズの椅子にちょこんと座り、作業台の上で例の宝石を矯めつ眇めつ観察する老人の独白に、エルモは気のない相槌を返した。
ドワーフはそんな彼女の反応が気に食わないのか、覗きこんでいたルーペから目を離し、しかめっ面でこちらを見据える。
「……お前さんらは知らんだろうがな。あのジジイはエルフとしてはとんでもないバケモンじゃよ。弓より剣の方が得意なエルフって何じゃ。ドラゴンの頭を真っ二つにするエルフってなんじゃ。そんな脳筋、ドワーフにだっておらんわ」
白髪と皺に覆われた老人だ。頭頂は見事に禿げ上がり、天井から届くランプの光を反射している。顔の所々に浮かんでいるシミと、小鼻に乗せた老眼鏡が特徴的だった。
――――ドワーフの地下王国。そのある宝石商店の書斎にて、俺たちはこのいかにも偏屈そうな老人と相対していた。
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正直、これ以上イメージを壊される前に帰りたい。
それが地下王国へ続く昇降機を下りた際の真っ当な感想である。
何しろ国の中を、まともに歩行した覚えがない。
国中を網羅する通路は要所を除いて全てが動く歩道。子供サイズの手すりに手が届くはずもなく、満員電車で吊り革なしにバランスを保つ技術が要求される。
歩道を利用している一般のドワーフは慣れた様子で、サラリーマンよろしく手すりに寄り掛かりながら新聞を読んだり、どこぞのギャルのごとく手鏡片手に髭をいじって身だしなみを整えたりと、どこかで見たような光景が展開されている。
出会うドワーフも問題だ。かっちりした三つ揃いのスーツを着てポケットから取り出した懐中時計を眺めるドワーフであったり、友人と一緒になって石炭の産出量と今後の経済の関係について大真面目に議論するドワーフであったり、今夜の夕飯は何にしようかしら買い置きのレトルトで済ませちゃいましょうとぼやく女ドワーフであったり。
さっきだって、薄汚い鉱山夫の服装をした男が壁に備え付けられたレバーを弄ったかと思えば、蛇口から飛び出してきたエールをジョッキに注いで美味そうにごくごくと飲み干していた。
なんなんだ、ここは。いつからディール大陸で産業革命が勃発したんだ。
先導してくれている門番代わりのロボット――もとい機械人形の説明によれば、蒸気機関を用いた内政改革は第四紀から始まったのだという。そこからさきはとんとん拍子で、いずれはビッグ○の開発も視野に入っているのだとか。
いや、だからもっと自重をさぁ……
呆れる人間種など相手にせず、彼らの躍進は留まる事を知らない。
地下王国があるのは大陸一の標高を誇るガムド火山。れっきとした活火山であり、その内部に王国をつくるということは、即ち日常のすぐ傍らに煮えたぎったマグマが流れていることを示している。
当然そんな資源を彼らが捨て置くはずがない。というか、それを有効利用するために産業革命が起きたようなものらしい。
滑らかな通路の壁に手を触れれば、その先に『何か』が通っているのか、奇妙な振動と体温以上の熱が伝わってくる。……つまりは、そういうことなのだろう。
工夫をせずともダイレクトに得られる強力な地熱エネルギーが彼らの豊かさの根源だ。
彼らは王国外周を流れるマグマを汲み取って炉を焚いて鉄を打つ。近年は蒸気機関の発達で相槌すらオートマティックだ。
自然、生産は機械化効率化され、量産剣を鍛える程度ならスーツを着たドワーフが鼻歌まじりに装置を操作するだけで、自身は指一つ触ることなく日に二十本以上の鋼鉄剣が出来上がる寸法だ。
ドワーフがブルーカラーでなくなって久しい。彼らが鎚を手放すことはあり得ないが、それはあくまで己の技量を磨くため。彼らにとって誰かと取引して金銭を得るためでなく、純粋な信仰にも似た研鑽方法として鍛冶がある。名工の一振りとは、商いでなく求道の果てにあるのだというのが昨今の彼らのスタンスである。
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――そして今、俺たちの眼前にいるガルサス翁は、第四紀の生まれにして宝石の目利きに関して王国一を誇る大ドワーフであるという。
どうしてそんな大物とのコネがエルフにあるんだとか、そんな突っ込みは既に放り投げた。きっと俺たちには計り知れない深遠な事情が潜んでいるのでしょう。
宝石に興味がない狼は、早々に匙を投げて昼寝に移行している。床の絨毯はふかふかで、さぞ寝心地がいいだろう。
「……む。おお、あったぞ!」
突然、ガルサス翁が大きな声を上げた。何か発見があったのか、手に持っていたルーペを放り出し、手元にある羊皮紙に何事か書き込む。軽く書面を確認すると紙を手早く巻き取って小型の筒に入れ、壁の穴に向けて迷いなく放り込んだ。
きゅぽん、と間の抜けた音を立てて筒は穴に吸い込まれ、騒音を上げながら配管を伝って移動していくのがわかる。
「……失礼。まさかそれは、気送管でしょうか?」
「いかにも。第五紀の『客人』による構想を、五十年かけて全国に配備したものがこれじゃ。この配管から出された書類は各区画の集積所に集められ、選別作業ののち適切な宛先に再び発送される。……最近は気送子の選別に磁力を用いるようになって、自動化が進んどる。今送ったのは国営工房の記録院に宛てたものじゃ」
――驚いた。気送管――またの名をエアシューター――が表だって活躍していたのはそれこそ半世紀以上昔の話だ。現代でも病院で検体を運ぶのに使われているが、一般の目に触れる機会は少ない。まさかドワーフの王国で見ることになるとは。
……いやでもスチームパンクだしこれが普通なのだろうか? 自分の常識が信じられなくなってくる。
――と、そこで隣のエルモが脇をつついてきた。怪訝な表情を見るに、どうやら彼女は気送管のことを知らないらしい。
「……ねえコーラル、あの配管って何なの?」
「一度ラブホに行ってみろ。古い宿なら残ってるかもしれんぞ」
「どうしてそんなところに!」
エルモが顔を真っ赤にして怒った。意外に純情な娘だったらしい。
「あーいやいや。そういう話はまたあとにしよう。――それでガルサス翁。今の手紙は?」
「うむ。この宝石なのじゃがな。聞いて驚け。これは我が国で加工した宝鍵じゃ」
また、スケールが無駄に広く……!




