大体洋ゲーオタクのせい
――ドワーフの地下王国。
指輪ファンなら高名なあのモリアやエレボールを想像するだろう。黄金の天井に銀の床、柱は大理石で精緻な彫刻が施され、扉にはルーンがあしらわれて魔力的な守護を誇り、水晶のランプで辺りを眩く照らし、夜を知らぬほどに輝く光景であったとか。
荘厳にして堅牢な要塞のごとき王国。それがドワーフの王国と聞いて思い起こされるイメージだろう。
では翻って、我々の眼前にそびえ立つ牙城は何であろうか。
正体不明な合金と鉄筋コンクリートを組み合わせたような外観。辺りを巡る配管は、中に蒸気でも通しているのかゴウンゴウンとけたたましくスチームハンマー現象を主張する。回転するギアに連動するワイヤーは噛み合う度にぎちぎちと耳障りに囀った。絶えず伸縮を繰り返すシリンダーに、一定のリズムで蒸気を吐き出す金属バルブ。油圧システムに異常はなし。配管の所々に設置されている小さな測定器は、きっと温度と圧力を測るものに違いない。子供の手の届く高さに配置されたパネルには、昨今ロボアニメでも見たことのないレバーがうようよと突き立ち、所々で赤と緑のランプが明滅している。
かの尖塔は地下王国へ至るための昇降機塔。その異様は火山を前にしても揺るがない。
見るがいい、これこそが英知の結晶。科学浪漫は魔法の大陸で結実した。
「スチームパンク……ッ!」
「ぐぅ?」
唖然として思わず叫んだ声に、なんぞそれと言わんばかりに傍らのウォーセが首を傾げてみせた。
あの、世界観間違えてませんかね!?
どうして石油すら見たことのないこの大陸で、こんなぶっ飛んだ代物が建造されるんだ。
もしかしてアレか。ドワーフといっても中つ国じゃなくてタム○エルの方だったか。いい加減訴えられるぞ。
ふと横を見ると、エルモも似たような感想を抱いたのか、引き攣った顔で呟いていた。
「……これ、ほんとに中に入って大丈夫なんでしょうね? 実は中では目を潰して狂暴化した雪エルフが徘徊してたり――」
「はいダウト。それ以上はやめておけ」
大体なんで彼女が半世紀前の洋ゲーなんてものを知っているのか。世代が合わなすぎるだろう。
「――――あ、なるほど。そういうことか」
「…………?」
元は商社のOLなんて自己紹介するものだから、二十代か三十代くらいに見積もっていたが、これは完全な先入観だったようだ。
アバターの容姿は初期設定の際にいくらか変更がきく。つまり彼女はOLといっても年頃なアレという訳でなくお局さま的ぃっでえ!?
「あ、足っ! ゆび……っ!」
「あら失礼。なんだか不穏な思考の気配がしたものだから」
おほほほほ、と澄ました笑い声を上げつつ、エルモは人の爪先を踵でさらに踏みにじった。
「……別に、古いものを知ってるのが年寄りとは限らないだけよ。私は名作はとりあえず何でも試してみるたちなの」
「だからってあんな登山ゲーを――わかった。オーケー。エルモ嬢は年頃の乙女だ。よくよく理解した」
「ふん……」
わかればよろしい、とエルモは鼻を鳴らして塔に対して向き直った。痛む爪先をさすりつつ、俺も塔を視界に納めつつどうしたものかと考え込む。
どうやってドワーフの地下王国に侵入したものか。なにせ門番もインターフォンもない。このまま塔に押し入って適当にパネルをいじるという選択肢は大いに興味をそそられるが、
「……こういうのって、変なレバーを引くと罠が発動するタイプだよな」
「やめてよね。自爆スイッチとか洒落にならないじゃない……」
珍しく意見の一致を見た。……なんというか、足元にある小さな穴とか、壁にあいているスリットとか。何かを噴きつけてきたり突き込んで来たり撃ち込んできたり、そんな挙動をしそうな予感でいっぱいだ。
何か触ってみなければ状況は動かないが、何か間違えればそれが地獄への片道切符になるかもしれない。そんな得体のしれない悪寒が足を竦ませる。
だがいつまでもそうはしていられない。いつまでもここで油を売って野宿するわけにもいかないのだ。
意を決してじりじりとパネルに近寄る。傍目にも無様なへっぴり腰で、何かあったら華麗なるバックステップで回避せんと身構えている。
パネルに配置されたセンサーらしきものの正面には立たない。そこからレーザービームでも出てくると怖いし。
恐る恐る手を伸ばし、いざレバーの一つに指先がふれようとした、その時だ。
レバーが動いた。
「う――――おおお……っ!?」
飛びずさる。恥も外見もなく全力で後方に吹っ飛び、背中から着地してゴロンゴロンと受け身を取った。なんだなんだ何なんだあれ……!?
「ちょっと馬鹿! なんてとこ触ってるのよ!?」
「見てただろ馬鹿エルフ! 何も触ってないだろうが!」
そしてそこの娘と掛け合う痴漢騒ぎみたいな罵声の応酬。お前は遠くの物陰で隠れて見てただけだろうが。身を挺して俺を庇って威嚇の唸り声を上げているうちの子を見習え。
誓ってもいい。俺は何も触っていない。だというのにパネルに生えたレバーがいきなり動き出し、でたらめな順番でランプが激しく点滅しだしたのだ。
ガションガションとレバーが動く。ギヤとコグが噛み合ってキュラキュラと回転し、パネルの脚部や台座が折り畳まれたり展開したり伸縮したりとトランスフォームを繰り広げる。
ひとしきり大騒ぎしたあと、パネルはウィーンがちゃんとわざとらしい効果音を発しながら、俺たちの前にてその動作を停止した。
そして、その姿は最初のものと様変わりしていて――
「――――先○者?」
「だからお前……」
今時の若人なら絶対に知らない単語を口走るこの女は、一体何歳なんでしょう?
いい加減突っ込むのに疲れてきた。
そんな俺を尻目に、元操作パネルのロボットは騒々しい駆動音を立てながらこちらに向き直り、物騒な装填音とともに腕に内蔵された『何か』の銃口をこちらに向け、どこにスピーカーがあるのかピロピロとノイズを発しながらぎこちなく発声して見せたのだ。
「イラッシャイマセ。御用向キヲ御伺イシマス」
「トールキンに謝れ……!」
もうやだこの国。




