恒例のイベントを長々と引っ張るな
芸術都市から西に抜け、丘陵地帯に続く街道にて。
もうすでに夜も更けて、昼間なら絶えず一人は街道を歩く旅人も、この時間はすっかりと鳴りを潜めている。
そんな中に、人目をはばかるように黒い装束に身を包んだ影があった。
数は八つ。旅装というほどの荷物はなく、身軽な風体で歩を進めている。覆面で顔を隠していて、どこの誰なのかは読み取れない。歩くたびに全身からちゃりちゃりと金属音が響き、緊張感に満ちた足取りで西に向かっている。
その殺気だった様子から、彼らがただの商人や旅人であるなどとは決して言えなかった。
「目標は、確かにこの先にいるんだな?」
男の一人が問いかけ、先頭にいる黒ずくめが答えた。
「間違いない。狼を連れた猟師とエルフが、この先で野営するのを夕方に確認している。今頃はどちらかが不寝番に立っている程度だろう」
「エルフは感覚に優れると聞く。人間の方に起きていて貰いたいが」
「――それにしても、依頼人の話は本当なんだな? 猟師を一人殺すだけであの金額に、家臣に取り立てるなどと。……前金を見てもまだ信じられん」
「半島の誇る竜騎士からの依頼だ。達成料金を値切られることもあるまい。召し抱えの話がなくとも貴族との繋がりは出来るのだ。それに、副収入も期待が出来る」
そういった男たちの間で下卑た笑いが広がった。
「あのエルフ、そんなに上玉だったか?」
「中の上といったところだ。正直、田舎者丸出しで夜の方は期待が出来ない。……だが、相当な資産家らしいな」
「一昨日の夕方、宿の受付で荷物をひっくり返して大騒ぎしたそうじゃないか。馬鹿な小娘だ。そんなことをすれば狙ってくれと言ってるようなものだろう」
「世間知らずなエルフにはありがちな話だろ? 奴らの浮世離れっぷりは強烈だしよ」
仲間の中でも若い男の言葉に、男たちは苦笑した。……芸術都市に住むエルフの錬金術師の逸話は周辺の都市にまで広まっている。曰く、素材である火山灰を昼食代わりにしているとか、実験と称して錬金作業を飛び跳ねながらやるとか、錬金は爆発だと叫びながら自宅を吹き飛ばすとか、枚挙に暇がない。
「うまく生け捕りにすれば、奴隷としていい値がつくな」
「なに、殺しても構わんさ。死体をリザードマンに売ればいい」
「王都の魔術師にも売れるだろう? 死体でもエルフの実験体は少ない」
ひとしきり会話に花を咲かせて、男たちは緊張感を和らげる。……この仕事にミスは許されないが、緊張が行き過ぎてもいけない。程よくリラックスして事に当たるべきだった。
そして、
「――よし、段取りの確認に入ろう」
「段取りといっても。……囲んで殺すだけだろう?」
「その通り。全員が配置に着いたら、俺が水のつまった土瓶を投げつけて焚火を消す。奴らが暗闇で混乱しているところで全員が石を投げ込む。うまく頭に当たれば気絶するし、八人がかりで投げ込めば多少はダメージになるだろう」
「そこを囲んで斬り殺す、と。――エルフはどうする?」
「弓は持っていなかった。つまりあのエルフは魔法主体だ。詠唱中に石を当てて邪魔してやれば身動きもとれまい」
「ふむ。――それであの狼はどうする? あれは鼻が利く。誤魔化すのは難しいぞ?」
「忘れたのか? 昨日話し合ってこの粉末を買っただろう。鼻先でこの袋をぶちまけてやれば、狼の魔物なぞ一発だ」
「それは大変だ。ウォーセには近寄らせないようにしよう」
「…………」
「…………」
その場に、痛々しいほどの沈黙が広がった。
首領はぎちぎちとぎこちなく首を動かして周囲を窺う。仲間の数は全部で八人。つまり自分以外は七人いるはずだった。
だったらどうして、今数えなおすと自分以外に八つの影が存在するのか……!
「――――なんだ、気付かなかったのか」
影の一人が言った。そいつは暗闇で目立つ灰色の外套を着こみ、フードを目深に被って表情を隠していた。
その男は他の仲間と同様に身を屈めて体を寄せ合い、いかにも一行の一員ですと言わんばかりに紛れ込んでいる。
……なんて悪夢だ。こんな派手な男に、今の今まで気付かなかったのか……!?
首領が愕然と戦慄していると、男が言った。
「……いやいや失礼。おたくらが腰元から垂れ流してる臭いに、うちの小僧がやたら興奮してね。ちょっと様子を見に来たんだが。
――襲うなら風向きに気を付けることだ。袋の口を密閉していないから、こんな風に台無しにされてしまう」
「ち、散れ……っ!」
首領の叫び声に反応して黒装束たちが散開する。各々の武器を構え、灰色の男を取り囲んだ。
「……今の隙に一人でも殺しておけばよかったものを、この間抜けが。この数を相手に侮ったか」
「待て待て待て。ここはまず穏便な話し合いといこう」
全方から向けられる剣を意に介さずに、男はおどけた調子で言った。
「……俺はこの辺りの地理に詳しくなくてね。ここらの魔物の特性を教えてもらいたいんだが。――ああ、もちろん報酬は支払おう」
「なにを――」
何を言っているのか、と首領が問うと、猟師は肩をすくめてみせた。
「わからないか? ――今なら見逃してやると言ってるんだ。……何しろ殺せば血に釣られて魔物が寄ってくるかもしれない。だからクロスボウも使わずここまで近づいて対話の労をとったんだが」
「こ、の……!」
赤子でもわかる侮辱の言葉。あまりの怒りに眩暈すら覚えるほど。
辺りに充満した殺意に、猟師は深々と溜息をついた。
「……駄目か。まあ別に期待はしちゃいなかったんだが」
青白い閃光が男の手元を照らし、一本の長柄杖が出現する。猟師はそれをくるりと回し、軽く肩に担いで息をつき、
「本当は依頼主のこととかいろいろと聞きたいことがあるんだが、お前たちにも立場があるんだろう。だから、詳しいことは捨て置くことにする。
ああ、殺しはしないから安心するといい。今言ったみたいに、どんな魔物を寄せ付けるかわからんからな」
静かな瞳で睥睨する。
「――――さて、適当にボコってご退場願おう。それと、出来れば有り金全部おいていくといい」
「抜かせ……ッ!」
夜半の街道にて、黒と灰色の影が交錯した。
●
ふーびっくりした。
うーん、今回の交渉は簡単だと僕は思っていた。
だって猟師も竜騎士も同じ半島に住む人間だものね。これからもずっと付き合っていかなければならないのだ。
けれど彼らの意見はほぼ一点に集中している。
猟師は竜騎士に反抗的だから、仲良くする必要はないというもの。それ、ほんとなのかなあ。
今回のこたえは数字の上では「猟師を殺す」が圧倒的だったけど、今回の襲撃に立ち会わなかった多数のサイレントマジョリティを考慮にいれて決定させてもらいます。
「ぐ、う……」
「おっと、まだ起きてたか。――えー、ごほん、『竜騎士は猟師と仲良くしたほうがいい』」
「ぐえぇ……!?」
息の根のある襲撃者に蹴りを一発。なかなか骨のある彼も、さすがにこたえたのか完全に沈黙した。
ひと仕事を終えたので辺りを見回すと、気を失って累々と積み重なる黒装束の男の山が。
「あー、違う違う。元男の山だ」
なにしろことごとくタマを潰してやったしなぁ。……ああ、若い奴が一人いたから加減はしてやったよ。一つは残してやったんだから、きっと子孫は残せるさ。
誰も殺していないし、流血すら避けたのだから上等なものだ。彼らには頑張って人里まで辿り着いてもらいたい。
一番偉そうな男に近寄ってごそごそと懐を探る。――む、財布発見。中身は……しけてるなぁ。
もしやありがちにアジトなんて用意しておいて、資金はそこに溜めこんでいるとか? だったら手も出しようがない。
男の持ち物にあった細紐を取り出して両手両足を縛りあげる。他の連中も同様だ。短剣だの毒薬だのといった物騒なものも取り上げて、用意していた大きめの革袋に放り込んだ。暗器なんてものを仕込んでいると危ないので、衣服は全て切り刻んで打ち捨てる。――うわ、なにこの刺青。
あとに残ったのは下着姿で縛り上げられた、肌色の気色悪い芋虫ばかり。正直見るに堪えません。
「……しかし、暗殺者ねえ」
彼らの持っていた得物をよくよく眺めてみる。……細身の曲刀。まるで中東のシャムシールのような形状をしている。
この大陸の西には砂漠があって、似たような文化をしていると聞くが、まさかそれが……?
「まさかこの大陸、暗殺教団とかないよな……?」
ぞっとしない想像にぶるりと身を震わせた。……ただでさえフードで隠密スタイルなのに、さらにキャラ被りした連中が高みから鷹のごとく飛び下りてくるとか、恐ろしいにもほどがある。
くわばらくわばらと口ずさみ、革袋を担いでエルモと白狼の待つ野営地に引き返す。予定外の臨時収入に、心なしか足取りが軽い。
さあさあ、新年のブラックサンタのお通りだ。悪戯子供は道譲れ。性根の悪い依頼人には、彼らの生き残りがプレゼントだ。精々手ごわい敵に恐れおののくがいい。




