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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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彼の信条

「コーラルは、その……このゲームについてどう思っているの?」


 そんなことを訊かれたのは、夜が更けてどれほど経った頃だろうか。

 部屋の照明は既に消されて、あとは明日に備えて体を休めるだけ。街の喧騒も、眠らない街ハインツといえどいくらかは収まり、睡魔に身を委ねるのに支障がない程度になっている。

 そんな時にかけられた言葉に、俺は不覚にも一瞬言葉を失った。


「――この、ゲームについてか?」

「うん。やたらリアルで理不尽で、その上無駄にプレイ時間の長い、このゲーム」


 暗闇の中で身じろぎする気配。……特に深い意味はないのだろう。彼女の声はいかにも眠たげで、寝起きにはこの会話など忘れていそうなほどだった。


 ……しかし――ふむ、このゲームについて、か。


「どうしてそんなことを? 正直、そんなものは定義次第でいくらでも答えようがあるんだが」

「だって、コーラルはやけにこの世界に馴染んでいるから」

「――――――」


 エルフは言う。彼女が今まで接してきたエルフプレイヤーは、大半がこの世界をゲームの産物として認識していたと。

 商取引をして、たまに一緒に狩りをして、魔法の訓練をしてもらい、頼まれごとを引き受けて報酬を受け取る。

 一見それは普段俺がやっていることとさほど変わらないものに見える。だがよくよく見ればまるで違うのだとエルモは言った。


「心が伴ってないの。他のプレイヤーは、ここのNPCを自分と対等にみてない。彼らは与えられたプログラムに従い、決まった反応を返すだけのAI。それが複雑になっただけの、所詮はただの電気信号の塊だって。

 でもコーラルは――あ、ギムリンもそうなんだけど――そんな風に考えてないように見えるの。NPCから距離を取って構えるのでなく、彼らの中に自分の居場所(・・・・・・)を作ってる。

 だって、村をつくるって何? NPCと一緒になって船を造って海に漕ぎ出すって何? 普通そういうのってプレイヤーとやるものでしょ。どうしてNPCの集まりに加わる形でやっていけるの。あくまで主体は彼らですって顔で」

「実際そうだろう? あの村も、傭兵団も、交易だって奴らの考えたものに俺が乗っかったものに過ぎない」

「だからノームさんと一緒に森に来なかったの? あと二十何年かしてプレイ時間が終わって、そのときあの村の人たちが困らないように?」

「代用の効かない人材がいるようじゃ、その組織は欠陥品だ。歯車がいくつか無くなっただけで壊れる代物は意味がない。あくまで後に残るものでなければ」

「残してどうするの? 私たちが次にログインできるのがいつか知ってる? 一週間後よ。一日で八百年経って、一週間で5600年。残るものなんてあるわけないじゃない」

「む? ――ああ、そうか」


 そういえば、彼女はあの事を知らないのだったか。

 まあ、ソース元が得体のしれないカピパラだから、信憑性など知れたものだが。


「――残すも何も。次なんてないんだが」

「え――――?」

「回収騒ぎが起きているそうだ。廃人が数人出て。情報源は不確かなんだが……こんなゲームだ。納得のいく話だろう?」


 だから次なんてない。そうなる前にサーバーが停止される。いま俺たちのログイン状態が継続しているのも、不意の強制シャットアウトが精神にどんな影響を及ぼすかわからないからだろう。……ほら、何しろこんな欠陥ゲームだから。

 そういうと、エルモは唖然とした様子で絶句した。


「……まあ、先代の話によると、入れ込んだ(・・・・・)連中がそうなるらしいから、ある程度距離をとっているその御友人は正しい判断をしているわけだが」

「だったら……」

「ん?」

「だったら、どうしてあんたは入れ込んでるのよ……!」


 ベッドから跳ね起きた彼女は、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

 それにしても……入れ込んでいる、か。


「それはね、区別する必要がないからだよ」

「え――――」

「俺はこの世界を、現実の延長として、区別することなく過ごしている。

 兎の首を落とす感触も、夫を失った妻の慟哭も、あの男の不屈の叫びも。どれもこれも現実にあるものと寸分変わらなかった。――ならば所詮はゲームと侮った眼で見ることはない。

 現実と仮想現実。これは一見まるきり違うもののように見える。だが俺たちが依って立つ現実ですら、不確かなものであることは忘れてはならない。自らの根幹となる記憶ですら捏造が可能なこの近未来だ。その違いなど些細なこと。この世界が真であるか否かなど、論じることすら馬鹿馬鹿しいとも思ったんだよ」

「ゲームと現実は違うわ。実体の有無は大きな差よ。だって、プレイ時間が終わったって、私たちの手には何も残ってないじゃない」


 納得がいかない様子でエルフは言った。声は硬く、眠気を吹き飛ばしてしまったことを悪く思う。

 ……しかし、何も残らない?


「――それはある面では正しい。俺たちがこのゲームを始めて六年が経ったが、現実ではたった三十分しか経過していない。そしてその間、自宅のベッドで寝っ転がっている俺たちは何も生み出さないばかりか、脳を働かせて糖分やエネルギーを消費し、傍らの筐体は冷蔵庫並みに電力をがぶ飲みしている。家計的に見ればこれほど非生産的な行為はないだろう。金曜午後九時半現在の俺たちは、何も価値を生み出していない。

 ――だが、それが無意味とは思わない」


 胡蝶の夢、邯鄲の枕。言い方は色々ある。捉え方は様々だ。だが外面だけでなく、その故事をよく読んでみるといい。話の中の彼らは、その夢を無意味なものと切り捨てただろうか。それを嘆くだけで終わっただろうか。

 ある道士は自らの主観について悟り、ある男は栄誉栄華がいかほどかを思い知った。すなわち、価値は生まずとも何かを得たのだ。


「物じゃない。価値じゃない。ここでそんなものは得られない。――だが心に残るものはあるだろう。胸を打つ何かは得られるだろう。明日へと向かう糧となるだろう。それを斜に構えて鼻で笑うのは、そもそも人生の歩き方を間違えている」

「――――――」


 現実でもそうだ。金を稼いで名声を得て、五千年後に何が残る? 金も記録も国も血筋も、全てが擦り切れて消え果てているのではないか。そんな中で何かを残すなら、結局自分の中に依るしかないだろう。

 ――人間五十年、下天の内と比ぶれば、夢幻のごとくなり。

 この世界を所詮は泡沫と笑うなら、自らの人生すらそう(・・)であると返ってくる、その滑稽さを嘲るがいい。


 ……ああ、結局先代の忠告は、無駄になってしまったようだ。


「……まあ、距離を取っているプレイヤーも悪くない。たかだか就寝前三時間の出来事だ。そういう生き方もありだろう。

 だが、この三十年に意味を見出したいなら、ここの住人と真摯に向き合うことだ」

「別れの時は、どうするの? 耐えられなくて心を壊した人がいるんでしょう?」

「その時はその時だ。人生なんて別れの連続だ。いつか来る別離だったと割り切るべきだし、出来なければ――引き摺ればいい。それもまた人生だ」

「無責任ね」

「悔いの残る別れなんていくらでもしている。さよならが言えなかった相手など、十や二十ではきかないくらい。きられた期限がわかる分、この世界はまだ有情だ」

「身辺整理を進めておけって?」

「好きに生きればいい。どんな結果も、自分に返ってくることを理解しているなら」


 そういって、俺は今度こそ床に丸くなった。喋り疲れたせいか、あっという間に睡魔が襲ってくる。

 眠り際にエルフが何事か言っていた気がしたが、聞き取る前に俺の意識は暗闇に包まれた。

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