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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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田舎者の末路

「――――――と、思ってたんだがな……」

「…………」


 思わず零れる深々とした溜息。鈍い頭痛を覚えてこめかみを押さえる。目の前には正座したエルフが縋るような目でこちらを見つめてきている。

 あのエスキモーみたいなもこもこの格好は随分と薄くなっている。あの半島を出てしまえば、年末といえど大陸の冬はそれほど過酷ではない。

 ここは芸術都市にあるとある宿の一角。受付にて宿泊の手続きを取り、いざ自室に向かおうとしていたとき。既に日は暮れたが、ハインツの喧騒は衰えることを知らず、街灯の光が街中を煌々と照らしている。

 と、言うのに。

 通りがかる誰もが振り返るほどの異様な雰囲気。息のつまる重々しい沈黙の果てに、彼女は絞り出すようにその言葉を吐いた。


「…………お金貸してください」

「阿呆かお前はっ!」

「てへっ」

「おどけても駄目! 俺は言ったよな? 無駄遣いするなって! あれから何日経った? 二日だぞ二日。昨日の夕方に城門で分かれて今ここでたったの二十四時間! たったそれだけでどうやったら素寒貧になれるんだ!?」


 笑いをとって誤魔化そうとするエルフに魂の突っ込み。……ついこの間、こいつ自身が自分の吝嗇っぷりを自慢していたっていうのに!


「やー。六年ぶりの都会となると、ちょぉっとタガが外れちゃったっていうか」

「こんなもん日本のビル群と比べたらちゃちなもんだろ」

「そういうのじゃなくて。なんて言うの? 都市ぐるみでお祭りでもやってるような雰囲気に当てられたっていうか」

「お前は修学旅行でのぼせて木刀だの羽織だのを買って帰る中学生か」

「そんなことないヨ? ちゃんとした実用品を買ってるし!」


 ……ほう、それは本当に?


 目を泳がせて弁解するエルモに、疑念の視線はさらに強まる。


「……参考までに。何を買ったのか教えてもらおうか」

「…………」

「言えっ、早く」

「た、たとえばこの天鵞絨生地とか」

「騎士団領で買え。つーかノームがはるかに安く仕入れてるわ」

「絵具に使うこの各種鉱物とか」

「俺たちこれからどこに向かうんだ? 石関連なら地下王国で買え」

「茶葉が今なら半値で売ってくれるって」

「だからこれから西の産地を横切るんだろうが。途中でいくらでも買えるだろ。それにこれ明らかに半値じゃねえ」

「ほらこの魔道具! 自動で芋の皮を剥いてくれるってボブさんが実演してくれて――」

「ええいこの通販馬鹿! んなもんぼったくりに決まってるだろうが! そのうちねずみ講に引っかかるぞ!?」


 真鍮でできたランプみたいな形をした魔道具を掻っ攫うと、魔道具はウィンウィン言いながら内部の皿を回転させ始める。それはもう力強い高速回転で、皮を剥くという機能にあっていると思えない。セットした芋の中身まで削れるんじゃないか。

 それにボブさんって誰だ。そんな無駄にアメリカンな名前の人物なんて聞いたことがない。


 旬を外している食材が三種類。この都市が特産という訳でもない土産物が数個。得体のしれない魔道具が、なんと十種類以上!

 内部に水を溜めて時間になったら中の香の火を消してくれる香炉だとか、座る際に敷いたら尻のツボを押してくれる座布団だとか、設定した時間になったらサバ折りを仕掛けてくるベルトとか。列挙すればきりがない。

 どれもこれもが街角のしょっぱい発明家が作り上げたようなものばかり。


 ……こんなもののために、日本円にして一千万円近くの財産をふいにしたのか……。


 ――驚いたことに、エルモは森林から持ってきた特産物をほとんど売り払い、値も定かでないものに散財して身を持ち崩していた。

 どれもこれも質や機能が本人の主張する額と一致しているように見えない。特に全自動芋剥き機とかどんな需要があるんだ。

 明らかなぼったくり。ひょこひょこと挙動不審でうろつき回る田舎者丸出しなエルフの様子を見て、悪徳業者がこれはいい鴨だぜと辣腕をふるったに違いない。

 日本と違い、この大陸では値切り交渉が常識である。客と商人が目当てのもののためにしのぎを削り、交渉そのものも楽しみとするのだ。商人の紹介に従ってホイホイと言い値で買っていたら、侮られるに決まっている。

 エルフの森がどんなユートピアだったか知らないが、誰も彼もが適正価値を弁えた商売をする、行儀のいい土地だったのだろう。帰ったらノームに教えてやらなければなるまい。――あいつらいいカモだぜ、と。


「……とにかく、今夜宿に泊まるお金が無くなっちゃって」

「朝のうちに延長料金を払わなかったのか?」

「せっかくだし他の宿にも泊まってみたかったの!」

「逆ギレしてんじゃねえ!」


 さも当然のように声を荒げるスイーツに怒鳴りつける。……いかん、頭に血が上り過ぎてくらくらしてきた。


「今夜だけ! 今夜だけだから! 明日働いて返すから!」

「稼ぐ当てはあるのか? 言っとくがこの都市、余所者が日雇いで金を溜めるにはコネがいるぞ」

「ぐっ……」


 ほれ、言葉に詰まった。

 黙り込んだエルフを尻目に、ズキズキと痛みを発し始めたこめかみを押さえる。そのうち胃壁に穴が開くんじゃなかろうか。


 ……あー、くそ。仕方がない。これも仕事だ。


「金は貸さん。お前に渡したら何に使われるかわかったもんじゃない。こっちだってそんなに余裕はないんだ。――だから、今夜は俺の部屋で寝るといい」

「見返りに何を要求する気っ!?」

「借金だこの馬鹿! 必ず取り立てるから証書にサインしておけ!」



   ●



 案内された部屋に入り、ぶーたれる小娘をベッドに放り込んで、自分は床に寝転がる。……少しごつごつして寝づらいが、半島の雪の上で一夜を過ごすよりはましだ。灰色の外套を敷くと、寝心地は我慢できるレベルに収まった。

 見計らったようにウォーセが傍らに寝そべって来たので、暖を取るために身を寄せる。せわしない鼓動が背中越しに伝わってきた。


 ……さっさと寝よう。環境が悪い分、時間で補わなければ割に合わない。そう思って身体を弛緩させると、外套に当てた頬にべったりとした感触が。


「……おい、ウォーセ」

「ぐぅ?」


 返ってくるきょとんとした唸り声。……あー、お前これ自分が何やったか理解してないだろ。


「……俺の外套に噛み付くのはやめなさい。こんな風に寝具代わりにすることだってあるんだから」

「がうっ」

「でえいっ、言ってる傍から噛むな! 最近高い金出してノームから買ったやつなんだぞ。雪に紛れやすいからって」

「ぐぅうううう」

「あー、あー、あー! 引っ張るな齧るな穴をあけるな! 毛布が手放せないとかお前はどこのラ○ナスだ」


 聞き分けのない小僧の口元から外套を取り返そうとぐいぐい引っ張る。狼も負けじと外套に食らいつき放そうとしない。尻尾をぱたぱたと勢いよく振り回しているところから、遊んでいる気分なのか。

 そういえばこの外套を初めて着たときから、こいつはやけに興味津々だった。親父の毛並とほとんど同じ色合いだから興味をひかれたのだろう。

 幼少期のしつけを間違えたかもしれない。小僧の悪戯も他愛ないことだからとつい放置していたが、こんなに大きくなっても大人げなく仕掛けてくるとは。


 どうするんだこれ気に入ってたのにと、狼の唾液でべたべたになった外套に頭を抱えていると、


「ぶふっ……!」

「ん……?」


 くぐもった笑い声が聞こえて、その方向に顔を向ける。そこには人様からベッドを借り受けておきながら、臆面もなく寝そべって顔を枕にうずめ、バタバタと足を暴れさせている小娘の姿があった。


「……っ! ……っ、……!」


 声が漏れないよう配慮してくれるのは嬉しいんだがね、笑いすぎじゃありませんかね?


 どこがツボったのか、ひきつけを起こしたように痙攣するエルモに白い視線を送る。彼女はしばらくしてようやく収まったのか、目端に涙をたたえながら身を起こした。


「――――ぐふっ。……あー、ごめんなさい。狼に振り回されてるコーラルが、あんまりにもアレだったから」


 アレって何だ。

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