表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
83/494

人の噂も七十五日

 半島から大陸に接続するには、リザードマンの生息する湿地帯の目と鼻の先を抜ける必要がある。正しくは湿地帯を目前にして建設された大要塞があり、そこを経由することでルフト王国の直轄領へ入国することが可能となるのである。

 本当は近道というやつがあるにはある。なにせ場所は力こぶ半島と呼ばれるコロンビア半島。陸地を身体にたとえて首元に芸術都市があるのだから、わざわざ肩甲骨の部分にある大要塞を経由せずとも、内海の沿岸を辿れば、古詩に謳われるハインツが浜辺にそびえ立つ姿を一望することが可能だろう。


 内海沿岸に生息するグリフォンの群れを排除できれば、の話だが。


 はい撤収。そんなわけでお話は終了です。大人しく大要塞をくぐるルートを通りましょう。

 相手はワイバーンとともにファンタジー世界の空の王者を名乗る大物である。真っ向から押し通るなどお話にならない。聞けば征服王もグリフォンには散々手を焼かされていたらしい。ハインツが現王都でなく古都と化したのも、この魔物の被害が原因なのだとか。


「……とまあ、そういうわけで明日には芸術都市に着くわけだが」

「……なんだか、ものすごく行程を略された感がある……」


 エルフが何事か唸っているが、無視の方向で。

 ここは大要塞から芸術都市を繋ぐ街道の半ばにある、とある宿場町の食堂。人間とエルフと狼が、食卓を囲んで夕飯に舌鼓を打っていた。

 ……簡単に言ってはいるが、この宿を探すのには少々難儀した。何しろ連れているウォーセは五年前とは大違いの大きさに成長していて、幼児くらいなら頭から丸かじりにできそうなほどになっている。最初の五、六軒は受付からして怯えられて話にならず。騒ぎを聞きつけた衛兵まで駆けつけてくる始末。

 白い狼という珍しいもの見たさの群衆に囲まれて身動きもままならず、もうここらあたりでキレても許されるよね、と空腹で苛立つ思考が危険な方向に傾きかけた頃、やってきた衛兵隊長の仲裁で事なきを得たのだった。


 いやあ彼は人格者でしたよ。狼の頭を撫でようとした手を、逆に舐め回されてべたべたにされてもけたけた笑っていたのだから。駆けつけたとき持っていた剣が去り際には消失していたあたり、彼もプレイヤーなのかもしれない。

 今いる宿も彼の紹介によるものだ。かつては鰐の魔物すら宿泊したことがある、というのが売り文句であるらしく、うちの小僧を見せたところ快諾して貰えた。


 恐らくは今後もこういったトラブルは起き続けるのだろう。こいつのおかげで道中の安全は随分と増したが、その代わり頭を抱える事案がひとつ増えてしまった。――まあ最悪、エルフだけ宿に入れて、俺とこいつは外で野宿するという手はあるのだが。

 話題の当人は素知らぬ顔で床に寝そべり、この間殺したオークの肉に牙を突き立てている。お気楽なことで羨ましい。


 ――まあ、それはそれとして。


「……その。コーラル、さんは芸術都市に入ったことがあるの?」


 歯切れの悪そうな口調でエルモが言った。……距離感を掴みかねている、といったところだろうか。気持ちはわかる。俺も初めて出会う女性プレイヤーとの接し方なぞ見当もつかない。


「去年に一度だけな。俺と爺さんと副長とで船を買い付けに」

「副長?」

「ああ、エルモ嬢は会ってなかったんだったか。――うちの傭兵団の副団長をやってるプレイヤーだよ。最近は荒事より事務仕事のが増えてきたと嘆いてる」


 たしか、ここ最近の決め台詞は、『簿記二級の実力を見せてやる!』だったか。……どんぶり勘定上等な傭兵団で、財務諸表をつくる意義があるかどうかは疑問であるが。


「――いずれ縁があれば会うだろう。次に航路が開くのは来年だ。例の石の鑑定結果はその時に送り返すんだろう?」

「ええ。でも、必ずしも私が送る必要はないの。森への安全な道が開いたと知れば大陸のエルフがハスカールに殺到するはずだから、そのうちの誰かに預ければいいし」


 今から向かう芸術都市にも、郷愁を募らせているエルフは少なからずいると彼女は言った。


「――だから、上手くいけば地下王国で私のお使いはおしまい。石を送り戻すために繫ぎだけとれば、後は自由にして構わないって」


 そこまで言ったところで、宿の給仕が追加のスープを注ぎにやってきた。エルフはすかさず手を挙げて給仕を呼び、彼女のエプロンに硬貨を滑り込ませておかわりを要求する。

 ……これでもう三杯目だ。こいつはこんな安宿の食事で破産する気か。


「いいのよ。まだ財産には余裕があるし」


 俺の視線に気づいたエルフが言った。彼女のインベントリにはエルフの森の特産品が山と唸っている。ノームの見立てでは、全て売り払えば十年は慎ましい生活を続けられるほどだという。

 けどなあ……。


「売り時を間違えるな、とノームが言ってただろう? 王都や港湾都市で売れば、下手すれば倍も売値が変わると」

「そうは言うけど――」

「む――ちょっと待った」


 なおも言いつのろうとするエルモを押しとどめて耳を澄ませる。今雑踏の中に、気になる単語が混じっていた気がする。――半島のドラゴン、とかなんとか。

 夕食時で混雑する食堂で喧騒を聞きわけるのは骨だったが、なんとかして旅人二人の会話を聞きとめることが出来た。

 そして――


「――――すると、やっぱりその一人娘が辺境伯を継ぐのか?」

「当然そうに決まってるだろう。なにせあのドラゴンが山を下りたのは初代辺境伯様が亡くなられて以来だ。これがどういう意味か、騎士団領出身のお前にはわからねえだろうな」

「わからねえなあ。たかだかドラゴンじゃないか。多少歳食ったドラゴンが生まれたばかりの赤ん坊と契約したからって、何が変わるんだ?」

「お前よくそれで芸術都市で商売しようって気になったな。――初代辺境伯様は表向きは王朝の臣下ってことになってるが、あの征服王とほとんど対等の関係だったって話は有名だろう? そして初代様の赤竜は大陸中でも屈指の実力を誇る古龍だ。それに認められたってことは……そのお姫様は、もしかしたら征服王に匹敵する大英雄の資質を持っているってことじゃないか」

「お姫様が新しく王国をつくるってのか?」

「おいおい滅多なこと言うなよ! ……きっと王都の方だって気にするに決まってるさ。お姫様が三つになる頃には、貴族たちの婚約の申し込みが殺到するぜ。王子殿下は今七歳だそうだが、殿下と許婚って線も十分ありうる」

「そいつは大変だ! ここ数十年で一番でかい縁談じゃねえか!」


「――――――へえ……」


 誰にあてるでもなく相槌を打つ。……そうか、半島でそんなことが。

 要するに、辺境伯に女児が生まれ、半島で最も権威のあるドラゴンがその赤ん坊と契約した、と。すなわち十数年後には歴代屈指の実力を誇る竜騎士が生まれるだろう、と。

 どうやら俺たちは入れ違いで重要なイベントを見逃してしまったらしい。結構なペースで進んできたつもりだったが、あっという間に噂に追いつかれてしまった。ゴシップというやつは、ときに弾より速く地を駆ける。

 そろそろ新年も近いというのに、年末に厄介ごとが立て込むのはどこも同じか。

 ――しかし、辺境伯に一人娘か。中世ヨーロッパの世界観、しかも貴族の身分で三十代に長子誕生とは、随分と遅く思える。普通彼の年齢なら子供の成人も視野に入ってくる頃だろうに。

 それともあれだろうか。この世界は回復魔法の存在で、貴族だけは平均寿命が長いとか。


 ――――いや、これ以上の想像は胸糞が悪くなるだけだ。やめておこう。


 なんにせよ、今から半島を離れようとしている俺達には関わりのないことだ。何かあれば団長辺りから詳細を聞けばいいし、問題が起きたとしても、ここからではどうしようもない。

 今は目の前の仕事に集中するべきだ。

 見ると、対面のエルフはきょとんとした表情で俺を見ていた。


「――――ああ、悪い。ちょっと気になる噂が聞こえたものでね。

 もう一度言うが、あまり無駄遣いはするなよ? 金銭感覚の狂った引きこもりの散財は、ときに悲劇をもたらす」

「失礼ね。これでも商社のOLです。リアルに戻ったらおにぎりの値段に頭を抱えるくらいけち臭い生活を送ってるんだから!」


 ぷんすか、といった調子で彼女は胸を張ってみせた。……なるほど。それだけいうなら心配はいらないだろう。食事代に気を使うほどの大の大人が、たかだかいち地方都市をうろついたくらいで身を持ち崩すなんてことはあるまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ