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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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ドワーフの現状と新たな依頼

 ――振り下ろす戦鎚。威力は普段の一割程度。


「ぬおおおおおおおっ!?」


 ドワーフの対応は素人にしては大したものだった。下がってよけるのではなくあえて踏み込むあたりいい度胸をしている。間合いを詰めて鎚の威力を殺し、頭上に交差させた腕で柄を受け止めてみせた。


「小僧! 貴様何をしよるかー!?」

「それはこっちの台詞だジジイ!」


 悲鳴を上げる爺さんに負けじと声を張り上げる。片手で戦鎚をぐいぐいと押し込みつつ、もう片手でインベントリを展開する。

 そこに現れたのは一丁のクロスボウだった。



鋼鉄の滑車式クロスボウ(壊)  品質:C 耐久:-

攻撃値:-

リムに板バネを用い、張力を劇的に向上させた重弩弓。

弦には麻とトロールの腱を束ねたものが使用されている。

人間が携行し得る中でも大型弩弓に位置し、狩猟に用いるのは不適当である。

滑車を用いて効率的に弦を引くことが可能であり、威力は通常のものと一線を画す。

弦を引くために必要とされる力も相応のものであり、備え付けのレバーを使用して初めて装填が可能となる。

板バネや滑車を用いる構造上、摩耗しやすくこまめな整備が不可欠であり、使用者は部品と整備用具の携帯が必要となる。

現在、滑車部分が破損し使用不可能。



「――一発撃ったら変な音がして、二発撃ったらぶっ壊れたぞ! 偃月刀がなければどうなってたことか! ――こんな欠陥品よくも持たせたな!?」

「初めて作ったんじゃから不具合は仕方ないじゃろ! 大体板バネだって昔ウィキったのをうろ覚えで作ったもんじゃし!? 滑車なんてJIS規格もないこんな大陸でまともなもん作れるわけなかろうが!」

「おのれ言いやがったな!」


 儂悪くないもんとのたまう爺さんとぎゃあぎゃあ喚き合う。……やっぱり武器に複雑な構造はいらない。単純な斧や鎚こそが至高だと悟った。


「いやそれは貴様の趣味がおかしいだけじゃろ! 見た目はほそっこいのに何なんじゃその蛮族スタイルは!? それでも猟師か!?」

「蛮族じゃありませんー! 軟弱ドワーフの代わりに力仕事を担ってるだけですぅー!」

「おのれ人が気にしとることを……ッ!」


 ぎりぎりと歯ぎしりするドワーフ。大人しく鍛冶に専念していればいいものを色々なものに浮気するものだから、こいつは本来力仕事な鍛冶師の割に筋力が低いのだ。


「あの……」

「大体このクロスボウだって、あんたが鍛冶屋からの卒業課題で何か作りたいからっていうから提案したもんだろうが!」

「じゃーかーらー! これはあくまで試作! 本番はまだ先! 次はもっとましなもん作ってやればいいんじゃろ!?」

「ちょっと……」

「ほんとだな!? 次に滑車のトラブルがあったら今度こそ脳天砕くからな!?」

「なんで貴様はいつもいつもそう物騒な発想に行き着くんじゃ!? もう儂レベル10超えて復活できないんですけど!?」

「だから……!」

「あ、それはおめでとう」

「ふむ、ようやく初心者脱却じゃ」

「よろしい。だったら爺さんの脱初心者を祝して!」

「「かんぱーい!」」


「もう! なんなの、あんたたちは……!」

「あ?」

「むう?」


 突然響いた大声に、爺さんと交わしていたジョッキを止めて周囲を見やる。


 ――ここは夜の酒場。勤めを終えた村人や傭兵たちが、日々の疲れを癒すために酒杯を呷る公共の場である。

 そして今夜は交易の成功を祝う盛大な宴会のまっさなか。酒場どころか中央広場にいたるまで露店が立ち並び、ちょっと見たこともないことになっている。

 悪臭のない宴会ということで悪酔いする村人が多発し、ハスカールは飲めや歌えやの大騒ぎの坩堝となっていた。

 ――はずなのだが。

 酒場に憩う酔客たちは、凍り付いた様子で俺と爺さんの様子を注視していた。


 ……これは、ちょっと目立ちすぎたか。


「……ふむ、いかんな小僧。こやつら儂らの極めて専門的な議論に置いてけぼりを食らっとる」

「俺も射撃のプロフェッショナルとしての知見が、場末の酒場でやるには高度過ぎたんじゃないかなーと思っていた」

「あんたたちは……!」


 爺さんと顔を寄せてぼそぼそと相談していると、再びその女から罵声を浴びせられた。

 声のする方を向き直ると、そこには、


「……これはこれはモ○ゾー氏」

「愛知万博は一世紀近く前に終わっとるぞい」

「…………っ」


 全身を毛皮で覆い、体積を数倍に増やしたもこもこのエルフの姿が。


「仕方がないでしょっ! この半島、半端なく寒いんだから!」

「否定はしない。けどそこまで重ね着した人間を見たことがない」


 気持ちはよくわかる。俺もこの地で初めて迎えた冬はとても寒かった覚えがある。南方のエルフからするならなおさらだろう。ましてや今は冬本番を迎えようという12月。言ってしまえば、沖縄人が冬の真っただ中にシベリア旅行するようなものだ。まず耐えられまい。

 けれどそのために厚着をしまくっている人間を見て、おかしくないかと言われればそれは別問題で、早い話が大いに笑わせていただきたい。

 酔いが回ってただでさえタガが外れかかっている俺とギムリンは、真っ赤になって喚く彼女の格好に背中を押される形で爆笑の海に沈んだ。


「く、くくひひひひひっ……!」

「ぐふっ、ふふふふふひっ……!」


 あーいかん。しゃっくりと合わさって変な魔族みたいな笑いになってる。エルモ嬢から向けられる視線が、あっという間に冷え込んでいくのが肌で感じられた。


 ……いやいやちょっと待った。ふひっ、すぐにちゃんとするから、しっ、しばらく待ってなさい。



   ●



「――護衛の依頼?」

「その通りだ」


 宴もたけなわというところで、代理補佐が酒場に顔を見せた。いつも通りの神経質な仏頂面は、この祝いの席だというのにこゆるぎもしない。

 クラウスは肴の並ぶ食卓に座り、自分は茶の入ったジョッキを手にして、こんな時に仕事の話を振ってきた。


「……せっかくの席なんだ。あとにしてくれないか?」

「悪いがそうもいかない。なにしろ護衛対象は明日の朝には発ってしまうのでな」

「明日ぁ?」


 思わず傍らのエルモに視線を向ける。……この小娘以外に、明日村を出る人間がいただろうか。


「……そう、その彼女だ。彼女がドワーフの地下王国に安全に着くよう、道中の護衛が依頼された。依頼人はノーミエック。――なんでも、今後のためにエルフたちと友好的な関係を築くきっかけを作りたい、と」

「アフターサービスの域を越えてないか? そんなんじゃあいつ、そのうち詐欺られて首を吊るぞ」

「初めて確立された交易手段だ。相手に好印象を与えたいというのは道理だろう。――それにあの男、彼女の一人旅を心配するハンナ女史に請け合ったらしい。……腕利きの護衛を付けるから、と」

「……相変わらずあの男は未亡人に弱いのう。さっさと告って一発やれば済む話じゃろうに」


 ……爺さん。あんた恋愛婚だったって自慢してたよな? 告白するの大学の卒業間際だったとも。


 出来もしない暴論をぶつドワーフに白い目を送る。ギムリンは明後日の方角を向いて下手な口笛を吹き始めた。

 気を取り直して代理補佐に向き直る。


「……話は分かったが、どうして俺なんだ? 手の空いている傭兵はいるだろう?」

「腕利きを付ける、との契約だ。団長と副長はワイバーンを狩りに、新人研修も兼ねて北に出ている。イェルドは残った団員を連れて訓練の予定がある。チューニは見回りの担当だし、そもそも彼は人を纏めるのがうまいが単独での戦闘力に劣る」


 代理補佐が団員の主だった名前を指折り数え上げていく。……五年前に生き残った連中は、大抵が班長や分隊長と人を率いる身分になっている。気安く動き回れなくなってしまったし、今回の任務は大人数で行いたくないのだとも。


「――つまり、団内での実力が上から数えた方が早く、単独での戦闘に実績があり、かつ現在身軽に動ける人材が貴様しかいないのだ」

「俺だって狼たちの相手をしてるんですけど」

「あれはただの馴れ合いだ。統率ではない」

「――――――」


 言ってくれるじゃないか! あいつらとのかくれんぼだって年々難易度が増してるんだぞ! 穴掘って土遁もどきに潜っても気づかれるくらいに!


 色々と抗議したいところだが、言葉にしたら間違いなく藪蛇なので口をつぐむことにする。

 黙り込んだ俺に、代理補佐は畳み掛けるように言葉を重ねる。


「そもそも貴様がいい加減に部下を育てないのが悪い。このままではいつまでも便利使いされる斥候役で終わるぞ。これに懲りたら帰ってからは人の上に立つ素養を磨くことだ」

「…………ピーターの法則――」

「なんだ、それは?」

「いえ、なんでもないです」


 正論を混ぜっ返しで茶化そうとした俺が悪かった。ええそうですとも。これは俺の怠慢が招いた因果応報ですとも。


「出発は明日の明け方だ。今夜はよく寝て英気を養っておけ」

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