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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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商人ノーミエックとエルフを巡る航海

 現在ハスカールに商会を構えるノーミエックが初めてこの村に来たのは、あのスタンピードが終息した年の晩秋の頃だった。

 当時のあの男は一介の行商人から身を立てたばかりで、これから自分の城となる商会をどこかに開き、地方に根付いた商売を行おうと土地を吟味しているところだった。

 そんなところで耳にした新興村ハスカールの噂は、物は試しと彼の足を向かわせるのに十分なものだったという。

 なにせこの半島で初となる、傭兵による出稼ぎと、それから得られる魔物素材の売買によって外貨を得よう、という村である。戦国時代なら忍び働きを売る伊賀忍がそれに近いが、完全なる傭兵稼業なあちらと違って、こちらにはれっきとした売り物がある。食指を動かされるのも無理はない。


 最初に彼と出会って取引をしてみて、特にこれといった感想は生まれなかった。当時の村は復興が終わってようやく本格的に出稼ぎを始めたばかりで、名前もさほど売れていなかった。だから様子見に来る商人にも本腰を入れて村に入れ込もうという酔狂者はいなかったし、彼もその類だと思っていたのだ。

 だが様相が変わったのは彼が三度目に来訪した時のこと。


 その時、それまで商売にのみ邁進していたノーミエックは、初恋を知った。


 お相手はみなさんご存知のハンナ女史である。当時の彼女は夫を失ったばかりで、残った一人娘を抱えて気が塞ぎがちだった。見かねた酒場の主人が酒場の給仕として雇おうと声をかけた。賑やかな酒場で働けば、気も紛らわせられるのではないか、と。

 村人もそのあたりは承知していて、客は彼女に親しげに声をかけるが極端なセクハラはせず、暖かな職場の雰囲気にほだされて、次第に彼女の顔にも笑顔が戻ってきたところだった。


 そんな折、酒場の扉を開け放ち、一人の余所者が侵入してきた。彼は村の酒場を、新興とは言え所詮は片田舎の酒場だと言わんばかりの視線で睥睨し、片隅の食卓に座って給仕を催促した。


「ご注文をどうぞ」

「スープとパンを一人前」

「キャベツとじゃがいもと干し肉が入ったスープです。領都から胡椒を仕入れることができて……身内びいきですが、なかなか美味しいですよ」

「ええ、ですのでそれを」

「付け合わせに干し魚の酢の物はいかがでしょう? いつも同じ組み合わせでは飽きるでしょう?」

「――――――」


 しつこいななんでそんなお節介を焼いてくるんだと、商人は初めて給仕に向き直って凍り付いた。止まる時間、赤らむ顔。視線の先には穏やかに微笑む泣き黒子の美女。――傍目から見て、わかりやす過ぎるほどの一目惚れだったという。

 かくして色恋に狂った商人は臆面もなく本拠地をこの村に定めた。半島外から仕入れた食材を酒場に持って行くという言い分で毎日のように入り浸り、それは彼女が役場に勤めるようになるまで続いた。

 立派な公私混同である。


 そこまでなら特筆することはない、ハンナ女史はこの村のマドンナ的存在だ。密かに慕う男どもは多い。

 彼がその存在感を大いに示し始めたのは、次の年の初夏祭りからだった。


 例年のように投げ交わされる腐れトマト。間が悪くその日村に滞在していた商人も例外なく標的にされ、瞬く間に黄土色の悪臭放つ不思議物体と化した。

 投げ合いが終わり、村の衆がこぞって海で汚れを洗い流す姿を眺め、彼はふと思いついた。


 ……これ、船旅の魔物除けとして使えるのでは、と。


 今まで思い至らなかった村人を責めることはできない。彼らはその日を生き延びるのに必死で、大船を駆って海原へ交易に飛び出るなどという、いわば博打に出られるほどの余力はなかったのだ。

 新たな村人である傭兵やプレイヤーも同様である。団長は夢見がちでロマンあふれる思考の持ち主だが、武具の値段だの素材の売値だのといった商取引については、その手の話に詳しそうな部下に丸投げする馬鹿。丸投げされるウェンターは事務仕事や取引に忙殺され半泣きで、その上怪我で引退した傭兵に読み書きそろばんを教えて自分の補佐をさせるべく奮闘中。ギムリンの爺さんは我関せずと鍛冶や木工に邁進し、千歯扱きだの猫車だのを開発中。


 ……え、俺? ……俺は、その……あれだ。日々の狩りに忙しかった。うん。そういうわけで。


 そんなこんなで、俺たちは村ぐるみでこの腐れトマトを用いた水棲の魔物除け開発と、同時に大船を用いた交易路の開拓に乗り出すことになった。

 なんでも、大陸で主に流通している魔物除けの香は水に溶けにくく、海の魔物には効きが悪いのだとか。この腐れトマトは上手くいけばいい特産になるとのこと。

 ……どうやら、思わぬところで商機を逃していたらしい。

 だがそれも仕方がないだろう。なにしろ村の外に出たこともない住民ではそんなこと思いもよらないし、プレイヤーだって他に代替品が安価で流通していると聞けば、わざわざこだわって使用するはずもない。

 普段何気なく捨てているごみが実は金の卵だったなど、それこそよくある話である。

 ……まあ、これを売り物にするには、まずこの悪臭をどうにかする必要があるのだが。


 漁師のエトン氏の協力の下、漁船が辿り着きうる限界まで足を延ばし、潰した腐れトマトをひたすら海に投下する。量を間違えて大量に使用した時は、すぐ下にいた魚群を直撃したらしく、犠牲になった魚が白い腹を上にしてぷかぷかと浮かび上がってきたという。ダイナマイト漁か。


 詳細は省くが開発は難航を極めた。単純に煮立てて濃度を高めるだけでは効能が飛んでしまうし、かといってそのまま積んでは過積載で商船にならない。

 薬師の婆様まで巻き込んで試行錯誤を重ねること三年。今年の初春になってようやく試作品が完成し、購入した船に乗せて東辺海に繰り出したのだ。

 ちなみに船の入手方法だが、芸術都市の船大工に依頼して部品ごとにインベントリに保管し、村に戻ってから組み立てるという乱暴な手段をとった。当然うまくいくはずがなく、最終的には船大工の親方に出向してもらい仕上げを依頼する羽目になってしまったが、それはまた別の話だ。


 ――さて、数年がかりのプロジェクトとなった交易路開拓だが、こうしてノーミエックは見事に結果を出してくれたわけだ。

 今後も腐れトマトの効能改善やら、まだ見ぬ東辺海の魔物対策やらと、やるべきことは山積みだが、それでも取っ掛かりは掴めた。今後はこの交易路開拓にかかるコストは劇的に改善される見込みである。

 それはすなわち浮いた予算を他のことにも回す余裕が出来たということで、爺さんが提案している廃坑の整備にも着手が可能となるわけで。


 ――ああそうだ。爺さんといえば、ちょっとだけ用が出来たんだったか。


 ハンナ女史に聞いたところ、火山灰の調査は一日がかりで、明日の夕方には帰ってくるという。つまり宴には当然参加だ。ちゃっかりしやがって。

 あのドワーフも随分村に馴染んだ。ドワーフが人間の村鍛冶の弟子をしている、という光景に奇異の目を向ける村人はもういない。いたとしても、たまにやってくる商人や傭兵への依頼人くらいのものだろう。

 むしろ弊害を被っているのは鍛冶屋の方だ。

 来る客はドワーフを従えている人間を見て、それほどならさぞ鍛冶の腕に熟達しているのだろう、ドワーフの知りえない鍛冶の奥義なんかがあるに違いないと勘違いする。それを聞いて鍛冶屋は否定するのだが、爺さんの方はむしろ煽る側なので客はさらに勘違いする。……あえて下手な鍛冶師を装っているんですね、と。

 肉屋酒屋装飾屋に服飾屋と、色々な店が立ち並ぶようになったハスカールだが、おかげで鍛冶屋は一つも増えていない。誰もが得体のしれない奥義を隠す鍛冶屋を恐れて進出しないのだ。

 そんなわけで鍛冶屋は村長代理の仕事の傍ら、劇的に増大した鍛冶仕事に追われる羽目になったのであった。南無。


 さて、肝心の爺さんへの用件なんだが――

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