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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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五年の月日

 イアン団長の予測通り、あのスタンピードの影響で半島の治安は急激に悪化した。

 ただでさえ噴火による火山灰被害も残っているのだ。それに引き続き魔物が南進し、いくつかの村は復興不可能なほどに壊滅したという。

 所属する村を失った領民はどうすればいいのか。――血縁を頼って他の村に移れるならいい。だがそれすらない者は……まあ、わかりきった話か。

 自殺、身売り、物乞い。――そうやって悲劇が本人のみに留まっているならまだましな方だ。だが得てして人間は自分の不幸を他人になすりつけたがる。

 すなわち、物取り、強盗、恐喝、放火、あるいは殺人。枚挙に暇がない。

 あるものは領都のスラムで犯罪に手を染め、腐敗した衛兵に賄賂を贈って事なきを得るか、できなければあえなく捕り物になって手柄首となる。あるものは山賊を気取って山に籠り、逆に魔物に襲われてはかない命を散らす。腕っぷしに自慢のあるものは傭兵や冒険者に身をやつし、一攫千金を目指すのだが……鍬を持つ代わりに剣を持ったところで、一体何になるというのか。結局山賊と同じく魔物の胃袋に収まるのがオチである。

 領内の歩兵隊はスタンピードのせいでほぼ壊滅状態にあり、いまだ竜騎士偏重の体制では立て直しの予兆すら見えない。

 つまり、この辺境伯領は魔物と無法者の天下と化した。


 傭兵は離散してきた若者に人気の職業だ。なにしろ体一つで始められて、上手く渡り歩けばうちの団長みたいに名声を得られる。拾った角材でもゴブリンは殺せて、一応その日の食事にありつく報酬を得られる。

 だが先がないのだ。

 体はいつか傷つくし、装備だって必ず壊れる。ちまちまと素早いゴブリンを追い回して日が暮れました、なんて報告する戦士に、誰が金と名誉を与えるというのか。夢と希望に溢れていた若者は、現実に打ちのめされるのが宿命だ。

 大きな仕事を請け負うには信用が必要で、信用を積み重ねるには大きな仕事で一山当てたい。まさに卵と鶏のジレンマのごとしである。

 落ちこぼれた若者は食うに困り、ついには依頼人に襲い掛かるようになる。そうなればもうおしまいだ。彼らはただの賊として討伐され、俺たちの懐を温める糧となる。


「……それが今の半島だよ。――ふん、まるで絵に描いたような世紀末だろう?」


 村に向かう道中、南方からはるばるやってきたエルフプレイヤーに今の状況を説明してみる。エルモと名乗った彼女は青い顔で頷いた。……ううむ、まずった。婦女子には少々ショッキングな話だったかもしれない。傍らでじゃれついてくるウォーセの頭を撫でて少しばかり反省する。


 だがそう悪いことばかりではないのだ。特にハスカールにとっては。


「――――ああ、失礼。ハスカールというのはこれから行く村の名前でね。名前の響きを何でか気に入った団長が、勝手に改名したんだ。……まあ、廃棄村なんて呼ばれるよりはましなんだが」

「でも、それって地球の単語だし、最初に言い出した人がいるんでしょ? いったい誰が?」

「…………」


 それは、あまり聞かないでほしい。

 ……なんというか、若気の至りで出演したテレビ番組のビデオを発掘される気分になる。


「さて……ああそうだ。半島の騒乱とハスカールの関連性についてだったな」


 話を戻そう。

 『鋼角の鹿』はこの村を本拠地としている。この半島に腰を据えて仕事にかかるには、窓口となる拠点が欲しかったから――というのがあの若造の言い分だが、実際は傭兵を怪我や年齢で引退するものの受け入れ先として、村長代理の鍛冶屋が真っ先に手を挙げたのが大きい。

 あの馬鹿は団を離れる仲間の面倒も見たがる奴で、それを支援してくれる団体など都会にはなかったのだとか。

 元々廃棄村は住人が減少傾向にあり、働き手を喉から手が出るほど欲していた。それにスタンピードから守ってくれた傭兵ということで、荒くれ揃いの団員たちに忌避感を持つ村人が少なかったのだ。

 双方のニーズと信頼関係がなければ、こういった繋がりは決して生まれない。


 かくして傭兵団は半島における拠点を構え、廃棄村はハスカールと名を改め、半島に類を見ない安全な土地と将来の働き手、そして魔物の素材という特産物を手に入れることとなった。


 ――そう、安全。

 この付近は『鋼角の鹿』の縄張りだ。ゆえに入り込んだ魔物や無法者は最優先で排除する。この村から領都までの治安は我々が保障しよう。ここはコロンビア半島において、最も安全な領域なのだ。


「……一年もせずに商人が群がってきたよ。そこのノーミエックもその口だ」

「当然でしょう? 領内のいち地域とはいえ、護衛を雇う必要もなく行き来することが出来る。――どんなものでも儲けの種になるというものです」


 したり顔で商人が頷く。……この一年船酔いでヒイヒイ言っていた奴とは思えない言い草だ。

 何だかんだで、この男との付き合いも三年以上になる。最近は貫禄がついてきたが、はじめはどうにも頼りない軟弱商人だった。


 ――ああそう、治安だ。その男の言う通り、治安こそが経済の根幹にして絶対条件である。

 人が交錯すれば市が出来るとはよく言ったもの。道端にござを敷き、持ち物を並べればそれだけで経済活動は始まる。

 だがそれも、盗人に商品を奪われず、魔物に命を狙われない環境があってこそだ。身の安全が確保されなくては、取引にかかるコストはどうしても跳ね上がる。

 安全な街道。日本では当然のように享受してきたものが、ここではこんなにも貴重でかけがえがない。それこそ、塩害で低質気味な麦に商人が押し寄せるほどに。

 空を行く竜騎士は強力な兵科だ。日本でいうなら戦闘ヘリや爆撃機に近い。――だがそれで治安は守れない。その地に留まり、抑止力となるのはあくまで歩兵だ。辺境伯はそれを理解しているだろうか。……していたらこんな有様にならなかっただろうが、それでも空に問わずにはいられない。


 ――――なにをしている、辺境伯。忠告はお前に届かなかったのか。


「……その、ハスカール? で、傭兵が村の発展にすごい貢献をしてるのはわかったけど……」


 エルフの娘はこの話を聞いて、難しい顔で考え込んでいた。


「その治安維持って、本来この半島の領主がするはずのものでしょ? 警察権を横取りしてるって、それは――」


 それは、辺境伯の統治を否定することに繋がらないか、と。

 そんなことを、このエルフは口にした。


「…………ほう」


 思わず感心の溜息がでる。――この娘、今の説明でそこまで行き着くか。団員ですらおぼろげにしか察していないというのに。やはり日本の義務教育は伊達ではない。

 だがまあ、それ以上は不穏な話題だ。そろそろ村も近づいてきた今、公然とする話じゃない。

 またいずれ、時が来たらだ。その時君がしかるべき立ち位置にいたならば、秘密を共有するにやぶさかではない。


 ――さて、改めましてこんにちは。そしてお久しぶりです。あのスタンピードから五年が経ちましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。ここ数年髪質と体型が気になってきたコーラルです。つーか身長が縮むってどういうことなんだ。

 最近存在を知ったディール暦という暦では、今は706年12月というのだそうです。俺がこの半島に流れ着いたのが700年の10月辺り。……もう六年以上が過ぎているのですね。

 五年といえど年月が過ぎれば相応の変化が生じます。それがプレイヤーの現れる激動の時代であればなおのこと。去る人間加わる人間、在り方を変える者も多くいました。

 ……はい? ……なにがなにやらさっぱりわからない?

 まあまあ、そうせっかちにならず。急いては事をし損じます。

 これから少しずつ状況を説明していくので、そう焦らずにじっくりいきましょう。


 ――――ああ、村が見える。

 見た目はだいぶ変わってしまったが、紛れもない廃棄村だ。

 長老、あんたとの約束通り、俺は五年ここで粘った。そして村は今もなお健在だ。

 想定外だろう? 俺だって見るたびに驚いている。こんなことなら見捨てるんじゃなかったと、精々草葉の陰で悔しがれ。

 かつての寒村は雪の中、いずれ来る動乱に備え力を蓄えている。それがいつ結実するかは……まあ、天のみぞ知る、というやつだ。

 なんにせよ、これから俺のやることは決まっている。



 猟師は山に狩りに出よう。腹を空かせた村人や傭兵どもが、獲物を待ち構えているのだから。

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