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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
70/494

選んで殺すのがそんなに――――

「――辺境伯閣下。つまるところ、これは単なる決闘の申し込みです。この猟師は魔族の首と自分の命を賭けて、あの竜騎士に挑んでいる」

「そのとおり」


 傭兵団長のとりなす言葉に、猟師は頷いた。


「……彼に腹を切る覚悟がないなら、そういう体を取りましょう。私が勝てばその竜騎士の首を貰う。彼が勝てば魔族の首は差し上げましょう。――それこそ、そこの彼が倒したと喧伝してもいい。

 決闘の許可を頂きたい。……いっぱしの騎士様が、下賤な猟師の挑戦に物怖じする前に」

「閣下! 私からもお願いです! ここまで愚弄されては名誉にかかわる。この男に身の程を教えてやらねば!」

「――――――」


 顔を真っ赤に紅潮させたハルトの声に、辺境伯は静かに目を閉じた。

 ……受けさせる以外に、道はないように思えた。


 猟師の主張を却下して、城から追い出すことはできる。すると彼は魔族の首を使って自らの戦功を民衆に知らしめ、代わりに戦果を示せなかった竜騎士の評判を失墜させようと流言を広めるだろう。あるいはあの隠密の使い手だ。人知れず竜騎士の屋敷に忍び込んで寝首を掻くかもしれない。

 無礼討ちと称して猟師を殺す選択肢もあった。だが彼は『鋼角の鹿』傭兵団長の紹介だ。団長は猟師が殺された経緯を公然と広めるかもしれない。彼が猟師を擁護する発言をしたところから、口止めがどこまで効くか怪しいものだ。

 ならば二人とも殺してしまうか? ……それこそ逆効果だ。あとに残った傭兵たちが黙っていないだろう。彼らは軍から見放された村を救ったという名声を得ている。その上団長を殺して決起でもされたら、ただでさえスタンピードで疲弊している半島で一大反乱が起きかねない。


 彼の主張する決闘は、この件を処理する方法として魅力的に思えた。


「猟師コーラルよ。無辜の民を殺したハルトの暴挙は、当然咎められるべきものだ。私が直々に処罰を行おう。だからここは引き下がってくれぬか」

「御免被る。これは物の道理の話です。そこで偉そうにふんぞり返っている無能が、真に騎士に相応しいかを問うているのです」

「…………」


 黙り込んだ領主を尻目に、猟師は竜騎士に向き直った。傍らにいた傭兵団長は溜息をつき、立ち上がって後ろに下がる。釣られるように周囲の人間が一様に身を引き、謁見の間の中央にぽっかりと円い空間が開けた。


「――さて、竜騎士殿。こちとら下賤な猟師なもので、決闘の作法など存じていない。投げつける手袋も持ち合わせがないんだが、それでもよろしいかな?」

「戯言を。今から行うのは決闘などではない! 不遜な下民に身の程を思い知らせる処刑に過ぎん!」


 落ち着き払った猟師と裏腹に、竜騎士は鼻息も荒く腰の剣を引き抜いた。


「……黙って金品を受け取っていれば穏便に済んだものを。敵討ちなどとは」

「――――――」


 挑発のつもりで言った台詞に、猟師はさして反応を見せなかった。ハルトは目元を引き攣らせながら、これ見よがしに首を振った。


「所詮は猟師か、物の価値すら計れぬとは。――せめて私の剣の錆となることを誇りに思って死ぬがいい」


 間合いを詰める。剣を振り上げる。猟師を袈裟切りにせんと迫った竜騎士は、


「ご、ぶぉ……!?」


 目にも留まらぬ突きを腹に受け、その長身を宙に舞わせた。



   ●



 なんだ、本当にこの程度か。

 這いつくばって呻き声を上げる竜騎士を見下ろし、そんな感想を覚えた。


 ……最上の結果は、この竜騎士が処刑なり処罰なりを受け、辺境伯が今後再発を防ぐよう誓ってくれることだった。別に切腹にこだわってはいない。

 だがもとよりそんなものは期待していない。する道理がない。武具の流出に村の切り捨て、おまけに今回の件だ。腐敗極まる彼らがいち庶民の訴えにまともに取り合うなど、まさに夢物語だろう。

 首だけ取られてあとはなあなあで。訴えなどどこ吹く風、いつの間にかなし崩し。それが官吏のやり口だ。


 だから俺が直に殺す。このざまを見せしめにする。

 そのために侮辱してやった。罵倒してやった。

 腹が立っただろう、竜騎士? 俺を殺してやりたいと思ったはずだ。俺がお上にとっ捕まって処罰されるのではなく、自らの手で斬り殺したいと。

 そうやって頭に血がのぼってないと、こんな下賤な猟師からの決闘など受けないだろう? お高い竜騎士様は。


 本当は、お前にはいくつかの選択肢があった。最初に糾弾した時に素直に謝罪するか、決闘を受けずに侮辱に耐えて領主に裁可を任せるか、あるいは本当に自ら命を絶つかだ。

 どれかを選べば、命は助けた。お前の名誉を認めただろう。魔族の首だってくれてやったよ。

 だがお前はことごとく地雷を踏んだ。退路を断ったのだ。

 ……まあ、俺が視野を狭くさせたんだが。


 ……団長には、悪いことをしたと思う。だがこれ以外に衆人環視の元でこいつを殺す手段が思いつかなかった。

 闇夜に紛れて暗殺することは容易い。最初の謁見で気配を殺していた俺の存在に、竜騎士たちはまるきり気付かなかった。ならば寝込みを襲えば、この場の竜騎士などひと月で全員殺しきることすら可能だろう。

 だがそれでは意味がない。この殺しは、あくまで()を防ぐために行わなければならない。あの子のような無残な死を繰り返させないために、彼らに警告し、知らしめるやり口でなければ。

 だから――――ふん、我ながら暴挙だ。

 彼は気にするなと笑っていたが……これでは借り分が超過してしまう。困ったものだ。

 

 ……しかし、なんてざまだ。

 一体どこのオークだ。どたどたとみっともなく走り寄ってきて大仰に剣を振りかぶってくれば、その腹を突いてくれと言っているようなものだ。

 これが、半島で数十人しかいない竜騎士の剣術? あまりに隙が多すぎる。


「……起きろ。別に槍で刺されたわけじゃないんだ、その程度訓練でいくらでも食らっているだろう」

「ぐ、ぉの……!」


 竜騎士が胃液を垂らしながら立ち上がった。構えるさまは、その……正眼? よくわからない。ただ前に突き出しているだけのようにも見えるが。

 まあいい。やることに大差はないのだから。

 駆け寄りざまの刺突に杖を合わせる。突き出された剣の平を軽く叩いて軌道を逸らし、脇をすり抜けるとともに足をすくい上げる。男の身体は勢いよく半回転して顔面を床に強打した。


「――突きは死に太刀。殺せる確証も無しに出すもんじゃない」


 西洋剣術そのものが劣っているという訳でもあるまい。現代ではフェンシング程度しか形として残っていない武術だが、合理性がなければ術として広まるはずがない。現に団長の盾と組み合わせた片手剣術は牽制と打撃に優れていた。

 ならばこの男の剣は、単に鍛錬不足によるものか。


「おおおおおおっ!」

「――――っ」


 上段からの斬り下ろし。腕に杖を絡めて肘を極める。痛がる男を無視して杖を捩じり、勢いそのままにぐるぐると振り回して引き倒した。無防備な脇腹に蹴りを入れる。


 なんと稚拙な。これが竜騎士か?

 半島は歩兵が弱いと聞いていたが、竜騎士までもか。

 戦いはドラゴン任せ、ならばお前はその上で何をしている? のんびり昼飯でも喰っているのか。


「無様だな、竜騎士」

「う、るぉおおお!」


 呆れた声を背中にかける。男は立ち上がり振り向きざまに剣を薙ぎ払った。難なく潜り抜け、


「ぎぃっ!?」


 股間を強打した。睾丸を潰す感触。端整な顔が白目を剥くさまは正直見苦しい。蹲る男から数歩離れて溜息をつく。カンカンと杖で床を叩きながら男が立ち上がるのを催促する。


 ……これで、少しは気概を、力量を見せてくれたなら、あるいは話も変わったというのに。

 辺境伯を守る竜騎士だと誇れるほどの実力があるなら、わたし(・・・)も諦めがついた。

 犠牲にした以上の民を救って見せると言えるだけの誇りがあれば、わたしも大人しく引き下がった。

 だがこれは何だ? 魔物と人を見分ける目も持たず、状況を見極める頭も持たず、気位に応じた技量も持たず、己の背負うものに対する自負もない。

 これで、仕方がなかったなどと納得できようか。

 なにかが、できたはずだ。ただ見境なく焼き殺すだけでない、なにかが。

 たとえばドラゴンを地に降ろして戦ってもよかった。ブレスだけがドラゴンの力ではない。あの巨体だ、ただ腕を振るうだけでも相当な脅威になっただろう。戦う相手は選べたはずだ。

 たとえば上空から咆哮を放つだけでも良かった。魔物の咆哮は弱者の精神に恐慌を及ぼす。硬直したところをよく観察すればよかった。逃げ惑う人間の持つカンテラが見えただろう。


 結局のところ、こいつは、竜騎士どもは、村人の命などどうでもよかったのだ。

 ただ、成果のない魔族狩りにかまけて廃棄村を見捨てたという評判を気にしたから、アリバイ作りのために一人だけ竜騎士を寄越した。

 やってきた竜騎士は不平たらたらでやる気もなく、途中で目に付いた魔物を見たので適当に焼き殺した。それに混じっていた村人など気にも留めなかった。


 これが、仕方がなかったと? 必要な犠牲だったと? 笑わせるな。コラテラルダメージとは万全な備えをして、それでも発生するから許容される。未熟と怠慢の言い訳に使われる単語ではない。


 ――おお、立ち上がったか。意気だけは認めてやろう。それは下賤な猟師に対する屈辱感からくるものかもしれないが、無いよりはましだ。

 だが、殺すことに変わりはないんだが。


「ああ、その声は耳障りだ」

「ぇ、ぶ――――!?」


 大ぶりに杖を薙ぎ、竜騎士の顎を精確に砕く。同時に折れた歯が口から飛び出た。脳が揺れたのか膝をついた男の身体をついでのように滅多打ちにする。


 いいか、竜騎士よ。戦士と暴徒を隔てるものが何かを知っているか?

 それは暴力の強弱ではない。選んで殺す(・・・・・)技術を持つか否か(・・・・・・・・)が我らを隔てる。見境なく周囲に剣を向ける人間は、ただの人殺しに過ぎない。

 精緻な技術が、強固な意志こそが、我々の寄る辺なのだ。我々が己を戦士であると胸を張るためにこの縛りは存在する。


 これを見失った者は外道に堕する。魂に刻んだ上で死んで逝け。

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