溺れる者は魔法にすがる
死に戻りの利点は傷が跡形もなく消えることだと思うのです。あのクソ魚ギザギザ歯で無茶苦茶に噛みやがって。
剥ぎ取りナイフが一応武器として機能することが判明し、当面はこれで凌ぐことにする。
そして図らずとも懸念の一つがさらに消えた。それは何だろうか?
この漂流が数日に及ぶものだった場合、絶対に必要なものが2つある。水と食糧だ。
食糧については、さっきまではどうにか手持ちの携行食で何とかするしかないと思っていたが、どうやら人間の身体はお魚さんには間抜けな餌に見えるらしく、ちょっと指先から血を垂らしただけで肉食の魚が寄ってくることが判明した。こいつらを迎撃して切り身を集めればいい。
だが問題は水だ。
こればかりは海水を飲むわけにいかない。どうにかして真水を手に入れないことには脱水症状で死ぬことになる。
……あの、運営さん。渇水耐性とかってスキル、ないですかね……?
あったとしても却下だ。溺死したり食われて死んだりと散々な目にあったが、スキルが生えるのを待つよりも、やれることを試してからにしたい。
そんなわけで水魔法に挑戦します。
……そこ、『今まで走ったり泳いだり脳筋プレイしかしてこなかったのに』とか言わない。
勝算はある。あの忌まわしい生ける災害のメガロドンである。
あれに呑み込まれて溶かされたとき、何か奇妙な感覚が体表を覆い、それに対して体の中の何かが反応した。そして死亡の直前、なぜか耐酸スキルに伴って、魔法系のステータスである抵抗値が上昇したのだ。
推測するに奴の胃酸は何らかの魔法的効果を持っていて、それに対抗して俺の抵抗値が自動的に防御したのだと思う。
ならばあの感覚を再現できれば、魔法使用の端緒となるはずだ。
●
……集中しろ。溺れる中で体表に激痛が走り、それに反発して体の奥から何かが湧き出た。あれを再現するのだ。
中心は心の臓。あるいは丹田。……なんてことはない。やることは僧坊での精神統一と大して変わらないのだ。泳ぎながらというのが新鮮だが、じきに慣れるだろう……
―――きた。
奥中から何かが滲み出てくる感覚。反応がずいぶん鈍いのはご愛嬌だ。なにせ魔力は一桁だしMPに至ってはたったの10だ。御大層な奇跡など期待していない。ただ一滴の水が発生しさえすれば、そこから生きる道を手繰り寄せられる。
MPに変動があった。たった1減少しただけでも1割の変化でとても分かりやすい。今回ばかりは最大値10に感謝。
体内の魔力はどうやら核心が心臓近くにあるようで、脈拍とタイミングを合わせて血流に何かを伸ばそうとしている。どくん、ぴょい、どくん、ぴょい、と。
……おいおい魔力さんよ。何やってるか知らねえが、そんなんじゃ百回やったって鼠のしゃっくりのままだ。もっと気合入れていこうぜ気合。それでも俺の魔力さんか? 鼓動と合わせてどーんと行くんだ、ドーンと。遠慮なんかいらねえ。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。死に物狂いで本気出せよほらほらほら。さあ行くぞ? さん、にい、いち、どーんゴッハァッ!?
≪経験の蓄積により魔力値が上昇しました≫
≪経験の蓄積によりMP最大値が上昇しました≫
≪過剰な魔力的負荷が発生しています≫
≪スキル習得判定……失敗≫
≪スキル習得判定……失敗≫
≪スキル習得判定……成功≫
≪判定に成功し、『魔力変換』を習得しました≫
≪スキルレベルの上昇により、MP最大値が上昇しました≫
≪経験の蓄積により、『魔力操作』を習得しました≫
≪スキルレベルの上昇により、魔力値が上昇しました≫
◆
―――Now Loading...
『魔力変換』は術師の生命力を魔力に変換する技術だが、習得にあたっての事故死率が高いこともあり、王都の魔術学院では禁術とされている。
◆
いやあ、見事に吹き飛ばされましたよ。文字通りの爆発四散。今頃俺が死んだ海域は俺の臓物やら筋繊維やらがびらびらになって辺り一面に飛び散ってるに違いない。
こんなことってあるんですねぇ。……あとそこのテロップ。相変わらず狙ったように出てきてんじゃねえ。
最初は問題なかった。多少思いっきりやり過ぎかな、とは思ったが、モノが小さい分動きを大きくしたほうがいいと思って反動をつけるように体内の魔力を解放してみたのだ。結果は見ての通り死に戻り。MPが枯渇した途端HPバーが一瞬で消滅し俺は死亡、死体の俺に込みあがる魔力を抑える術などなくそのまま爆発、という流れである。
……きつかった。いつぞやの上司に徹しの稽古と称して滅多打ちにされた時みたいにきつかった。……何なんだあのチンピラ。こっちは防具と綿入れ胴着で完全防御してるのに肋骨圧し折ってくるんだぜ。信じられん。
……閑話休題。
そういえば新しいスキルを習得していた。少し見てみよう。
『魔力操作』
類別:魔法 関連ステータス:魔力
魔術行使における魔力を感知、操作、放出する際の精度が上昇する。
『魔力変換』
類別:魔法 関連ステータス:MP
MP枯渇状態で魔術行使した場合、不足分をHPで代替する。
変換効率:100%
たった一度の試行でスキルを習得できるなんて、これは快挙ではなかろうか!
……いえ、わかってます。俺が無茶したせいですね。海の中一人ぼっちで命懸けどころか全力自殺なんてかましたら、そりゃあ得られる経験は並ではないだろう。何だか訳のわからんアナウンスまであったし。
『魔力操作』に関しては、今後必要となる水魔法の使用に不可欠なものなのだとわかる。これを水道の蛇口のごとく操作してスプリンクラーと化せということなのだろう。
ただ『魔力変換』についてがわからない。
……これ、何か落とし穴とかない?
疑心暗鬼になるのも無理もないと思う。今まで散々酷い目にあってきてこれだ。一見すると脳筋キャラが大賢者と変貌するチートスキルだが、習得した経緯が経緯なだけに色々と疑わしい。
使うとやすりで削られるような痛みが生じる、とか……
―――まあいい、とにかく使ってみないことには何もわからない。特に現状打破となりうる可能性はすべて試してみるべきだ。多少痛かったり苦しかったりは我慢して、実質のMPが増えた分だけ訓練できることを喜ぼう。
さあやるぞ、覚悟はいいか野郎ども。―――あ、でもやるときは慎重にね。さっきみたいな爆死は嫌だから。
……そうそう、そんな感じで魔力を放出していって、MPもそろそろ底をついてきzzzzz...
◆
―――Now Loading...
MP枯渇時には酩酊、睡眠あるいは気絶の状態異常が付加される。
これを軽減するには『睡眠耐性』『気絶耐性』を鍛えるしかない。
◆
このテロップ考えてる運営、いつかぶん殴る。