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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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傭兵には報酬を

 コロンビア半島において、ミューゼル辺境伯が代々居城にしている領都ジリアンは、単なる地方都市という秤では測りきれない価値を持っている。


 未だ制圧入植が叶っていない半島北端を睨むための橋頭堡。

 北方からくる魔物が、領都以南の村やルフト王国内に攻め入らないための防波堤。

 南方でリザードマンが侵攻を開始した際、側面から攻撃して王国軍を支援するための軍事拠点。

 ドラゴンと人間をひきあわせて契約を交わさせ、新たな竜騎士を叙勲するための場。


 これらは大半が竜騎士の――いやドラゴンの存在に起因した要素だ。この半島にドラゴンが生息していなければ竜騎士はここを拠点にすることはなく、支配による利益が薄れたコロンビア半島はいまだ未踏の土地であっただろう。

 それはつまり、内海を挟んだ芸術都市、古都ハインツが半島から襲来する魔物に頭を悩ませられ、発展を阻害させられることを意味し、芸術都市の経済力を基盤としていた征服王の躍進は序盤で断たれていた、というのが歴史家の見解である。


 大陸には火山が三つ存在し、そのうちドラゴンが生息しているのは二か所。ミューゼル領のそれを除けば、もう一つは王都の湾岸部からさらに南。地図で見ると南端中央の、ルイス群島海域にそびえたつナガン火山が相当する。

 残念ながらナガン火山のドラゴンは人間との接点を持とうとせず、彼らと契約して南海の竜騎士を名乗ったのは、第四紀に活躍したエルフ一人のみである。


 よって第八紀現在、安定した戦力として竜騎士を擁しているのはミューゼル辺境伯軍のみであり、独占状態にある竜騎士という地位は、彼らを増長させるに十分なものだった。



   ●



「――――領軍の救援が間に合わなかったなか、孤立した村を守り切った貴殿らの働きはまったくもって見事である」

「……過分なお言葉です」


 領都ジリアンの北部にそびえ立ち、内海はおろか東辺海まで見下ろすことが出来る巨城。その謁見の間にて、『鋼角の鹿』団長『鉄剣』のイアンは膝をついて頭を垂れていた。

 広い部屋だ。どれくらいかというと、端の方に的を置けば弓の訓練が可能なほど。そんななかに、ミューゼル領の主だった貴族や騎士がずらりと立ち並び、一介の傭兵に注意を向けている。


 ……なかなかできない体験だな、とイアンは皮肉げに口端を歪めた。

 通常、傭兵に報酬を与える時は、このように仰々しい場所ではなく城下町に設けられた広場で行う。謁見の間を使うのは王国や他領からの使者、あるいは珍品を持ち寄った御用商人などを迎える際に限られている。

 ――要するに、それだけイアンたちの働きが注目に値したのだろう。


「討伐証明のための部位は、後ろのウェンターに管理させています。のちほど提出しますのでご確認ください。なにぶん数も種類も多く、血まみれで見苦しいものをこの場で広げるわけにはいきませんので」

「承知している。では早速報酬についてだが――」


 そこで、正面の椅子に座る領主の隣に控え、これまで進行を務めていた執政はちらりと自分の主を窺い、軽く咳ばらいをした。


「事前に契約段階で取り決めていた報酬は不足なく渡そう。加えて今回討伐した魔物で、既定の部位を提出した場合、スタンピードで魔物が狂暴化していたことを鑑み通常の一割増しで討伐報酬を支払う。さらに、急な魔物の侵入に勇敢に応戦した件を賞して、恩賞を用意してある」


 その言葉に、場内が軽くざわめいた。控えていた家臣の一人が声を上げる。


「お待ちください。彼ら傭兵は契約に従い働いたまで。討伐報酬はまだしも、恩賞は行き過ぎかと」

「規定には従っている」


 執政の代わりに領主が答えた。


「この恩賞は、本来遣わした援軍が魔物を討伐した際、彼らに支払われるはずだったものだ。遺憾なことに間に合わなかったがな。ならば代役を務めた傭兵に支払うのが筋といえよう」

「…………」


 黙り込んだ家臣を横目で眺め、イアンはあまりの茶番に欠伸が出そうになるのを堪えた。


 ……大根役者にもほどがある。奮戦をたたえて、といえば聞こえはいいが、これは勝ち戦でありながら防御線を突破された前線部隊や、大々的にやってきながらも間に合わず、南進と一戦することなく引き上げることになった援軍の失点を、活躍した傭兵を持ち上げることで塗りつぶそうとしているに過ぎない。

 傭兵は近年まれにみるほど優秀だった。正規兵の仕事を奪うほどに。だから今回の件は領軍に不備があったわけではないのだ、と。

 異議を申し立てた家臣も、どうせ報酬を値切るための仕込みだろう。

 辺境伯ジークヴァルト・ミューゼル。我の強い竜騎士を抑えるのにいっぱいいっぱいだという評判だったが、なかなかどうして。


 ……彼らがそういう立場でものをいうなら、こちらも相応の態度でもって臨まなければならないだろう。


 悠然と腰かける領主を前にして、イアンは腹をくくった。


「――そういうわけだ、『鉄剣のイアン』よ。報酬について、何か異論はあるだろうか」

「恐れながら、まるで足りませんな」


 家臣たちがどよめいた。……当然だろう。通常ならかしこまって報酬を押し戴くしかない下賤な傭兵だ。反論されるなど思いもしまい。

 僅かに気色ばんだ執政が言った。


「それは前もって交わした契約に不満がある、ということか」

「いえ、それについては文句はありません。ただ、追加報酬について、話を詰める必要があります」

「追加報酬?」

「ええ、契約にはなく、開戦前に想定すらされていなかったことについてです。――ウェンター、あれを」


 イアンの合図に従い、控えていたウェンターが手元を青白く発光させた。インベントリから取り出したそれを、イアンはその場にいる全員に見えるように抱えもった。

 鋼と革であしらわれた、ひとつの鎧を。


「……ミューゼル領歩兵装備です。これをオークが装備していたのは、皆様方もご存知かと」

「……戦場にいたオークの統率個体が身に着けていたと、いくつか報告が上がっている。だがそれが何だというのだ? その鎧はかれこれ半世紀以上使われてきたものだ。いくつか横流しされて敵方に回ったとしても――」

「いくつかではありません。合計で40以上です」

「なんだと……」


 予想以上の数字に周囲がどよめいた。目元をひきつらせた執政にイアンは続ける。


「我々はこの、オークが身に着けていた鎧を40揃い以上鹵獲しています。これを買い取っていただきたい。値段はそう……新品同様で」

「馬鹿な。錆びついた古い鎧だと言っただろうが!」

「では引き取っていただけないと? ならば我々はこれを商人に売り払うほかありません。見ての通りこの鎧には不可思議な模様が描かれていて、装備者の精神に影響を与えるのが確認されています。

 ……ミューゼル領の正式装備が大量に横流しされ、それを何者かが得体のしれない付呪を行い、オークが装着できるようあつらえ直し、それを着た魔物によって今回のスタンピードでの被害が拡大した。そういう噂が商人たちの間に広まれば、辺境伯の威信はどうなるでしょうな」

「脅す気か」

「まさか。……我々としても使い道のない骨董品を掴まされて迷惑しているのです。こんな曰くつきの瓦礫、さっさと処分してしまいたいほどで」

「痴れ言を! その鎧はもともと我が軍のものではないか! ならば持ち主の元に返すのが筋だろう!」

「戦利品の獲得は傭兵の権利だと、事前の契約に書いてあったはずです!」


 堪え切れずに罵声を上げた騎士をイアンは一喝した。すぐに荒げた声を和らげ、領主の前にかしこまった態度をとる。


「――失礼。ただ、戦利品について権利を主張したいなら、契約段階で取り決めておくべきでした。我々『鋼角の鹿』は、そういう『略奪のない戦』に意義を見出しています。もちろん、報酬次第ですが」

「貴様――」

「よい、ヒューガー」


 対して領主は冷静だった。まだ30を過ぎたばかりのはずだが、いかにも慣れた風に臣下を宥める姿は、なるほど大領地の主君といったところか。


「……貴殿の言いたいことは理解した。確かにこの件は辺境伯軍の威信に関わる。鎧は全てこちらが買い取らせてもらおう。――だが代わりに口は噤んでもらう。大量のオークが我が軍の装備を身に着けて領民を襲ったなどと、噂一つでも流れた場合……貴殿らの居場所は半島にはないと知れ」

「仰せのままに。魔族の陰謀を見事に防ぎ切った辺境伯の武名は大陸中に轟きましょうな」

「皮肉にしか聞こえないぞ。――それで、他に賃上げのネタはないのか」

「いえ、我々から(・・・・)は、もう何も」


 あえて含みを持たせたイアンの返答に、辺境伯は目を細めた。


「……あの辺りの警備を任せたのは、貴殿ら『鋼角の鹿』のみだったはずだが」

「傭兵でなくとも、魔物と戦うものはいます。そして手柄を上げた以上、相応の評価はされるべきだ。……彼は村の猟師でしたが、ともすれば我々以上の戦功を上げました」

「多くの死者を出しながら村を守り切った貴殿ら以上のか?」


 困惑した様子で領主が言った。それも当然だ。ただ魔物を殺したのなら傭兵とともに報酬を受け取ればいい。偵察や追跡で功績があったとしても、それは傭兵団内の分配で片付けるべき事柄。わざわざ謁見の場を妨げてまで主張するようなものではない。


 だが違う。こればかりは領主自身が評価しなければ、それこそ威信に関わる。


 イアンは軽く唇を舐めて意を決すると、改めて口を開き――


「イアン団長。紹介はそこまでで結構。感謝する。あとは私自身が代わって話そう」


 出鼻を挫いてその場に響いた、猟師の声を聞いた。

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