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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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遠回しな宣戦布告

 腹を抱えて、狂ったように哄笑を上げる魔族は、それは愉しげに猟師を称賛して見せた。


「お見事、お見事! お見事……! 大正解です! 満点を上げましょう!」

「そいつはどーも。やはりそれは今回発生した――」

「ええ。これが、今回の戦いで死んだ人間や魔物の魔力です」


 平坦に返す猟師に、魔族は胸元からそれを取り出して見せた。

 それは一つの宝珠だった。

 大きさは握り拳ほど。色は黄色く、中心に行くほど黒ずんでいて明瞭としない。中心の黒い影は不定形なようで、球体を維持しながらも時折波打つように蠢いていた。


 ……あの黒い影が、彼らの言う魔力溜まりか。


「ここまで集めるのには苦労しましたよ。あなたなら理解できるでしょう? 鍛えてもいない人間を殺したところで、発生する魔力溜まりは微々たるもの。回収するまでに容易く吹き飛んでしまう。だから集めるには一定以上の強者を殺さなければならず、今回の件でいうなら、欲を言えば正規兵との戦いで双方が全滅するくらいがちょうどいい。ですのでモナンが勝手に防御を突破させたときは焦りました。だがあの者もさすが『客人』といったところだ。こんなところで思いもよらないボーナスを得ることが出来ましたよ……!」

「――――――っ」


 心底馬鹿にしきった嘲笑が耳に障る。怒りにウェンターの拳が震えた。


 ……ボーナス。

 ボーナスと言ったか、このクソ魔族は。

 団長が心血を注いで育て上げてきた傭兵団を、ボーナスと呼んだのか。

 あの戦いで死んだ仲間を、そんなわけのわからない影を作るための材料のように。


「魔族……!」


 剣を持つ手に力を込めて呼びかける。

 返答は期待していない。こちらのことなど気にかけてもいないだろう。それでいい。こちらのことを侮ったまま、俺の一太刀を食らっていけ。

 きっと届かない。一目すれば力量差は見て取れた。たとえ命を捨てたところで、この長剣はあの男にようやくかすり傷を付ける程度。それはわかっている。だがそれでいい。

 自分の命など安いものだ。死んだところで自宅のベッドで目覚める程度の、仮初の胡蝶の夢。いくらでも使い捨てて構わない。

 だが、仲間は。

 この世界の住人達は違う。やり直しなどきかない、かけがえなどない。

 たとえそれが電脳の、幻のものだとしても、自分は、そこに価値があると思ったのだから――――


「――――ひとつ聞こう、ザムザール」


 猟師が言った。魔族は肩をすくめて応じてみせた。


「……魔族はなぜ、人類種の敵なんだ?」

「――――――あぁ、そんなことですか」


 一瞬、拍子抜けした顔で魔族は声を発して、


「……ただ憎いだけですよ。弱々しくて群れるしか能がない、言葉を話す家畜にもならない猿。――そんな彼らが、我々と似た姿なのが許されないだけなのです」


 そんなことを言った。


「――ああ、そうかい。色々と言いたいことはあるんだが……」


 深々と溜息をついて、猟師は魔族を敵意に満ちた目で見据える。


「どうでもいいか。いっぺん死んどけ、お前は」

「っおおおおおお!」


 その声を合図にして、戦闘は始まった。

 ウェンターが前に出た。彼にできる最速をもって魔族に肉薄し、上段から両手剣を振り下ろす。

 ――躱された。魔族は剣筋から逸れて横に逃げ、


「――――――っ!?」


 紅銀が迫る。猟師は魔族が逃げる先を予測し、この場の誰をも上回る速度で先回りして待ち構えていた。

 猟師の手には長柄の戦鎚。振りかぶる姿は標的に完全に背を向け、次の薙ぎ払いに全力を注いていることが見て取れた。そして、


「ンのっらぁあああああ!」


 豪風を生じながら戦鎚が魔族の肋骨を粉砕せんと唸りを上げる。オーク程度なら掠めるだけで内臓を引きちぎり蹂躙する一撃を、魔族は驚異的な跳躍で回避した。


「ふ、ふふふ……!」


 魔族が嗤う。高度にして約10メートル。どのような手段を用いたかわからないが、ザムザールは上空に漂うように留まっていた。


 火炎が、躍る。


 魔族の手元から、予備動作すらないままに火球が出現した。片手に一つずつ。その威力が、内包する魔力がどれほどのものなのかウェンターに知る術はないが、かつて闘技場で対峙した火炎使いのそれよりも遥かに強力なのは瞭然としていた。


 受ければ、終わる。

 躱せるかは賭けになる。


 ならば――同じ賭けならば、正面から火球を叩き斬って散らして見せる。


 大剣を大上段に構える。奇しくもそれは敵の操るそれと同じ火の位。

 ……決して退かない。決して斬り損ねはしない。一つは自分が迎え撃ち、あとのことは猟師に任せよう。

 これは戦術云々の話ではない。ウェンター自身の意地の問題だ。

 あの魔族が得意げにぶっ放してくるあの魔法を、一刀に斬り落として見返してやりたい。ただそれだけの――――


「愚かな……」


 こちらの意図を見て取った魔族が嘲笑した。まるで無駄な足掻きだと言外に言い捨て、そのまま火球を獲物に撃ち放とうと――


「……愚かはお前だ」


 微かな、誰にも聞こえないような猟師の独白。偶然にウェンターの耳がそれを捕らえて。


 ――――その刹那に、獣はぞろりと牙を剥いた。


 闇の中、金色の瞳が爛々と殺意に輝く。

 たかだか10メートルの高度など、それにとっては障害にもならない。

 突如現れた灰色の竜巻。魔族の背後から軽々と伸びあがり、その無防備な背中を串刺しにするかのように迫りくる。


「なに……!?」


 風を纏う獣は、巨大な狼の形をしていた。



   ●



「グルゥ……」


 灰色狼は猟師に寄り添って唸り声を上げた。猟師は気遣わしげに狼の首元をさする。

 狼の顔からぼたぼたと血がしたたり落ちる。灰色狼は不快げに首を振って血を振り飛ばした。だが、それでも血は流れおちる。それもそのはずだ、その血は返り血ではないのだから。


 狼の右眼は、魔族の反撃によって潰されていた。


 そして、


「は――――ははははははははははははは! 素晴らしい! なんなのですか、何なんだ、その狼は!? この私に、このザムザールに一矢報いるとは!」

「灰色……」

「――――フン」


 猟師の呼びかけに、狼は傷などないかのように、相手を小馬鹿にするように鼻を鳴らした。そして咥えているものをいかにも不味そうに吐き出す。


 黒い肌色の、魔族の右腕を。


「はははははは! まさか、まさかこんな田舎に、これほどの魔物が棲みついていようとは! ましてや人間に従っていようとは! 誤算でした。ええ誤算でしたよ! 道理で山が魔力溜まりで覆われていたわけだ、道理で獣のほとんどが村に到達した様子がないわけだ! その狼が殺して回っていたのでしょう……!」


 いまだ空にありながら、魔族は狂ったように笑っていた。失った腕のことなど、まるで些細なことだというかのように。


「なんということだ。こんな伏兵を用意していたなんて! こんな思いは80年ぶりです……!

 認めてあげます。あなたは私の宿敵に相応しい。あの忌々しい紅銀を継ぐに相応しい!

 ――――ああ、素敵だ。時が経っても、私の前にそれを纏うものが再び立ちはだかる。……素敵だ。これだからこそ、私の雪辱は果たせるというものだ……ッ!」

「―――――」


 何の話だ。まるでついていけない。

 呆然と見上げるウェンターを一顧だにせず、魔族は憎悪を籠めた瞳で猟師を見下ろしていた。


「……宝珠を使い、私は強大な力を統べる御方を呼び出します」

「魔王気取りがしたいなら余所でやってくれ。この世界は生きるので精一杯な人間ばかりで、勇者の下らん討伐旅行にかまける余裕はないんだ」

「ああ、ご安心を。今回の戦いで集めた魔力溜まりなど微々たるもの。あのお方を呼ぶためにはまるで足りません。……充分な量が得られるまで、少なくともあと20年は頂くでしょうが」

「聞けよ、おい」


 魔族は猟師の突っ込みに聞く耳を持たなかった。残った片腕を広げ、陶酔したように天を仰ぐ。


「ですが逆を言うならそこまで短縮できました。……20年。そう、20年です! あなた方が去るまでに、この地を蹂躙し雪辱を果たす機会を得たのです!

 わかりますか、『ご客人』? これは宣戦布告です。我々は必ずこの大陸に攻め入り、人間どもを皆殺しに現れます。その時に備えて、精々傷を癒しなさい。足掻く力を蓄えなさい。そして我々を愉しませなさい」

「下らん。御託を並べる前に降りてきてかかってこい。その片腕もすぐに引き千切ってやる」

「相応しい舞台はまだ整っていませんよ、我が怨敵よ。私だって惜しいのです、その胸を再び貫くことが出来ないのが」


 ――――それは不意のことだった。どこからか滲み出るように出現した黒い霧が、魔族を包むように集まってきている。次第に霧は濃度を増し、彼の輪郭すらぼかし始めた。

 それを見た猟師は悪態をついて戦鎚を投げ捨て、インベントリからぼろぼろになった象牙色の短刀を二刀に引き抜いた。


 ――――ダン、と地面を踏み鳴らす音が周囲に響く。

 紅い粒子を残像のように漂わせながら、猟師は魔族に突進する。そして、


「ちっ……」


 忌々しげな舌打ち。跳躍とともに放った突きは霧の中心を貫いたが、もはや魔族の姿はそこから跡形もなく消え失せていた。

 どんな手段を使ったのか、ウェンターに知る由はない。

 ただ、逃げられた。それだけを理解する。

 あとには殺意の向ける先を失った人間と、興味を失い身体を丸く蹲らせた灰色狼が残された。

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[一言] 宿敵の登場に読者もニッコリ。
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